世界初!胸部X線撮影やCT検査時の呼吸状態を非接触で計測 ミリ波センサを用いた新たなモニタリングシステムを開発
近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)放射線医学教室(放射線腫瘍学部門)教授 門前一、近畿大学病院中央放射線部技術主任(大学院医学研究科医学物理学専攻 非常勤講師)小坂浩之らを中心とした研究グループは、電子部品メーカーであるSMK株式会社(東京都品川区)との共同研究により、「ミリ波センサ※1」を用いて胸部のX線撮影やCT検査時に患者の呼吸状態を非接触で確認できる新たなシステムを開発しました。これまで、患者の呼吸状態の確認は検査実施者の目視で行われていましたが、本研究により、機器を用いて正確に把握することが可能となりました。従来技術と比較して、患者への負担が少なく低コストで導入できるため、医療現場に新たな技術革新をもたらすと期待されます。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)1月28日(火)16:30(日本時間)に、医学物理学分野の国際的な学術誌"Medical Physics(メディカル フィジックス)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●ミリ波センサを用いて、X線撮影やCT検査時の患者の呼吸状態を非接触で確認することに世界で初めて成功
●乳幼児や小児の呼吸状態も正確に検出でき、仰向けでも立位でも安定した測定が可能
●本研究成果により、呼吸状態を非接触で正確に測定できるシステムを安価に臨床現場に導入できると期待
【本件の背景】
胸部のX線撮影やCT検査において、息を止めるといった適切な呼吸状態で撮影することで、診断の質を大きく左右する重要な要素となります。これまで、患者の呼吸状態の確認は、検査実施者の目視で行われていましたが、検査実施者の経験と勘に大きく依存していました。その結果、不適切な呼吸状態での撮影により、肺の状態を正確に判断できない、心臓の大きさを誤って評価してしまうなどといった、重要な問題が生じることがありました。特に、息を十分に吸えていない状態での撮影は、健康な方でも肺炎のような所見を示したり、心臓が実際より大きく見えたりする可能性が指摘されてきました。そのため、装置を用いて呼吸の状態を確認する方法が求められており、カメラからの距離を計測できる機器や赤外線センサーを使用したシステムも開発されていますが、高価なため臨床での実装には至っていません。
「ミリ波」は、波長が数ミリメートル程度のため微細な振動を検知できる電磁波で、対象物の動きを正確に検出することができます。このミリ波を使用したセンサは比較的安価で、ペットホテルでの動物の体調管理や、高温環境下での工場設備の監視、防犯システム、自動車の安全装置など、さまざまな場面で利用されています。このミリ波センサを用いることで、患者の呼吸状態を可視化することができると考えられますが、実際に活用できるかは未検証でした。
【本件の内容】
研究グループは、SMK株式会社が開発したミリ波センサを用いて、健康なボランティア20人を対象に、呼吸波形の計測を実施しました。被験者の胸腹部にミリ波を照射し、その反射波から呼吸による体表面の動きを波形として取得し、従来法と比較しました。その結果、従来は計測が困難であった乳幼児(6カ月)や小児(4歳)の呼吸状態も正確に検出でき、また、CT撮影時の姿勢である仰向けの状態や、X線撮影時の立位の状態のどちらでも安定した測定が可能であることがわかりました。
本研究により、世界で初めてミリ波センサを用いて患者の呼吸状態を非接触かつ正確に把握することが可能となりました。従来技術と比較して、患者への負担が少なく、低コストで導入できる本システムは、医療現場に新たな技術革新をもたらすと期待されます。
【論文概要】
掲載誌:Medical Physics(インパクトファクター:3.2@2023)
論文名:Exploring the feasibility of millimeter-wave sensors for non-invasive respiratory motion
visualization in diagnostic imaging and therapy
