世界初!トウガラシにおける強力なベゴモウイルス抵抗性を実現 品種改良により世界的な農作物のウイルス病被害低減に繋がる成果

ウイルス感受性のNo.218(①)、抵抗性遺伝子であるpepy-1だけを持つBaPep-5(②)、Pepy-2だけを持つPG1-1(③)はベゴモウイルスの混合感染により発病している。しかし、pepy-1とPepy-2の両方を持つトウガラシ(④、⑤)では明確に病状が軽減され、特に両方の遺伝子を同じ対の遺伝子で有するF2-homo(⑤)は強力なウイルス抵抗性により病状を示していない。
近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)農業生産科学専攻准教授 小枝壮太、同博士前期課程2年(執筆当時)小野内美佳、同博士前期課程2年(執筆当時)森菜美子、同博士後期課程3年 ナディア シャフィラ ポハンらの研究グループは、世界中で農作物に被害をもたらしているベゴモウイルス※1 に対して、これまでにない強力な抵抗性を示すトウガラシの作出に世界で初めて成功しました。
ベゴモウイルスには445もの種類があり、トウガラシ、トマト、キュウリ、メロン、カボチャ、ズッキーニ、オクラ、マメ類など多くの農産物がこのウイルスに感染すると果実をほとんど収穫できなくなるため、農業生産において世界的な脅威となっています。本研究成果を用いて今後トウガラシの品種改良に取り組むことで、ベゴモウイルスによる被害を大幅に軽減できると期待されます。
本研究に関する論文が、令和7年(2025年)6月2日(月)にアメリカ植物病理学会が発行する国際学術誌"Plant Disease(プラント ディジーズ)"にオンラインで掲載されました。
【本件のポイント】
●トウガラシにおいて、ベゴモウイルスに対する2つの抵抗性遺伝子を組み合わせ、抵抗性を評価
●抵抗性遺伝子を組み合わせることで、2種類のベゴモウイルスが感染した場合でも、強力な抵抗性を示すことを世界で初めて確認
●本研究成果により、トウガラシの品種改良が進み、ウイルス病被害の低減に期待
【本件の背景】
ベゴモウイルスが世界中で引き起こしている農業生産における経済的被害は甚大で、解決が強く求められています。ウイルスの感染は、タバココナジラミとよばれる昆虫により媒介されて広まるため、さまざまな作物の生産現場では殺虫剤の散布によって対策してきました。しかし、過剰な農薬の使用により、現在では農薬が十分に効かないタバココナジラミが世界各地で発生しています。日本では、トマトの生育を阻害する黄化葉巻病を引き起こすベゴモウイルスが、平成8年(1996年)に中近東から同時多発的に侵入し、生産農家を苦しめてきました。
世界的な研究の推進により、トマトでは複数のベゴモウイルス抵抗性遺伝子が特定され、ウイルス抵抗性品種の育種も進んでいます。しかし、他の植物では抵抗性遺伝子の特定がトマトほどは進んでおらず、特に被害の大きいトウガラシ(ピーマン、パプリカ、シシトウなども含む)では、遺伝子の特定が強く望まれていました。そのような中、研究グループは令和3年(2021年)および令和4年(2022年)に、世界で初めてトウガラシのベゴモウイルス抵抗性遺伝子の特定に成功し、品種改良による被害の解決に大きく近づきました。しかし、世界各地の生産現場では2種類のベゴモウイルスが混合感染することも頻繁に報告されており、多くの場合1種類の単独感染よりも重篤な症状を引き起こすことが問題になっています。
【本件の内容】
研究グループは先行研究において、アジア在来のベゴモウイルスを用いて、トウガラシへの効率的なウイルス接種法を確立しました。この手法を活用することで、世界で唯一トウガラシにおけるベゴモウイルス抵抗性遺伝子の特定に成功し、それらの遺伝子をpepy-1およびPepy-2と名付けました。これまでの研究では、1種類のベゴモウイルスが感染した状況を実験室で再現して抵抗性を評価していましたが、本研究では2種類のベゴモウイルスが混合感染した場合でも抵抗性を示すかを検証しました。
研究グループはpepy-1およびPepy-2の両遺伝子を持つトウガラシを実験的に育種し、世界的にも病原性が強いことが報告されている2種類のベゴモウイルスを混合感染させた場合の抵抗性を確認しました。その結果、2つの遺伝子はベゴモウイルスに対して非常に強い抵抗性を示すことで発症を抑制し、さらにウイルスDNAの蓄積も強く抑制していることが確認できました。本研究成果は、トウガラシの品種改良を行う際の明確な方向性を示しており、病原性が強いとされるベゴモウイルス2種の混合感染下においても、安定した抵抗性を示すトウガラシの品種改良が期待されます。
【論文掲載】
掲載誌 :Plant Disease(インパクトファクター:4.4@2023-2024)
論文名 :Pyramiding pepy-1 and Pepy-2 in pepper (Capsicum annuum) confers improved
resistance against mixed infection with begomoviruses
(トウガラシにおけるpepy-1とPepy-2の遺伝子集積はベゴモウイルスの
