液晶材料を用いて円偏光の発生と回転方向の高速切替に成功 液晶ディスプレイの高機能化に貢献できる研究成果

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科教授 今井喜胤(いまいよしたね)、立命館大学生命科学部(滋賀県草津市)応用化学科教授 花﨑知則、同講師 金子光佑(執筆当時)らの研究グループは、アキラル(光学不活性※1)な発光体を、性質の異なる2種類の液晶※2材料に添加することにより、らせん状に回転しながら振動する円偏光を発生させ、加える電場の方向を連続的に切り替えることで、円偏光の回転方向を高速、連続的かつ可逆的に切り替えることに成功しました。
本研究成果により、液晶ディスプレイの高機能化が可能となり、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化や、高機能有機ELデバイス等の製造コスト削減などに繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)7月9日(水)に、光化学分野の国際的な学術誌である"ChemPhotoChem(ケミフォトケミ)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●液晶材料を用いることで、アキラルな発光体から円偏光を簡便に取り出すことに成功
●電場を加えることで、円偏光の回転方向を高速、連続的かつ可逆的に切り替えることが可能に
●液晶ディスプレイの高機能化が可能となり、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化や、高機能有機ELデバイスの低コスト製造への応用が期待される研究成果
【本件の背景】
特定の方向に振動する光を「偏光」といい、その中でも、らせん状に回転しているものを「円偏光」といいます。円偏光を発する発光デバイス(円偏光を発する有機発光ダイオード)は、3D表示用有機ELディスプレイなどに使用される新技術として注目されています。
円偏光の回転方向が混在していると性能を十分に発揮できない可能性がありますが、現在一般的に使用されている液晶ディスプレイでは、円偏光の右回転、左回転のどちらかだけを100%取り出すことができません。円偏光の右回転、左回転のいずれかを取り出す際には、鏡面対称(左手と右手のような鏡像関係)の構造をもつキラル(光学活性※3)な発光体が必須で、さらに周囲の溶媒の種類や温度を変える必要があります。しかし、この方法では、高速、連続的かつ可逆的な円偏光の回転方向制御ができず、液晶ディスプレイに活用する技術としては実用的ではないという課題がありました。
研究グループは、液晶から特定の回転方向の円偏光を発生させるために、「拡張π(パイ)電子系有機発光材料※4」に着目しました。拡張π電子系有機発光材料は、高い発光効率を有し、発光波長の制御が容易なことが特徴です。分子構造を少し変えるだけで、さまざまな色合いの発光が可能になることから、近年多くの種類が合成され盛んに研究されていますが、一般的に、円偏光を発生させるには、キラルな置換基※5の導入が必要となります。
【本件の内容】
近畿大学理工学部の研究グループでは、これまでに、単一の液晶材料に光学活性な有機発光材料を添加することで、円偏光を発生させることに成功しています。しかし、この方法ではキラルな置換基を導入した有機発光材料が必要という課題がありました。そこで、本研究では、アキラルな拡張π電子系有機発光材料を、性質の異なる2種類の液晶材料に添加することで、特定の回転方向の円偏光発光の取り出しに成功しました。さらに、この系に電場を加えることで液晶材料の配向を制御し、円偏光の回転方向を高速、連続的かつ可逆的に切り替えることに成功しました。
今後、拡張π電子有機発光材料を変更することで、異なる色の円偏光の発生や高速切り替えも可能になることから、本研究成果は非常に汎用性の高い研究成果と言えます。本研究成果を活用することで、将来的に液晶ディスプレイから特定の回転方向の円偏光を自在に取り出せるようになり、液晶ディスプレイのほか発光ダイオードなどの高機能化にもつながることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:ChemPhotoChem(インパクトファクター:3.0@2023)
論文名:Control of Circularly Polarized Luminescence in Extended Π-Electronic Aromatics-
