複合アニオン材料の構造決定における実験と計算の融合的アプローチ

本研究の概念図 複合アニオン材料Pb2Ti4O9F2の核磁気共鳴実験[*3]により得られた信号(左図)と結晶構造モデル(右図)。信号中に現れる2つのピークは、元の固体中の酸素の一部がフッ素に置き換わる際に、2種類の原子位置を選択的に占有することを意味します。今回、第一原理計算により、それぞれどの原子位置に対応するかを明らかにしました。
本研究の概念図 複合アニオン材料Pb2Ti4O9F2の核磁気共鳴実験[*3]により得られた信号(左図)と結晶構造モデル(右図)。信号中に現れる2つのピークは、元の固体中の酸素の一部がフッ素に置き換わる際に、2種類の原子位置を選択的に占有することを意味します。今回、第一原理計算により、それぞれどの原子位置に対応するかを明らかにしました。

【ポイント】
●固体材料の特性を改善する手段として、固体中の原子の一部を別原子で置き換える元素置換技術が精力的に研究されています。特に近年、酸化物固体中の酸素を一部、フッ素など別の元素で置き換える複合アニオン技術によって、多様な特性を実現できることが明らかになっています。
●実験のみでは解明が極めて困難な固体材料中の置換原子の位置を、コンピュータシミュレーションによって明らかにする手法を確立しました。
●この手法は、固体材料に原子レベルの置換を行い、その特性をチューニングする材料開発分野に強力な解析手段を提供することが可能となります。

【背景と経緯】
固体材料は、半導体や蛍光体、電池に至るまで幅広く利用されており、現代の生活に欠かせないものとなっています。現在、その特性を「より安く/より安全に/より環境負荷を小さく」改善するようチューニングする手段として、元の固体材料中の原子の一部を別原子で置き換えるような元素置換技術が精力的に研究されています。
特に近年、酸化物固体中の酸素を一部、フッ素など別の元素で置き換えることで多様な特性を実現できることが明らかにされてきました(複合アニオン技術)。
固体中のどこの場所が別元素で置換されているかは、その固体の特性をチューニングする手がかりを得るための根本的かつ重要な情報です。例えば、置換位置が固体中の反応性の高いサイトに近い位置にあるか遠い位置にあるかといった情報をもとに、ある特性を発現する反応がより起こりやすくなるか抑制されるかといった見通しをつけることで、新しい材料の開発につなげることができます。
しかしながら、「どこの場所で元素置換が生じているか」を実験的に特定することは非常に難しく、元素置換による材料チューニング研究において難所となっていました。
今回、北陸先端科学技術大学院大学サスティナブルイノベーション研究領域の前園 涼教授らの研究グループは、第一原理計算[*1]と呼ばれるシミュレーションを活用して、実験結果を解析し、複合アニオン材料[*2]における元素置換位置を特定することに成功しました。本件は、近畿大学理工学部応用化学科の岡 研吾講師、京都大学大学院工学研究科の加藤 大地助教および京都大学大学院理学研究科の野田 泰斗助教らとの共同研究の成果となります。

【研究の内容】
北陸先端科学技術大学院大学の前園教授らは同大が所有するスーパーコンピュータを用いたシミュレーション技術を駆使して、近畿大学や京都大学の実験グループおよび米国オークリッジ国立研究所の市場 友宏博士(北陸先端科学技術大学院大学修了)らと共同して、無機化合物の酸素の一部がフッ素に置き換わった複合アニオン材料を対象に、元素置換位置を特定することに成功しました。様々な元素置換位置を持つ結晶構造モデルに対して第一原理計算を用いてシミュレーションを行い、各エネルギー値を比較すると「置換された原子が結晶中のどの位置にいると最も居心地がよいか」を予測することができます。このとき、最も低いエネルギー値を与える置換位置が、置換原子にとって最も居心地のよい位置となります。このようにして置換位置を決定した結晶構造モデルでさらにシミュレーションを行うと、各種実験で観測されるデータと矛盾のない結果が得られました(図)。
本成果は、固体材料に原子レベルの置換を行い、その特性をチューニングする材料開発分野に強力な解析手段を提供することが可能となります。

本研究成果は、2022年9月23日(グリニッジ標準時間)に王立化学会の科学雑誌「Dalton Transactions」のオンライン版に掲載されました。

複合アニオン材料Pb2Ti4O9F2の核磁気共鳴実験[*3]により得られた信号(左図)と結晶構造モデル(右図)。信号中に現れる2つのピークは、元の固体中の酸素の一部がフッ素に置き換わる際に、2種類の原子位置を選択的に占有することを意味します。今回、第一原理計算により、それぞれどの原子位置に対応するかを明らかにしました。

【今後の展開】
実験単独で「どこの場所で元素置換が生じているか」を特定することは困難ですが、置換位置の様々な可能性に対して第一原理計算を用いてシミュレーションを行い実験と比較することで、「どの置換位置を仮定すると実験との齟齬が少ないか」をチェックすることができます。特にスーパーコンピュータを活用することでシミュレーションを高速に実行できるようになり、様々なパターンを試して比較した上で可能性を絞り込むことが可能となりました。今後、このようにシミュレーションと実験結果とを照合して、実験単独では特定の難しい情報を解明する研究をさらに進めます。

【論文情報】
掲載誌 :Dalton Transactions, 2022,51, 15361-15369
論文題目:Anionic ordering in Pb2Ti4O9F2 revisited by nuclear magnetic resonance and density functional theory
(複合アニオン材料の構造決定における実験と計算の融合的アプローチ)
著者  :Kengo Oka, Tom Ichibha, Daichi Kato, Yasuto Noda, Yusuke Tominaga, Kosei Yamada, Mitsunobu Iwasaki, Naoki Noma, Kenta Hongo, Ryo Maezono, and Fernando A. Reboredo
掲載日 :2022年9月23日(グリニッジ標準時間)
DOI  :10.1039/D2DT00839D

【用語解説】
*1第一原理計算
「電子レベルのミクロな世界」を記述する基礎方程式を解くことにより物質の性質を理論的に調べる研究手法。非常に多くの連立方程式を解かなければならないため、コンピュータの活用が必須となる。

*2複合アニオン材料
酸素、窒素、フッ素、水素など複数のアニオンが同一化合物に含まれる固体材料の総称である。酸化物や窒化物など既存の単アニオン系と比べ、特異な配位構造や結晶構造が得られるため、革新的機能が現れる可能性があり新材料開発において期待されている。

*3核磁気共鳴実験
原子が磁力を受けた時の反応が、原子の周りの環境に応じて変わることを利用し、対象物質の構造などを調べる実験手法。病院のMRIは、この性質を利用し、体内の様子を映し出す。

【関連リンク】
北陸先端科学技術大学院大学 前園研究室(日/英)
http://www.jaist.ac.jp/is/labs/maezono-lab
近畿大学理工学部応用化学科 無機材料化学研究室
https://www.apch.kindai.ac.jp/laboratory/iwasaki/
京都大学大学院理学研究科化学専攻 分子構造化学研究室
http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/bun/

近畿大学理工学部 応用化学科 講師 岡 研吾(オカ ケンゴ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2309-oka-kengo.html

近畿大学理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/


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