[奈文研コラム] 夏酒

季節感に富んだ豊かな酒造り文化

奈良文化財研究所

 数年前、平城宮跡の復元朱雀門から南西すぐの場所で行った発掘調査で、不思議な言葉が記された木簡が見つかりました(『平城宮発掘調査出土木簡概報』45、16頁下段(20)、【写真1・2】)。

   ・夏酒
   ・□□      縦(32)㎜・横14㎜・厚さ4㎜ 081型式

【写真1】平城宮朱雀門前の二条大路南側溝から出土した木簡。とても読みにくいが・・・
【写真2】赤外線で観察すると、オモテ面(右)の文字ははっきり「夏酒」と読める

 「夏酒」とは、一体何でしょう? 奈良時代には、夏限定のお酒があったのでしょうか??

 実はこの「夏酒」という言葉、『多聞院日記』の16世紀後半~末頃の記事に散見します(「春酒」も一箇所認められます)。『多聞院日記』とは、奈良・興福寺の塔頭であった多聞院の僧侶が書き継いだ日記で、酒造りに関する記述を含むことでも知られています。

 また、15世紀頃の数種の酒の製造法を記すとされる「御酒之日記(ごしゅのにっき)」という史料では、河内・金剛寺の天野酒(あまのざけ)や京都の柳酒(やなぎざけ)を「冬之酒」と称しています。どうやら、中世には季節を冠して呼ばれるお酒が存在したようなのです。
 
 さらに「御酒之日記」を見てみましょう。注目すべきは、奈良・正暦寺の菩提泉(ぼだいせん)。この製造法の記述の中に「夏 ニ てあれハ其飯ヲ能々さますへく候」(=夏にてあれば其の飯をよくよく冷ますべく候)などとあり、夏期に醸すことが想定されていた様子が看取されます。実はこの菩提泉、乳酸発酵を利用しつつ、夏場に仕込んでいたと考えられているお酒なのです。

 ここから推すに、お酒に冠された季節は、仕込みの時期を表しているのではないでしょうか。だとすると、菩提泉は「夏酒」の一種ということになります。

続きはこちら