加齢と食環境によって体内の「糖鎖」が変化することを証明 糖鎖を軸とするアンチエイジング研究への展開に期待

2020-08-04 20:00
ラット肝臓において糖鎖末端のシアル酸のアセチル化に影響を及ぼす要因を示した図。 シアル酸(◆)のアセチル化(Ac化)は加齢(Aging)に伴い上昇し、カロリー制限(Food Restriction)により促進され、高脂肪食(High fat)により抑制される。

近畿大学薬学部(大阪府東大阪市)創薬科学科薬品分析学研究室教授の鈴木 茂生、准教授の木下 充弘らの研究グループは、遺伝子、タンパク質に続く第3の生命鎖と呼ばれる「糖鎖」が、加齢によって変化すること、特に糖鎖末端に存在するシアル酸※1 が加齢によって顕著に変化することを明らかにしました。さらに、この加齢に伴うシアル酸の構造変化は、カロリー制限や高脂肪食摂取により著しく影響を受けることも明らかにしました。本研究結果は、糖鎖が、加齢と代謝バランスの変化を反映することを明らかにしたものであり、今後、アンチエイジング研究への展開が期待されます。
本件に関する論文が、令和2年(2020年)8月4日20:00(日本時間)に、アメリカ化学会の学術雑誌“ACS Omega”オンライン版に掲載されました。

【本件のポイント】
●糖鎖末端のシアル酸のアセチル化※2 が、加齢に伴い上昇することを発見
●シアル酸のアセチル化がカロリー制限により促進、高脂肪食摂取により抑制されることを発見
●「糖鎖」を軸にした「加齢」と「代謝」をキーワードとするアンチエイジング研究への展開に期待
●“ACS Omega”の最新号(Vol.5, Issue30, 2020)の表紙に選出

【本件の背景】
「糖鎖」とは、グルコースやグルコサミンなどの単糖類がいくつも結合したものであり、タンパク質や脂質などに結合した形で存在し、第3の生命鎖とも呼ばれています。特に、遺伝情報に基づいてつくられるタンパク質の多くには糖鎖が結合しており、タンパク質の機能と密接にかかわっているため、糖鎖の変化が疾患の発症と密接にかかわる事例が数多く報告されてきました。
加齢性あるいは老年性疾患の中には、糖鎖構造の変化が原因として疑われるものも多く、加齢に伴う代謝の変化と糖鎖生合成の関係に興味が持たれてきました。しかし、糖鎖構造の解析は遺伝子やタンパク質に比べ圧倒的に難しく、高性能な分析法が不可欠な対象であり、加齢に伴う代謝変化と糖鎖構造の関係に迫る研究は積極的に行われてきませんでした。

【本件の内容】
本研究では、微量の糖鎖を検出し、糖鎖の微細な構造変化を追跡できるキャピラリー電気泳動装置※3 と糖鎖の構造を高精度に解析できるイオントラップ型質量分析装置※4 を駆使し、ラット肝臓産生タンパク質の糖鎖の変化を15週間にわたり追跡しました。
その結果、糖鎖の末端に結合するシアル酸のアセチル化が、加齢に伴い上昇することを発見しました。シアル酸のアセチル化が上昇することは、病気から体を守る生体防御の一部を担っている可能性があり、生物の成長(加齢)に必要な変化であると考えられます。シアル酸のアセチル化はカロリー制限により促進され、高脂肪食摂取により抑制されることも明らかにしました。これは、カロリー制限が老化の進行を遅らせ、加齢に伴う病気の発症の予防に効果があること、高脂肪食のようなバランスの悪い栄養摂取が、様々な病気の発症リスクを高めることを示しています。
我が国でも高齢化社会が進むなか、アンチエイジング研究の重要性が高まりつつあります。本研究の成果をきっかけとし、「糖鎖」を指標として加齢という生物学的プロセスを明らかにし、リウマチやがんのような加齢関連疾患の発症機構の解明に繋がることが期待されます。

【論文掲載】
雑誌名 :アメリカ化学会の学術雑誌“ACS Omega”(インパクトファクター:2.87)
論文名 :Age-Related Changes in O‑Acetylation of Sialic Acids Bound to
     N‑Glycans of Male Rat Serum Glycoproteins and Influence of
     Dietary Intake on Their Changes<5 (30)、18608-18618、2020>
     (加齢に伴うラット血清糖タンパク質糖鎖の
      シアル酸O-アセチル化と飼料摂取が及ぼす影響)
著者名 :木下 充弘(近畿大学薬学部創薬科学科准教授)、
     山本 佐知雄(同講師)、鈴木 茂生(同教授)
責任著者:木下 充弘

【研究の詳細】
本研究で観察されたシアル酸のアセチル化は、O-アセチル化酵素活性によりアセチルCoAのアセチル基がシアル酸9位に付加される反応であり、肝細胞内におけるアセチルCoA量依存的に亢進する反応です。今回実験に用いたラットにおいては、シアル酸のO-アセチル化はインフルエンザウイルスA/Bのシアル酸への結合に対して抵抗性を示すこと、リンパ球B細胞の分化を制御する働きがあることなどを考えた場合、加齢に伴うシアル酸のO-アセチル化は、成長に伴い生体が獲得すべき生体防御の一部を担っている可能性も考えられ、糖鎖による生体防御の仕組みとしても興味深い結果であると言えます。

【用語解説】
※1 シアル酸:N-アセチルノイラミン酸(NeuAc)およびNeuAcのアミノ基や水酸基が置換された物質の総称。
※2 アセチル化:単糖やアミノ酸の水酸基やアミノ基にアセチル基(CH3CO-)が付加する反応で、転位酵素のはたらきによりアセチルCoAから転位される。
※3 キャピラリー電気泳動装置:内径50~100μmのシリカキャピラリー内で電気泳動を行う方法。緩衝液を充填したキャピラリー内に試料を導入し、10~30kVもの高電圧を印加することで、液体クロマトグラフィーを遥かに凌ぐ分離を達成することができる。
※4 イオントラップ型質量分析装置:10-9グラム以下の試料に高電圧を印加して強制的にイオンとし、イオントラップという空間内に閉じ込めたイオンから生じる分解物から、糖鎖やタンパク質の配列や構造を明らかにするための装置。

【関連リンク】
薬学部 創薬科学科 准教授 木下 充弘 (キノシタ ミツヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/810-kinoshita-mitsuhiro.html
薬学部 創薬科学科 講師 山本 佐知雄 (ヤマモト サチオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/428-yamamoto-sachio.html
薬学部 創薬科学科 教授 鈴木 茂生 (スズキ シゲオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/392-suzuki-shigeo.html

薬学部
https://www.kindai.ac.jp/pharmacy/

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