本当に着ていて心地良い。すべてを満たしてくれるデッコーロウォモのドレスシャツ

STORY Vol.19 – 稲場 悠介 氏(水球 日本代表)

decollouomo(デッコーロウォモ)のシャツに初めて袖を通した時、今まで着てきたシャツとは違う感覚というか、ものすごく着やすくてビックリしました。その着やすさと相反して、見た目がすごいカッコいいじゃないですか。それが自分の中で「このシャツ好きだな」ってなったんです。

僕は家にいたら、ずっと上裸でいるほど暑がりなんです。いまのような蒸し暑い時期にシャツを着ていると、汗でベタついたり、肌に張りついたりして不快になることがありますが、decollouomo(デッコーロウォモ)のシャツの場合は、それが全くなくて。外は湿気が高くて蒸し暑いのに、体は快適です。

decollouomo(デッコーロウォモ)が独自に開発した生地concorde(コンコルド)は、すごいなぁの一言です。シャツを洗う時、Tシャツと同じように洗濯してハンガーに干しておけば大丈夫と聞いていましたが、半信半疑だったんですよ。ホントかな?シャツなんだからシワが残るでしょうと思っていました。それがびっくり!実際に洗濯してハンガーに干して乾かしていたら・・・気がついた時には滑らかな感じになっていました。思わず2度見しましたよ。こんなことある?みたいな。アイロンがけをしないで、この元通りの見た目ができることに驚きました。クリーニングに出さなくていい、アイロンがけをしなくていいっていうのは、手間と時間が省けて良いですよね。

大抵良いところがあったら、悪いところも多少はあるじゃないですか。でも、decollouomo(デッコーロウォモ)のシャツには、お世辞なしでデメリットが見受けられないです。本当に着ていて心地良いんですよね。シルエットも綺麗で、デザインも良い。イタリアから帰国後は国立スポーツ科学センターというところで合宿をしていて、日本代表のメンバーみんなで1つの宿舎に泊まっていたんですけど、「それどこのシャツ?」「めっちゃかっこいいじゃん」ってチームメイトからも褒めてもらえて嬉しかったですね。



小学一年生で、夢は水球で世界一になること

小さい頃は水泳教室に通っていました。保育園の隣に水泳教室があったので、時間になったら先生が連れていってくれて、終わったらお母さんかおばあちゃんが迎えにきてくれるという毎日を過ごしていました。そうしていると、たまたま町内に兄の友達で水球をやっている子がいて、泳げるんだったら水球やってみない?ってパンフレットをもらったんですよ。それで、じゃあやってみようかって、兄、姉、僕、妹と順番に水球を始めていきました。

歴史があって、全国大会の上位に食い込むような強いチームでした。水球は7人で行う競技なんですが、僕が入った時は9人しかいなくて、交代もほぼできないギリギリでやっていましたね。小学生、中学生になると、仲間が欲しかったのでクラスの友達を誘って人数を増やしていきました。どんどん水球にのめり込んでいって、小学校、中学校では自分たちの世代で優勝しました。

僕は、ものすごい負けず嫌いなんですよ。ちょっとしたゲームでも負けたくないとか、小学生の頃から全てに対して負けたくなかったんです。勝負ごとには。当時から、世界中の自分の同年代には絶対負けたくないと思っていました。ほんとによく覚えているのは、水球を始めて1週間くらいで「これで世界一になりたい」って決めていましたね。

水球に真剣に向き合わせてくれた家族への感謝

小学生の頃、夏休みは一切遊ばずに朝の8時から夜の8時までずっとプールにいました。僕が小学1年生、兄が小学6年生。兄は同世代の中で頭一つ抜きん出ていたので、中学生の区分に入って練習させてもらっていたんです。 中学生になると夏休みは合宿や練習が多かったので、僕も付いて行って一緒に練習をさせてもらっていました。

もうずっと、本当にずっとそのような生活でしたね。小さい時に家族でどこかへ旅行に行ったとか、そういう思い出はほぼないんです。しいて言えば、全国大会に遠出するときはお父さんお母さんも来てくれていたので、ちょっとした小旅行みたいな感じで楽しかったことを憶えています。

水球に対して協力的だった家族には感謝しています。水球の練習場所が家から少し離れていたんですけど、いつもおじいちゃん、おばあちゃんが連れて行ってくれて、帰りはお母さんが迎えに来てくれていました。仕事を早く切り上げてでも送り迎えしてくれたり。家族の協力があったから、僕も水球に対して真剣に向き合えたんだと思います。

恩師が気づかせてくれたターニングポイント

自分の水球人生の中で、頑張って良かったなっていう時期があって。高校に入学した頃に挫折というか、周りから見て、良くなかった時期があったんです。中学までの勉強はそこまで大変ではなかったので、ずっと水球をやってたんです。水球が好きだったので、ちょっとでも時間があれば自主練をしていました。でも、高校に入ったら大変で。練習する時間がどんどん削られていって、学業と水球を両立することが難しかった時期でした。自分では出来ていたつもりなんですけど、やっぱり出来ていない部分があって。

入学して1ヶ月ぐらい経った頃、たまたま中学生と一緒に練習する時があったんです。その時に中学の頃の監督が僕のことを見て、「お前、こんなんでいいの?」って言うんです。ちょうどアンダー18のユース日本代表にも選ばれた時だったので、僕にはその言っている意味が全然わからなくて。何度も呼び出されて、本当にしつこく説教されたことを覚えています。それで、「中学生の練習に一回来い。一緒に練習やってみよう。」って言われて、やってみたんです。そうしたら、あれっ。なんか感覚が違う。今までもっと高くジャンプできていたのに、できない。それで、自分に言い訳ばかりして水球にちゃんと向き合えてなかったなって、やっと気づいたんです。それからは反省して、びっちり監督に付き合ってもらって練習に励みました。高校生の練習をやって、その後ウエイトをやって、中学生の練習に参加して、その後は監督と1対1で練習して。家に着くのは夜の11時という毎日を送っていました。

