月経前症候群と月経前不快気分障害の診断•治療の実態を明らかに 課題を解消する教育を実施することで、有効な治療の普及に期待
近畿大学東洋医学研究所(大阪府大阪狭山市)所長 武田 卓を中心とする、日本産科婦人科学会女性ヘルスケア委員会の研究チームは、日本の産婦人科医を対象とした調査研究によって、月経前症候群※1(PMS)と月経前不快気分障害※2(PMDD)の診断・治療の実態を日本で初めて明らかにしました。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)2月24日(金)AM10:00(日本時間)に、日本産科婦人科学会とアジアオセアニア産科婦人科学会のオフィシャルジャーナルである"Journal of Obstetrics and Gynecology"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●PMS・PMDDの診断と治療について、産婦人科医を対象とした実態調査を実施
●多くの産婦人科医が曖昧な問診に基づいた診断を行っている実態が明らかに
●本研究成果を生かし、PMS・PMDDについて産婦人科医への診断治療の教育を実施することで、有効な治療の普及に期待
【本件の背景】
PMSおよびPMDDは、月経前の不快な精神・身体症状が特徴で、女性のパフォーマンスを障害することから、女性活躍促進やフェムテック※3 においても最近特に注目されている疾患です。PMSとPMDDの世界的な標準治療薬として、低用量ピルや抗うつ薬であるSSRIが知られていますが、日本では、それぞれ月経困難症とうつ病の適応薬であるため、PMSやPMDDへの保険適用がなく、薬を使用することに対するイメージが悪いことからも、諸外国と比較して十分な治療が行われていません。さらに、日本ではPMSやPMDDでどの診療科を受診すべきかが曖昧であり、現在は産婦人科医と精神科医が診断・治療をしていますが、その実態は不明でした。よりよい治療の普及のためには、現状の診断・治療に関する実態と課題の把握が必要となります。
【本件の内容】
本研究では、我が国における産婦人科医のPMS・PMDDに対する診断・治療の実態を明らかにするため、令和3年度(2021年度)・令和4年度(2022年度)の日本産科婦人科学会女性ヘルスケア委員会「月経前症候群・月経前不快気分障害に対する診断・治療実態調査小委員会(小委員長:武田 卓)」にて、産婦人科医を対象にWEB調査を実施しました。全学会員16,732人に調査協力を依頼し、1,312人から回答を得ました。そのなかで「産婦人科医が治療を担当するべき」と回答したのは、PMSは91.4%、PMDDは76.1%であり、精神症状が主体で重症であるPMDDに関しても、高い割合で産婦人科医が治療に関与するべきと認識していることがわかりました。
しかし、実際の治療に関与している1,267人に、診断・治療の実態を調査したところ、診断に関しては、「漠然とした問診のみ」という回答が大部分で、自己評価のツールや、米国の診断基準に記載のある「症状日誌による前向き評価※4」を使用して診断しているケースは少数でした。これにより、ほとんどの産婦人科医が、PMSとPMDDの診断基準として必須の評価を実施しておらず、曖昧な問診に基づいた診断を行っている実態が明らかとなりました。治療に関しては、EBM※5(根拠に基づく医療)ではない薬剤選択も認められたうえ、精神症状改善効果にすぐれるSSRIの使用率が低い現状も明らかとなり、十分な対応ができていないことが想定されました。
本研究で明らかになった課題を元に、今後、産婦人科医に対してEBMに基づいた診断・治療の教育を実施することによって、PMS・PMDDに対するより有効な治療の普及が期待できます。
【論文概要】
掲載誌:Journal of Obstetrics and Gynecology(インパクトファクター:1.697 @2022)
論文名:Current status and problems in the diagnosis and treatment of premenstrual syndrome and premenstrual dysphoric disorder from the perspective of obstetricians and gynecologists in Japan
(日本の産婦人科医からみた月経前症候群と月経前不快気分障害の診断と治療の現状と問題点)
著者 :吉見 佳奈1、井上 史1、尾臺 珠美2、白土 なほ子3、渡邉 善4、大坪 天平5、寺内 公一2、武田 卓1* *責任著者
所属 :1近畿大学東洋医学研究所、2東京医科歯科大学、3昭和大学医学部、4東北大学医学部、5東京女子医科大学附属足立医療センター
【研究の詳細】
調査期間:令和3年(2021年)9月~11月
調査対象:日本産科婦人科学会に所属する産婦人科医16,732人(回答者1,312人)
調査項目:
(1)基本属性(医師年数、性別、専門医、勤務形態、PMS・PMDD診療頻度)
(2)PMS・PMDDを産婦人科・精神科のどの診療科が担当するべきか?
