細胞核をつくりあげるカギとなる因子の発見 生命活動を支える細胞核形成の仕組みを解明
近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)遺伝子工学科講師の宮本圭、ドイツマーバーグ大学教授のRobert Grosse、英国ブリストル大学講師のAbderrahmane Kaidiらの研究グループは、分裂後の細胞が再び核を形成するために、核に存在するアクチンというタンパク質が重要な役割をもつことを世界で初めて発見しました。DNAを収納する核の形成は、細胞が正常に機能するために必須の現象であり、動物の発生にも欠かせません。癌細胞では核形成に異常が頻繁にみられることも知られています。本件に関する論文が、平成29年(2017年)11月14日(火)(日本時間AM1:00)に、英国の学術雑誌「Nature Cell Biology」オンライン版に掲載されました。
【本件のポイント】
●細胞が分裂して、再び核をつくりあげるために必須の因子を世界で初めて発見
●核の内部構造形成に、アクチンタンパク質の重合化が重要であることを発見
●正常な細胞で重要な核形成が保証され、生命活動や動物発生が正常に行われる仕組みを解明
【本件の概要】
ヒトの体は、細胞が分裂を繰り返すことによって構成されています。細胞は分裂時にDNAを収納する核構造が一旦なくなり、分裂後に再び核をつくりあげます。細胞は発生の過程で、この核をつくりあげていく作業を無数に繰り返しますが、全てのDNAを的確に収納する、適切なサイズの核をつくる仕組みは、意外にも解明されていませんでした。
ドイツマーバーグ大学教授のGrosseを中心とした、近畿大学講師の宮本、英国ブリストル大学講師のKaidiらから構成されるヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムの共同研究チームは、核に存在するアクチンというタンパク質(核アクチン)が、細胞分裂直後の特定の時期にのみ重合化し、核が正常の大きさにまで膨れ上がる工程を担っていることを見出しました。核の膨化が正常に行われないと、細胞増殖が遅くなり、動物の胚発生過程も遅延することを明らかにしました。
本研究成果により、無数に繰り返される細胞分裂の後に、新たな核が形づくられる仕組みの一端を解明しました。核の形成異常はゲノムの不安定化を招き、最終的に癌細胞の発生など、ヒトの健康に大きな影響を与えることとなります。即ち、本研究成果は正常な細胞で重要な核形成が保証され、生命活動が正常に行われる仕組みを解明したといえます。
【掲載誌】
雑誌名:英国の学術雑誌「Nature Cell Biology」(インパクトファクター:20.06 2016/2017)論文名:A transient pool of nuclear F-actin at mitotic exit controls chromatin organization
(有糸分裂後に一過的にあらわれる核内重合化アクチンがクロマチン構成を制御する)
著 者:Christian Baarlink, Matthias Plessner, Alice Sherrard, Kohtaro Morita(守田 昂太郎/近畿大学生物理工学研究科 生物工学専攻 博士後期課程3年), Shinji Misu(簾 新智/近畿大学生物理工学部遺伝子工学科2017年卒), David Virant, Eva-Maria Kleinschnitz, Robert Harniman, Dominic Alibhai, Stefan Baumeister, Kei Miyamoto(宮本 圭/近畿大学生物理工学部講師), Ulrike Endesfelder, Abderrahmane Kaidi, and Robert Grosse*
*責任著者=Robert Grosse
【研究の詳細】
ヒトを含めた全ての動物の体は、受精卵という一つの細胞が無数に分裂を繰り返すことによってつくりあげられます。分裂前の細胞には核という細胞小器官が存在し、DNAを適切な形で収納しています。一方、細胞分裂時には核の構造が一旦なくなり、高度に凝縮したDNAが2つの娘細胞に等量分配されます。分配後の娘細胞では、直ちに核が再び形成されますが、その際に、分裂直後の小さい核が数時間の間に大きな核へと膨化する現象がみられます。また同時に、核内では区画化が進み、DNAはクロマチン構造を形成し、核内の適切な位置へと収まります。これらの現象は正常に分裂した全ての細胞内で観察され、細胞が正常に機能し、その恒常性を担う重要なプロセスです。しかし、細胞が分裂後に適切なサイズまで膨化するメカニズムやそれを制御する因子については、あまり知られていませんでした。加えて、細胞核内のクロマチン構成を正常に保つ機構に関する知見も乏しいです。
ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムの共同研究研究チームは、細胞分裂後の過程を詳細にイメージング解析し、分裂直後の細胞の核内にのみアクチンタンパク質が重合化した形で存在することを見出しました。この一過的に存在する核アクチンの重合化を阻害したところ、核の体積の有意な減少が見られました。核アクチン重合化を阻害した結果、クロマチンの凝縮も観察され、正常なサイズまでの核の膨化がクロマチン構成に重要な役割を果たすことがわかりました。
細胞分裂後の核アクチン重合化をマウスの受精卵で検討したところ、培養細胞と同様に最初の有糸分裂後に核内に重合化アクチンが観察されました。また、初期胚における核アクチン重合化を阻害したところ、2細胞期胚の核のサイズが有意に減少し、胚発生の遅延もみられました。
また、この細胞分裂後に一過的に見られる核アクチンの重合化はCofilin-1というタンパク質によって制御されていることも発見しました。核内でのCofilin-1の存在が、核内でのアクチン重合化を適切なレベルに保つことに重要で、過度の核アクチン重合化もまた核の正常な機能を奪うことも見出しました。以上の研究成果は、細胞が分裂後に核をつくりだすという根本的な原理を解明するもので、生命現象の本質に迫る成果といえます。
【今後の展望】
本研究により、細胞核が一定の大きさまで膨化し、正常な核内構造を構成するために必要な因子として核アクチンを発見しました。今後、核アクチンの重合化異常がどのように細胞核の機能不全に繋がり、またそれがどういった病気や発生異常に関与するかを明らかにしていきます。これらの研究は細胞の恒常性維持のために働く新たな機構の発見へと繋がることが期待されます。
【用語解説】
・娘細胞……細胞分裂で生じる2個の新しい細胞。
・クロマチン……DNAとヒストンなどのタンパク質複合体のこと。
・アクチンタンパク質……単体は球状タンパク質(G アクチン,G actin)であるが,重合して直鎖繊維(F アクチン,F actin)を形成する。細胞骨格の主要な構成成分であるが、近年の研究により、核内にもアクチンタンパク質が存在し、様々な核内現象に関与していることがわかってきた。
・Cofilin-1……アクチン線維の脱重合を促進するタンパク質として知られている。
・有糸分裂……細胞分裂の一つの型。
【関連リンク】
生物理工学部 遺伝子工学科 講師 宮本 圭(ミヤモト ケイ)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/1353-miyamoto-kei.html