混合感染に対しても強力な抵抗性を付与する)
著者名 :小枝壮太1、小野内美佳1、森菜美子1、ナディア シャフィラ ポハン1、白銀隼人2
所属 :1 近畿大学大学院農学研究科農業生産科学専攻、2 タキイ種苗株式会社
論文掲載:https://doi.org/10.1094/PDIS-01-25-0108-RE
DOI :10.1094/PDIS-01-25-0108-RE
【本件の詳細】
研究グループは、これまでに行った国際共同研究で、ベゴモウイルスによるトウガラシの被害が最も深刻なインドネシアにおいて、被害の原因となるウイルス種を特定し、トウガラシの抵抗性評価法を確立しました。この研究成果をさらに発展させて、900系統以上のトウガラシの中からウイルス抵抗性を有するBaPep-5およびPG1-1を選抜し、それぞれからPelotaをコードする抵抗性遺伝子pepy-1と、RNA依存性RNAポリメラーゼをコードするPepy-2を特定しました。
本研究では、アジア在来と中南米在来のベゴモウイルス4種を用いて、pepy-1およびPepy-2によるウイルス抵抗性を評価しました。それにより、pepy-1はアジア在来のベゴモウイルスが単独感染した際に、Pepy-2はアジア在来あるいは中南米在来のベゴモウイルスが単独感染した際に、抵抗性を発揮して発病を抑制しました。さらに、アジア在来のベゴモウイルス2種が混合感染した際にも、pepy-1およびPepy-2は抵抗性を発揮して発病を抑制しました。しかし、中南米在来のベゴモウイルス2種が混合感染した場合には、pepy-1あるいはPepy-2いずれも有効な抵抗性を示さず、トウガラシには明確な病徴※2 が見られました。このことから、pepy-1あるいはPepy-2のいずれかの抵抗性遺伝子のみを品種に導入しただけでは、被害が甚大な生産現場で求められるような強力なウイルス抵抗性は付与できないことが明らかになりました。
そこで、本研究ではウイルス抵抗性を強化するために、BaPep-5とPG1-1を交雑したF2世代を作出し、その中からpepy-1はホモ接合で持ち、Pepy-2はヘテロ接合※3 で持つ個体(F2-hetero)と、pepy-1とPepy-2を共にホモ接合※4 で有する個体(F2-homo)をDNAマーカーにより選抜して、中南米在来のベゴモウイルス2種を混合接種しました。すると、pepy-1とPepy-2を共にホモ接合で有する個体(F2-homo)は非常に強力な抵抗性を示し、病徴を示さないことが確認できました。さらに、ウイルスDNAの蓄積も極めて低いレベルに抑え込んでいることも確認できました。以上のことから、世界的に最も病原性が強いと思われるベゴモウイルス2種の混合感染下においても、安定した抵抗性を示すトウガラシの品種改良が可能になりました。この知見を適用することで、中南米だけでなく、アジア、アフリカなどの世界各地における被害の解決が可能であると強く期待されます。
【研究者のコメント】
小枝壮太(こえだそうた)
所属 :近畿大学農学部農業生産科学科
近畿大学大学院農学研究科
職位 :准教授
学位 :博士(農学)
コメント:本研究では、徹底的に学術知見の応用を見据えて実験を設計しました。生産者、種苗業界が求めているのは、病原性の強いベゴモウイルスが混合感染するような被害が極めて甚大な地域でも、抵抗性が通用するトウガラシ品種を育種することです。これまでに世界で唯一トウガラシにおける抵抗性遺伝子を2つも特定している本研究グループの強みと独自性を生かして、それらの組み合わせ効果(遺伝子の集積)による抵抗性の強化に挑戦しました。狙い通りに両方の遺伝子を持つトウガラシはこれまでに見たことがない高いレベルのウイルス抵抗性を示し、生産現場でも通用すると強く期待できるものでした。今回の発見は産学での情報共有、共同研究によって初めて達成できたものであり、実学を大切にする近畿大学の研究スタイルを体現できたのではないかと思っています。
【研究支援】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究B(19H02950、23K26900)および国際共同研究加速基金(21KK0109)(研究代表者:小枝壮太)の支援を一部受けて実施しました。
【用語解説】
※1 ベゴモウイルス:一本鎖環状DNAをゲノムに持つウイルスで、世界各地での農業生産に大きな経済的被害を与えているウイルス属。
※2 病徴:ウイルスの感染などによって植物が病気にかかり、局部あるいは全体に異常を生ずること。病徴には黄化、葉巻、モザイク,モットル、えそ、萎縮など、さまざまな異常がある。
※3 ヘテロ接合:一対の遺伝子について、異なる遺伝子をもつこと。たとえば、Aa、Bbのような遺伝子の組み合わせになっているケース。
※4 ホモ接合:一対の遺伝子について、同じ遺伝子をもつこと。
【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 准教授 小枝壮太(コエダソウタ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1360-koeda-sota.html