野生ミナミハンドウイルカの社会的性行動に関する発見 繁殖行動の練習やオス同士の絆形成の可能性
近畿大学農学部(奈良県奈良市)水産学科講師 酒井 麻衣、近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士後期課程 宮西 葵、御蔵島観光協会(東京都御蔵島村)小木 万布(こぎ かずのぶ)の研究グループは、伊豆諸島御蔵島に生息している野生ミナミハンドウイルカのオス同士における性行動を観察し、社会的機能について考察しました。本研究に関する論文が、令和5年(2023年)5月22日(月)に、日本哺乳類学会の英文誌"Mammal Study(マンマル・スタディ)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●野生ミナミハンドウイルカのオス同士における性行動が、複数のマウンティング※ をする個体と1頭の受け手によって行われることを発見
●マウンティングする個体と受け手の個体は役割を交代することを発見
●鯨類の社会的性行動は、繁殖行動の練習やオス間の絆形成の機能を有する可能性がある
※ マウンティング:陸棲哺乳類では、優位個体が劣位個体に向かって馬乗りになる行動を指す。イルカの場合は、ペニスを相手の生殖スリットに挿入する・しようとする交尾のような行動を指す。
【本件の背景】
繁殖に直結しない同性同士での性行動のことを"社会的性行動"と呼びます。この行動は、昆虫から哺乳類まで多くの生物において観察されており、霊長類や鯨類でも報告されています。社会的性行動を行う理由として、鯨類では、優位性を示すためや、オス同士の絆形成のためではないかと考えられていますが、水中での行動を観察することは難しく、鯨類における社会的性行動の詳細や機能はよく分かっていませんでした。本研究では、鯨類の社会的性行動の機能解明の一助とすることを目的に、野生のミナミハンドウイルカの水中行動を観察しました。
【本件の内容】
伊豆諸島御蔵島の周囲には約140頭のイルカが生息しており、平成6年(1994年)から水中ビデオ撮影による個体識別調査が継続して行なわれています。研究チームは、御蔵島に生息する野生ミナミハンドウイルカを対象に、平成26年(2014年)から平成28年(2016年)に撮影された個体識別調査用ビデオを再生し、社会的性行動の分析を行いました。性行動に参加する個体数、性、年齢クラス、個体識別番号、マウンティングをする個体と受け手を記録し、社会的性行動の基礎的情報をまとめました。
その結果、社会的性行動には2頭から7頭が参加していました。参加していた個体は1歳から10歳で、本種の性成熟が10歳から15歳であることから、性成熟前の個体(以下、ワカオス)であることがわかりました。また、母親と息子のペアでの社会的性行動も観察されました。
ワカオスの群れでは、2頭以上のマウンティングをする個体と1頭の受け手によって社会的性行動が行われることがほとんどで、マウンティングをする個体と受け手の役割の交代も確認されました。
また、行動を終えて先に離れていく個体は、ほとんどの場合マウンティングしていた個体であり、受け手が逃げないことや、受け手のほうが年長者である例が多いことから、マウンティングは敵対的行動ではないと推察されました。先行研究でも推察されているように、繁殖行動の練習やオス間の絆の形成の機能を有する可能性が考えられます。
今後、社会的性行動に参加していた個体と参加していなかった個体の繁殖成功率や個体間関係を調べることで、イルカにおける社会的性行動の機能が明らかにできると期待されます。
【論文掲載】
掲載誌 :Mammal Study(インパクトファクター:0.723@2022-2023)
論文名 :Observations and detailed descriptions of sociosexual behavior in wild Indo-Pacific bottlenose dolphins(Tursiops aduncus)
(野生ミナミハンドウイルカの社会的性行動に関する詳細な記録)
著 者 :宮西 葵1、酒井 麻衣2※、小木 万布3
所 属 :1 近畿大学大学院農学研究科、2 近畿大学農学部水産学科、3 御蔵島観光協会 ※ 責任著者
論文URL:https://doi.org/10.3106/ms2022-0006
DOI :doi.org/10.3106/ms2022-0006
【研究者のコメント】
酒井 麻衣(さかい まい)
所属 :近畿大学農学部 水産学科
職位 :講師
学位 :博士(理学)
コメント:野生のイルカの行動を水中で観察することで、これまで詳細が未解明だったイルカの社会的性行動について詳しく記録できました。イルカの社会的性行動は激しい動きを伴いますが、よく観察すると受け手が逃げていなかったり、年長者であったり、母と息子間で行われたりしていることがわかりました。これらのことから、本種の社会的性行動は敵対的な行動ではなく、交尾の練習やオスの絆形成の機能を有する可能性が考えられます。今後、社会的性行動を頻繁に行っていた個体とそうでなかった個体の繁殖成功率や、社会的性行動を行った個体同士の関係を長期的に追うことで、イルカにおける社会的性行動の機能を明らかにできると期待されます。
【関連リンク】
農学部 水産学科 講師 酒井 麻衣(サカイ マイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1358-sakai-mai.html