琵琶湖の重要魚種ホンモロコの遺伝的多様性を環境DNAで瞬時に評価! 保全への活用に期待

図1.ホンモロコ(撮影:内井 喜美子)
図1.ホンモロコ(撮影:内井 喜美子)

【本研究成果のポイント】
●琵琶湖の重要な水産資源でありながら絶滅危惧種に指定されているホンモロコの遺伝的多様性を、水に含まれるDNA(環境DNA)の分析により一挙に明らかにする手法を開発。
●琵琶湖一円のホンモロコ繁殖生息地における環境DNA調査により、南部や東部の集団に比べ、北部集団の遺伝的多様性が低いことが明らかに。
●採捕を介さない簡便な遺伝的多様性モニタリングにより、絶滅危惧種の健全性評価を迅速かつ広範に実施することが可能に。将来の生物多様性保全における活用に期待。

【概要】
大阪大谷大学薬学部の内井 喜美子准教授と脇村 圭助教、近畿大学農学部の亀甲 武志准教授は、琵琶湖に生息する絶滅危惧種ホンモロコの遺伝的多様性を正確かつ迅速に推定する環境DNA分析手法の開発に成功しました。さらに、琵琶湖一円で本手法を用いた調査を実践し、湖の東部や南部に比べ、北部における遺伝的多様性が低いことを明らかとしました。
生物の個体数の急激な減少は、その集団が持つ遺伝的多様性の損失を引き起こすことが知られます。つまり遺伝的多様性の低下は個体数減少のサインとなるため、遺伝的多様性レベルから集団の健全性を評価できる可能性があります。本研究で対象としたホンモロコは、食用として人気があり、琵琶湖漁業における重要魚種です。その一方、1990年代中頃に個体数が急激に減少した結果、絶滅危惧種に指定されるに至りました。持続的に本種を利用していくために、その保全が重要な課題となっています。
そこで研究チームは、ホンモロコ集団の健全性を遺伝的多様性を手がかりとして効率よく評価する手法の開発に取り組みました。そして、水から取り出したDNA(環境DNA)に含まれるホンモロコDNAの塩基配列を、超並列シーケンスと呼ばれる方法で解読することにより、本種の遺伝的多様性を迅速かつ正確に推定する手法の開発に成功しました。さらに、本手法を琵琶湖一円で実践し、湖の東部(伊庭内湖・西の湖)や南部の集団に比べ、北部集団の遺伝的多様性が低いことを明らかとしました。この結果は、個体数減少が北部において顕著であった可能性を示唆しました。
開発した環境DNA分析手法の利点は、ある場所で採取した環境DNAサンプルを分析すれば、そこに生息する多数個体のDNA情報を一挙に取得できることです。つまり、従来の一個体ごとの遺伝子解析に比べ、非常に効率よく集団の遺伝的多様性を推定することが可能となります。保全において重要となる迅速性を実現できる点で、絶滅危惧種の健全性モニタリング法として実用化が進むことが期待されます。

【背景】
水にはそこに生息する生物に由来するDNA(環境DNA)が含まれています。したがって、水からDNAを抽出し解析すれば、生物を捕獲せずともそこに棲む生物の情報を得ることができます。環境DNA分析と呼ばれるこの手法は、この十数年の間に急速な発展を遂げました。DNAの塩基配列を同時に多数解読する超並列シーケンスと呼ばれる技術の発達も手伝い、大量の生物情報を迅速に得られる手法として、存在感を増しつつあります。
DNA塩基配列に基づき種を判別する環境DNA分析の原理をもってすれば、「種」だけではなく「種内の遺伝的変異」を捉えることも可能です。大阪大谷大学薬学部の内井 喜美子准教授らの研究チームはこの点に着目しました。生物の個体数の急激な減少は、その集団が持つ遺伝的変異の損失を引き起こすことが知られます。そこで、遺伝的な変異の量、すなわち遺伝的多様性を環境DNA分析を用いて解析すれば、集団の健全性を迅速に評価できると考えました。
琵琶湖の固有種として知られるホンモロコは、体長10cmほどの魚です。食用として人気があるため、琵琶湖漁業にとって重要な資源ですが、1990年代中頃に個体数が激減した結果、絶滅危惧種に指定されるに至りました。持続的に本種を利用していくために、その保全が重要な課題となっています。そこで研究チームは、環境DNA分析と超並列シーケンスを組み合わせることにより、ホンモロコの遺伝的多様性を効率よく評価する方法の開発に取り組みました。さらに開発した手法を用い、琵琶湖一円のホンモロコ地域集団の遺伝的多様性モニタリングと、それに基づく健全性評価を実践しました。