自分にとってターニングポイント。1人じゃ気づけなかったことですね。ほんと恩師です。僕がイタリアのチームで試合している時も必ず観てくれていて、今でもアドバイスをくれるんですよ。自分じゃわからないこともある。そういう人が傍にいてくれるから、改善できることだったり、もっと上手くなれることってあると思います。

ユース、ジュニア世代で大活躍。世界トップチームで挑むプロの道

そこから本当にガラッと変わりました。
アンダー18の世界ユース大会で、当時16歳だったんですけど得点ランキング3位に入ったんです。大会を観てくれていたオーストラリアの方の誘いで、短期留学みたいな形でオーストラリアに行くことになって、「Melville Waterpolo Club」のジュニアチームに参加しました。そのチームでは、オーストラリアの国体みたいな大会で優勝することができました。

その後は、アンダー20の世界ジュニア大会でも日本代表に選ばれて、当時は17歳だったんですけど活躍することができて、モンテネグロの水球クラブチーム「VK Budva」に入団することになったんです。そこから僕のプロ生活が始まりました。拠点が海外になったので、学校を通信制にかえて勉強して、高校、大学まで卒業しました。学業も疎かにせず、学業と水球を両立させるために取り組めたのも監督の教えがあったからだと思います。

目指すはオルティージャで世界一へ

水球はヨーロッパが盛んで、僕が1番最初に行ったモンテネグロは世界トップクラスのチームなんです。最初は、この人たち尋常じゃないぐらい力強いなと思ったんですけど、スピードやテクニックは通用するなと。どう頑張っても身長やパワーには勝てないじゃないですか。なので、自分の得意というか勝っているところをもっと極めて、穴を埋めようと思って。 試合するごとに足りないことが自分で見えてくるので、今でもそこを意識しながら練習を続けています。僕、すごい自信家なんですよ。「自分ならできる、どこのチームに行っても、スタートメンバーでできる」って信じています。そういう気持ちが、プレーに繋がっているのだと思います。

今シーズンも所属することになったイタリアのチーム「C.C.Ortigia オルティージャ」は、サッカーでいうところのヨーロッパリーグに出場します。そこで優勝することが目標。自分としては、更に上のチャンピオンズリーグまで行って、優勝したい。世界一はイタリアの「PRORECCO プロレッコ」っていうチームなんです。自分たちのチーム、そのチームといい勝負できるんですよ。僕のさらなる夢はプロレッコに勝って世界一になること。それが、今シーズンもオルティージャに残留するって決めた理由です。

生きていく力を身につける。自分から外の世界を見に行くことの大切さ。

自分の人生まだ24年ですけど、こう生きてきて本当に良かったなって思うのは、17歳の若い時に海外に出たっていうことですね。
知らない世界っていっぱいあるじゃないですか。水球以外にも色々なことを学んで、 自分の人生観だとか価値観っていうのが、ものすごい変わったなって思うんです。1人で生きていく力だったり、考える力が伸びました。

色んなモノを見る、色んなコトを知るって大切だと思います。
初めて海外に出てから今でも継続してることは、チームメイトから誘われた時は断らないこと。その先に自分の知らない世界があるかもしれないし、相手のことも知りたいし。いろんな意味を含めて、自分から外の世界を見に行くっていうことは、ものすごい大事なのかなって思いますね。


稲場 悠介

水球 日本代表

ブルボンKZ(所属)
C.C.Ortigia – イタリア

公式ホームページ
https://www.inaba-yusuke.com/

海外クラブ:
・Melville Waterpolo Club – オーストラリア(2016)
・VK Budva – モンテネグロ(2017)
・CSM Oradea – ルーマニア(2018-2019)
・SC Quinto – イタリア(2020)
・Pallanuoto Trieste – イタリア(2021-2022)
・C.C.Ortigia – イタリア(2023-2024)

成績:
2010年3月( 9歳)春季JOCジュニアオリンピックカップ準優勝/ベスト13

2012年8月(12歳)夏季JOCジュニアオリンピックカップ3位/ベスト13

2013年3月(12歳)春季JOCジュニアオリンピックカップ優勝/ベスト13

2015年9月(15歳)U18アジアユース大会世界ユース予選(ユース日本代表初選出)

2016年3月(15歳)春季JOCジュニアオリンピックカップ優勝/MVP

2016年9月(16歳)U18世界ユース大会10位/得点ランキング3位

2016年9月(16歳)国体3位

2017年8月(17歳)U20世界ジュニア大会9位(ジュニア日本代表初選出)

2018年6月(18歳)ワールドリーグ2018 4位 得点王/ベストヤングプレイヤー(全日本代表初選出)

2018年9月(18歳)アジア大会2018 準優勝/得点王

2019年6月(19歳)ワールドリーグ2019 6位/得点王

2019年12月(19歳)U20世界ジュニア大会8位/得点王/MVP

2021年6月(20歳)ワールドリーグ2021 5位/得点王

2021年7月(21歳)2020東京オリンピック ベスト7(最優秀選手)

2024年7月(24歳)2024パリオリンピック ベスト7(最優秀選手)


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