コロナで廃業寸前まで追い詰められた僕が見つけた光、 それは「コーヒー」と「クマ」でした。

〜瀕死の音楽業界で生き抜く、僕とコーヒーとクマの物語〜

コロナの影響でライブやクラブイベントなど、密であるがゆえにサービスが成り立つ音楽業界は壊滅的なダメージを受けた。(株)リアル・エリア代表萩原一彦、彼も大きな影響を受けた一人だ。10代から音楽に明け暮れて、音楽と共に生きてきた。そんな彼が、瀕死にあえぐ音楽業界で苦しみ、もがき、そして見つけた光とは。本記事では、その軌跡をたどっていく。

夢を追いかけて田舎から上京。自分の店を持ち、可愛い娘にも恵まれ順調に見えた僕の人生。

僕が高校生の時、時代は80年代ディスコやライブハウス全盛期でした。当時は、そこまで規制が厳しくなかったので、年齢を誤魔化して、週末はクラブやライブハウスに入り浸っていました(笑)。そんな音楽三昧の青春時代を送ってた僕は、「将来、必ず自分の箱を持つんだ。」と夢を見ていました。

田舎から上京してイベント会社に就職、その後27歳で音楽の世界に飛び込みました。
メジャーレーベルに属し、日本全国を飛び回る生活をしていました。
そして、2008年に開業しコンサート制作会社を立ち上げクラブ・ライブハウスの業務委託を経験し、2013年に現在の「CAELUS CAFÉ&BEATLOUNGE」を開店させました。

奥様と娘さんとの素敵なお写真

長年イベントで活躍してくれたDJ達

音楽ビジネスを始めた当初は、起動に乗るまで色々な飲食店で働いていました。そこで出会ったのがコーヒーです。
あるレストランで働いていた時に店長から毎日お店の珈琲を淹れる担当を任され、1から勉強させて頂く中で珈琲の魅力にハマっていきました。
珈琲は音楽と同じで、人を癒し励ます不思議な魅力があり、その歴史や文化の奥深い面白さにどんどん惹かれていきました。そして、「将来は、音楽を聴かせる珈琲ショップをやりたい。」と考えるようになりました。

2013年2月からは、寒空の下、原宿にある知人のお店の駐車場で、珈琲を売る修行を実施。半年間お店が完成するまで毎週末1杯250円の珈琲をひたすら売り続けました。

毎回、約80~100杯売り続けていた。

約半年間の路面販売を終え、2013年8月、いよいよ念願のカフェ「CAELUS CAFÉ&BEATLOUNGE」が完成、オープンしました。
いろいろな方々にご協力いただき、お客様も順調に増えていきました。そして、約7年後の2018年春、みんなからの後押しももらい、「ここが勝負どころ!」と決断しフロアを拡大、最新設備を増設しました。昼はカフェ、夜はDJイベントと夢への実現に向けて階段を登り始めました。

常連さん達
常連さん達

コロナで世界が一変、順調に思われた僕の人生が狂い始めました。

2020年1月。「春にはBIGイベントが目白押しで、スタッフを新しく増員しないと店が回らないな」と考えていたころ、NEWSで中国の武漢で「新型ウイルスが蔓延」と報道がされました。当時僕の中では、正直「お隣の出来事」としか思えませんでした。

そんな中、横浜港に「謎のウイルスに感染した客船が着いた!」との報道がされました。この客船の件が連日TVで報道され「東京都内で謎の新型ウイルスに感染者が増えている」と、世間をにぎわしていました。

それでも昼のカフェ営業は順調で、夜の営業も変わらず多くの方にご来店いただき「どうせ流行りのインフルエンザぐらいだろう。」とあまり深く考えず日々を過ごしていました。

激震が走ったのは「コメディアンの志村けんさん、新型コロナウイルス感染で死亡」のNEWSでした。

この事件を発端に、全てのイベント・宴会の予約はキャンセルが相次ぎ、4月からスケジュールが真っ白になりました。

4月末それでも家賃や銀行融資の返済はやってきます。周りが店を一時閉店する中、家族との生活もあるので、ビルの最上階8階で一人、テイクアウトのお弁当を売る決意をしました。毎日SNSをUPしてやっと作った売り上げは 80,000円弱、前年比の97%減。焼け石に水でした。毎日売れ残りのお弁当を食べ、貯金を切り崩しながら生活を送っていました。

少しでも協力できればと買いに来てくれた弁当販売第1号のお客様。涙が出るほどうれしかった。

テイクアウト用ホットケーキ

最新作!テイクアウト用スパイスカレー

絶望に暮れていた僕が見つけた光。それは「コーヒー」と「クマ」でした。

6月。お客様はまだ戻って来ません。たまに来てくれるのは知り合いと友人のみ。それでも、仲間は珈琲を飲みに来てくれて応援してくれました。そんな日々を送る中で、ある日一本の電話が掛かってきました。声の主は9年前の東北震災で
プロのボランティア団体を福島県相馬市に立ち上げ、今も活動している友人でした。彼は音楽仲間でもあり、震災後は僕も炊き出しに参加していました。