(3)PMS・PMDDの診断方法
(4)PMS・PMDDの薬物治療の使用薬
(5)PMS・PMDDの非薬物治療方法
(6)PMS・PMDD薬物治療の第一選択薬
(7)PMS・PMDD治療でのLEP第一選択薬
調査結果:
回答者1,312人のうち、実際にPMS・PMDDの診療に従事している者の割合は96.6%(1,267人)と高く、研究対象者はPMS・PMDDの診療に積極的に取り組んでいる産婦人科医から成り立つことが考えられました。実際の治療に関与している1,267人に、診断・治療の実態を調査したところ、診断に関しては、「漠然とした問診のみ」という回答が大部分で、米国産婦人科学会(ACOG)やDSM※6 の診断基準に記載のある、「症状日誌による前向き評価」を使用し、月経周期2周期間症状日誌をつけて評価しているのは8.4%であり、2012年に米国で実施された調査結果(11.5%)と同様に低いことがわかりました(P=0.328,χ2 test)。また、スクリーニングツール※7 の調査票利用は10.3%であり、同じく米国での結果(23.0%)と比較すると、有意に低い結果であることがわかりました(P<0.001,χ2 test)。
一方、治療の第一選択薬は、低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP)※8 が76.8%、漢方薬が19.5%であり、SSRIは2.6%と少数でした。LEPの第一選択薬は、ガイドラインで推奨されるドロスピレノン含有製剤※9 が65.1%でした。
以上の結果より、ほとんどの産婦人科医が、診断基準で必須の症状日誌による前向き評価を実施していないことが明らかとなり、スクリーニングツールも使用せず、曖昧な問診に基づいた診断を行っている実態が強く疑われました。治療に関しては、EBMに基づかない薬剤選択も認められ、精神症状主体のPMDDに対する治療に対して意欲的な一方で、抗うつ薬であるSSRIの使用選択率が低い現状が明らかとなり、十分な対応ができていないことが想定されました。
今回の研究をきっかけとして、PMS・PMDDに関する産婦人科診療の課題が明らかとなり、産婦人科医に対して、診断・治療に関するEBMに基づいたさらなる教育を今後実施することで、より有効な治療の普及が期待できます。
【研究者コメント】
武田 卓(たけだ たかし)
所属 :近畿大学東洋医学研究所
職位 :所長/教授
学位 :博士(医学)
コメント:
今回の調査結果により、我が国の産婦人科における、PMS・PMDD診療の課題が明らかとなりました。このことを基に、令和5年(2023年)5月に開催予定の日本産科婦人科学会総会では、女性ヘルスケア委員会企画シンポジウムにおいて、この実態調査の結果を学会員に周知するとともに、EBMに基づいたPMS・PMDDに対する診断・治療に関する教育講演を予定しています。さらに、次年度の委員会ではPMS・PMDD治療・管理指針作製に取り組むことになっており、これらの事業によって、産婦人科医へのPMS・PMDD診療に関する卒後教育の一層の充実を図っていきたいと思います。
【用語解説】
※1 月経前症候群(PMS):月経前3~10日のあいだ続く精神的あるいは身体的症状で、月経とともに減少または消失する症状のこと。イライラ・おちこみ・不安感といった精神症状と、腹部膨満感・乳房症状といった身体症状が認められる。
※2 月経前不快気分障害(PMDD):精神症状主体で重症型のPMS。
※3 フェムテック(Femtech):Female(女性)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた造語で、月経や妊娠などの女性のライフステージにおける様々な課題を解決する商品やサービスのこと。
※4 症状日誌による前向き評価:PMSやPMDDの症状を毎日日誌形式で記載する方法。米国産婦人科学会やDSMの診断基準では、症状日誌の内容に関する厳密な規定はなく、スマートフォンアプリの利用やカレンダーに記載する程度の簡単なものでも問題ないとされている。
※5 EBM:evidence-based medicineの略で、最良の「根拠」を思慮深く活用する医療のことを指し、患者にとってより良い医療を目指そうとするもの。
※6 DSM:米国精神神経学会精神障害の診断と統計マニュアル。PMDDの診断基準が記載されている。
※7 スクリーニングツール:症状日誌のように連日記載するのではなく、ある程度の期間(3カ月間等)の症状を思い出して自己評価する方法。日本では、妥当性や信頼性が検討されたものとして、PSQ(premenstrual symptoms questionnaire)が使用できる。
※8 低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP):低用量経口避妊薬(いわゆるピル)と同じホルモン製剤であり、月経困難症治療薬として保険適用がある。
※9 ドロスピレノン含有製剤:黄体ホルモンの一種であるドロスピレノンを含有するLEP製剤。PMS・PMDDに対する世界的な標準治療薬の一つとされている。
【関連リンク】
東洋医学研究所 教授 武田 卓(タケダ タカシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/818-takeda-takashi.html
近畿大学東洋医学研究所
https://www.med.kindai.ac.jp/toyo/