「胎児性水俣病」発症の謎を解明 メチル水銀の脳脊髄液循環抑制を介した神経毒性が原因 理工学部生命科学科 元教授 吉田繁らの研究チーム
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)生命科学科の元教授で産業医の吉田繁らのグループが、「胎児性水俣病」に成人よりも強い症状が現れる仕組みを明らかにしました。本件に関する論文が、オランダのエルゼヴィア社発刊の学術雑誌「Neurotoxicity(神経毒性学)」電子版に、平成28年(2016年)9月14日(水)に掲載されました。
【本件のポイント】
●水俣病の原因物質「メチル水銀」は、マウス脳室表面上衣細胞の線毛運動を不可逆的に抑制する
●脳脊髄液の循環抑制を介して胎児脳に強い毒性を及ぼすメチル水銀の「間接作用」を提唱
●本実験法によって、胎児脳に悪影響を及ぼす物質と医薬品の選別が可能となる
【本件の概要】
今年は、公害病の原点である「水俣病」の公式確認から60年目です。原因物質の「メチル水銀」は脳の神経細胞をおかして運動や感覚の障害を起こすので、手足が震えたり、喋れなくなったり、死亡することさえあります。なかでも「胎児性水俣病」は、成人よりも症状が強いのですが、その理由はよく分かっていませんでした。
近畿大学理工学部生命科学科元教授で産業医の吉田繁を中心とするグループは、メチル水銀が「脳脊髄液」の循環を抑えることによって神経細胞の働きを低下させるという「間接作用」をマウス実験によって証明しました。
脳の中の空間(脳室)を満たしている脳脊髄液は神経細胞の働きを支えており、脳室表面の細胞(上衣細胞)に生えている毛が1秒間に数十回往復運動して脳脊髄液を循環させています。薄く切ったマウスの脳を顕微鏡で観察しながらメチル水銀を与えると、ヒトに中毒を起こす量で毛の運動は抑えられ、メチル水銀を取り除いても動きは元に戻りませんでした。胎児脳では脳脊髄液の流れによって一部の神経細胞が目的の場所に運ばれるので、メチル水銀で流れを抑えられると未完成な脳になってしまいます。また、流れの停滞は神経細胞の状態を悪化させます。これらが、胎児性水俣病の強い症状の原因であると考えられます。
なお、この実験法を用いることで、胎児脳に悪影響を及ぼす物質を選別(スクリーニング)することができ、新薬の開発および現行医薬品の副作用検査等にも応用可能です。
【掲載誌】
■雑誌名:「Neurotoxicity(ニューロトキシコロジー/神経毒性学)」
オランダの国際的学術雑誌、インパクトファクター3.123
■論文名:The organic mercury compounds, methylmercury and ethylmercury, inhibited ciliary movement of ventricular ependymal cells in the mouse brain around the concentrations reported for human poisoning.
(有機水銀であるメチル水銀とエチル水銀は、ヒトの中毒量でマウス脳室上衣細胞線毛運動を抑制)
■著 者:Shigeru Yoshida, Shinsaku Matsumoto, Takuya Kanchika, Teruki hagiwara, Takeshi Minami
【本件の背景】
「水俣病」は、日本だけでなく世界的にも公害の代表として注目されています。今年は、その水俣病が昭和31年(1956年)に公式確認されてから60年という節目にあたります。原因物質である「メチル水銀」を魚などを介して摂取した時期が、成人になってからであるよりも胎児期だった場合の方が神経症状が強いことは知られていますが、何故そのような違いが出るのかという詳細はこれまで不明でした。
【実験方法】
安楽死させたマウスから脳を取り出し、マイクロスライサーという装置で0.15mmの厚さに切ってから、その脳切片を動かぬように固定します(図1)。
脳室表面の上衣細胞に生えている毛(線毛)(図2)が1秒間に25回ほど往復運動しているのを顕微鏡で観察しながら動画を撮影し、メチル水銀を投与して効果を調べました。