【研究手法】
研究チームは、まず、ホンモロコのミトコンドリアDNAの特定領域を増幅し、超並列シーケンスを用いてDNA塩基配列を解読することにより、異なる塩基配列(遺伝子のタイプ)がどのような割合で存在するかを推定する方法を開発しました。これにより、ホンモロコの遺伝的多様性を測定することができるようになりました。そして、2021年から2022年にかけ、琵琶湖において環境DNA調査を実施しました。遺伝的多様性を正確に評価するためには、できるだけ多くのホンモロコ個体のDNA情報が必要となります。そこで、琵琶湖一円のホンモロコ繁殖生息地13ヶ所において、繁殖に合わせて採水することにより、繁殖に集まった多数のホンモロコ個体のDNAを含む環境DNAサンプルを取得しました。これらの環境DNAサンプルを開発した方法を用いて分析することにより、各地における遺伝的多様性を推定しました。

【成果】
環境DNA分析により推定されたホンモロコの遺伝的多様性は、同時に実施した卵や成体の個体毎分析(従来の採捕に基づく方法)から推定された遺伝的多様性とよく一致しました。このことから、迅速性・簡便性において優越する環境DNA分析が、遺伝的多様性モニタリングにおいて非常に有用であることが実証されました。さらに、琵琶湖一円の環境DNA調査から、湖の南部や東部(伊庭内湖・西の湖)に比べ、北部における遺伝的多様性が低いことが明らかとなりました。この結果より、琵琶湖においてホンモロコ個体数が激減した際、東部や南部よりも、北部において個体数減少が顕著であった可能性が示唆されました。

【期待される波及効果】
種内の遺伝的多様性評価には、従来は多大な労力を要しました。生物の「種」は見た目で判別できることが多いですが、「種内の遺伝的変異」を検出するには、生物個体を採捕した上で、一個体ずつの遺伝子解析を行う必要があったからです。一方、対象とする生物が多く集まる場所で採取した環境DNAサンプルには、多数の個体に由来するDNAが含まれます。本研究では、この環境DNAの特性を利用し、ホンモロコの繁殖に合わせて採取した環境DNAサンプルを分析することにより、本種の遺伝的多様性情報を一挙に明らかにすることに成功しました。本研究で実証した環境DNA分析を用いた遺伝的多様性モニタリングは、迅速性および簡便性に優れるだけでなく、採捕によって対象生物を撹乱しない点において、絶滅危惧種や希少種の健全性評価において活用されることが期待されます。
かつてない環境変動に晒される現代において、効果的な生物多様性保全を実現するためには、生物の変化を迅速に捉えること、そして持続的にモニタリングを行うことが重要です。本研究成果が、効率的かつ持続的な生物多様性モニタリング法の創出に向けた一助となることを願います。

なお、本研究成果は、4月3日(アメリカ東部標準時間)付けで国際科学雑誌『Environmental DNA』にオンライン掲載されました。
URL  :https://doi.org/10.1002/edn3.408
論文名 :Evaluation of genetic diversity in an endangered fish Gnathopogon caerulescens using environmental DNA and its potential use in fish conservation
著者  :Wakimura K, Uchii K*, Kikko T *責任著者
研究資金:(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20204004)

図2.琵琶湖一円のホンモロコの遺伝的多様性をハプロタイプネットワークで示したもの。円のひとつひとつは遺伝子のタイプ(ハプロタイプ)を示し、その大きさはハプロタイプの出現頻度を、各ハプロタイプをつなぐ線上の区切りは一塩基の変異を示す。(本論文より流用)
図2.琵琶湖一円のホンモロコの遺伝的多様性をハプロタイプネットワークで示したもの。円のひとつひとつは遺伝子のタイプ(ハプロタイプ)を示し、その大きさはハプロタイプの出現頻度を、各ハプロタイプをつなぐ線上の区切りは一塩基の変異を示す。(本論文より流用)
図3.琵琶湖の北部、東部、南部において検出されたハプロタイプの数(左)とハプロタイプ多様性(右)。北部のホンモロコ集団は、東部、南部に比べて遺伝的多様性が低い傾向が認められた。
図3.琵琶湖の北部、東部、南部において検出されたハプロタイプの数(左)とハプロタイプ多様性(右)。北部のホンモロコ集団は、東部、南部に比べて遺伝的多様性が低い傾向が認められた。

【関連リンク】
農学部 水産学科 准教授 亀甲 武志(キッコウ タケシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2466-kikko-takeshi.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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