そんな彼が「復興支援で世話になった人たちが生産者支援を始めるから、珈琲豆を売らないか?」と誘ってくれました。それがきっかけで地方の方に珈琲豆を販売する事を始めました。

売り上げが無い日々が続いていましたが、彼らの紹介のおかげで、初めてのお客様から「クマの珈琲豆をください!」とメールやSNSから注文が入ってきました。「美味しかったです、また買わせてください。」とコメントが書かれたのを読んで本当に嬉しかった。ありがたい。必要とされる実感が嬉しくて、泣いた事を今でも覚えています。

この事を常連のお客様に話したら「もっと多くの人に珈琲豆を紹介したら?」と押されて、通販をやろうとECサイトを立ち上げる事を決めました。

飛行機が飛ばず、コーヒー豆の輸入がストップ。

企画を立て、始めようと思いついた時には世の中が「新型コロナウイルス」一色でした。

珈琲豆を売ることに専念したい、そしていつかもう一度お店を再建したいと気持ちが上がりイメージは出来上がりましたが、それから新たな問題が発生しました。

「飛行機が飛ばないから海外からの生豆輸入が出来ない、在庫が無い…」

長い付き合いの問屋から順調に売れていた生豆の仕入の追加を頼んだ時に連絡がありました。
僕のオリジナルブレンドは、元々日本に輸入量が少ない貴重な豆ばかりです。
それで作り上げたブレンドなので、あの味を表現出来ています。
こればかりは取りに行くことも出来ず、同じ商品を諦めるかどうか決めて欲しいと言われました。

ブレンドの種類を変えては意味が無い、ECサイトは一旦諦めよう、輸入が再開するのを待ってみよう…
8月の夏が終わり、秋へと移り残り僅かな生豆を焼く頃。「輸入再開しました!」と連絡がありました。
そして、僕はお店の閉店を決断しました。25年間の音楽活動が止まる時が来ました。

今も昔も支え続けてくれる仲間たち

自分の箱でのイベント

ついにOPEN!コーヒーとクマの店「45COFFEE&GIFT」

45COFFEE&GIFT…このECサイトの名前は、僕が音楽に関わった軌跡を残すためレコードの回転数
45回転から取り(あと、45才でお店開店したので。)うちの珈琲でホッとした豊かな気持ちになれる時間を届けたい
と想いを込めてつけました。

珈琲のブランドは「HAGI’S COFFEE」クマがアイコンになっています。
数年前まで、日本人のDJやダンサーを連れて海外に遠征に行っていた頃、どの国に行っても「ハギベアー」と
あだ名をつけられ、外人の友人達から呼ばれ続けていたました。なので、珈琲豆のブランドロゴはクマをモチーフに
デザインし、クマが珈琲カップを持っているキャラクターが出来ました。

約1年近く世界中の珈琲豆を試して、やっと出会ったのがケニアとエチオピア産の珈琲豆でした。
ケニア産の珈琲豆は、飲むと広大な大地と自然の恵みを感じさせる豊かさがありました。
ブレンドのするエチオピア産珈琲豆は、歴史と洗礼された風味を感じさせ、シャープなケニア産珈琲豆を包み込み、お互いの良いところを引き出す事に成功しました。珈琲通には人気のあるテイストが完成しました。

現在、オリジナルブレンドシリーズは3種類あります。個性を活かし飲み方で選ぶスタイルを提供します。

焙煎の仕方で、フルーティーで深いコク、香りは高級ワインのような香りがある自慢の珈琲を皆さんに届けて行きたいです。

45COFFEE&GIFT ECサイト: https://www.45coffeegift.com

『45COFFEE&GIFT ECサイト』では季節に合わせてギフトセットを販売中。数量に限りがありますので、ぜひお早めにお問い合わせください。

【会社概要】

会社名:株式会社リアル・エリア
所在地:神奈川県横浜市西区南幸2-12-10 ITOビル8F
代表者:萩原一彦
設立:2013年8月23日
URL:
事業内容:飲食店経営、音楽関連の制作、イベント企画運営、コンサート舞台監督

【お客様からのお問い合わせ先】

45COFFEE&GIT
TEL:045-620-7704
受付時間 12:00~17:00
e-mail:info@caelus.jp

【本リリースに関する報道お問い合わせ先】

(株)リアル・エリア
代表取締役 社長
萩原一彦
TEL:045-620-7704
受付時間12:00~17:00
e-mail:info@caelus.jp


配信元:(株)インデンコンサルティング