Based Chiral Liquid Crystals Induced by Electric Fields
(電場誘起による拡張Π電子芳香族系キラル液晶の円偏光発光制御)
著者 :寺久保和希1、中嶋晴香1、鈴木太哉1、金子光佑2(所属は執筆当時)、
花崎知則2、今井喜胤1* *責任著者
所属 :1近畿大学理工学部応用科学科、2立命館大学生命科学部応用化学科
URL :https://doi.org/10.1002/cptc.202500112
DOI :10.1002/cptc.202500112
【本件の詳細】
拡張π電子有機発光材料は、発光効率が高く、化学修飾により発光波長を制御することができることから、近年盛んに研究されています。しかしながら、円偏光を取り出すには、不斉※6点を導入したキラルな有機発光材料が必要です。研究グループではこれまでに、キラルな有機発光材料をアキラルな液晶材料に添加し、キラルネマチック液晶※7に相転移させることによって、円偏光を発生させることに成功しています。
今回の研究では、高い発光特性を示すことが知られている2種類のアキラルな拡張π電子系有機発光体である「ピレン」および「ぺリレン」を、アキラル液晶4'-pentyl-4-biphenylcarbonitrile(5CB)とキラル液晶2-octyl-4-[4-(hexyloxy)benzoyloxy]benzoate(2OHBB)から構成されるハイブリッド液晶に添加することによって、円偏光の発生を試みました。その結果、アキラルな発光体を用いているにもかかわらず、380nmから530nmの範囲で円偏光の発生が確認できました。さらにこの系に直流電場を加え、電場のON-OFFに応じて、高速、連続的かつ可逆的な円偏光の回転方向の切り替えに成功しました。
本研究により、拡張π電子系有機発光材料の基本的な分子である、ピレンやペリレンを用いて液晶での円偏光発生と回転方向の切り替えができるようになります、また今後、異なる拡張π電子系有機発光材料を用いて別の色の円偏光も同様に発生・切り替えが可能であることが示唆されており、非常に汎用性の高い研究成果であると言えます。研究グループは、別の方法でも円偏光の高速切り替えに成功していますが、本研究成果は液晶ディスプレイにすぐ応用可能な技術であり、今後、さまざまなデバイスの高機能化が期待できます。
【研究者のコメント】
今井喜胤(イマイヨシタネ)
所属 :近畿大学理工学部応用化学科、近畿大学大学院総合理工学研究科
職位 :教授
学位 :博士(工学)
コメント:ハイブリッド液晶を用いた汎用性のある円偏光増幅系を見出し、従来の円偏光の回転方向制御とは一線を画す、高速かつ可逆的な回転方向の制御に成功しました。この革新的な技術は、デバイスのさらなる高機能化への道を大きく切り開くと期待されます。
【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B)(課題番号 JP23H02040)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究代表者:赤木和夫)によって実施されました。
【用語解説】
※1 光学不活性:光学活性に対して、偏光面を回転させる性質
(旋光性)がないとき光学不活性という。
※2 液晶:液体と固体の中間的な性質を持つ物質。液体のように流動性がありながら、
分子の配列には一定の規則性が見られる。この特徴により、液晶は外部からの刺激で
分子の配列が変わり、表示装置や光学機器など多様な分野で利用されている。
※3 光学活性:物質が直線偏光の偏光面を回転させる性質があるとき、
この物質は光学活性であるという。
※4 拡張π電子系有機発光材料:エネルギー伝達効率を高めるため、
電子が動きやすいように拡張した有機物で、高効率かつ多彩な発光が可能。
次世代ディスプレイや有機ELなどへの応用が期待されている。
※5 置換基:有機化合物の水素原子を、他の原子などで置き換えた場合に、
水素と置き換わった原子を置換基という。
※6 不斉:分子などの立体構造が対称でないこと。
鏡像関係にある異性体の存在が可能となる。
※7 キラルネマチック液晶:光学活性分子を加え、らせん状に並ぶ性質を付与した液晶。
光の選択的反射や円偏光との相互作用に優れ、反射型ディスプレイや
光学素子などに応用される。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 今井喜胤(イマイヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html