(ミリ波センサを用いた放射線診断画像および治療における非侵襲的呼吸の可視化研究)
著者 :小坂浩之1,2,*、久保和輝1、松本賢治1,2、中村泰典3、門前一1,*
*共同責任著者
所属 :1 近畿大学大学院医学研究科医学物理学専攻、2 近畿大学病院中央放射線部、
3 京都医療科学大学医療科学部放射線技術学科
【研究詳細】
研究グループは、健康なボランティア20人(年齢:6カ月~64歳)を対象に、24GHzミリ波センサを用いた呼吸波形の計測を実施しました。被験者の胸腹部にミリ波を照射し、その反射波から呼吸による体表面の動きを波形として取得し、同時に、従来法である腹壁マーカー※2 での計測も行い、両者の波形を比較することで本システムの精度を検証しました。その結果、特筆すべき点として、従来は困難であった乳幼児(6カ月)や小児(4歳)の呼吸状態も正確に検出できることが実証されました。また、仰向けの状態(CT撮影時)でも立位の状態(胸部X線撮影時)でも安定した測定が可能であることが確認されました。
(1)24GHzの信号を送信し受信波とミキシングしてIQ信号を生成、(2)アナログIQ信号をデジタルに変換、(3)IQ信号の周波数フィルタリング後の波形と高速フーリエ変換解析結果を出力、(4)メイン集積回路の出力をUSBシリアルに変換してホストPCに送信、(5)メイン集積回路の動作クロックを生成
【システムの特長】
・非接触での測定が可能で、患者の負担が皆無
・衣服の上からでも正確な呼吸状態を検出可能
・衣服を脱ぐ必要がないため、プライバシーに配慮した呼吸状態の確認が可能
・既存のX線装置やCT装置への取り付けが容易
・従来の呼吸モニタリング機器と比べて大幅なコスト削減が可能
【臨床での利点】
・息止めの状態をリアルタイムで確認でき、最適なタイミングでの撮影が可能
・不適切な呼吸状態での撮影を防ぎ、再撮影の必要性を低減
・乳幼児や認知症の方など、指示に従うことが難しい患者の呼吸状態も正確に把握
・撮影者の経験に依存せず、客観的な呼吸状態の確認が可能
・診断精度の向上による医療の質の改善の可能性
【今後の展望】
研究グループは、共同研究先のSMK株式会社と連携し、このシステムの臨床応用を目指して、さらなる改良と検証を進めています。本システムは比較的安価で導入できることから、多くの医療機関での実用化が期待されます。現在、医療機器メーカーと連携して製品化に向けた開発を進めることを模索しており、令和8年(2026年)度中の薬事申請を目指しています。製品化後は全国の医療機関への導入を進め、診断イメージング分野における呼吸管理の標準化に貢献したいと考えています。
さらに、本技術は放射線治療分野への応用も期待されています。呼吸性移動を伴う腫瘍に対する放射線治療において、より正確な呼吸動態の把握が可能となり、治療精度の向上に貢献できると考えられます。特に、呼吸による腫瘍の動きを正確に把握することが重要な肺がんなどの放射線治療では、本システムを用いることで、呼吸状態をリアルタイムで確認しながら、より精密な放射線治療が実現できる可能性があります。研究グループは、診断イメージング分野での実用化と並行して、放射線治療分野への応用研究も進めていく予定です。企業との連携により、医療現場のニーズに応えた製品開発を進めるとともに、医療のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進にも寄与することを目指しています。
【研究者のコメント】
門前一(もんぜんはじめ)
所属 :近畿大学医学部放射線医学教室(放射線腫瘍学部門)
職位 :教授
学位 :博士(保健衛生学)
コメント:医療現場での経験から、非接触で正確な呼吸把握の必要性を痛感していました。本技術により、患者さんや術者の負担軽減と診断精度の向上が実現できるかもしれません。
【用語解説】
※1 ミリ波センサ:非常に高い周波数の電磁波であるミリ波を用いたセンサで、離れた対象物との距離、速度、角度を測定する事が可能。直進性が非常に強く、さまざまな環境性で使用できるという特徴がある。また、機器の小型化も可能。
※2 腹壁マーカー:患者の腹壁上に配置された赤外線反射マーカーの移動量を、赤外線高感度CCDカメラで連続取得することにより、間接的に呼吸位相を信号化し呼吸監視するシステム。
【関連リンク】
医学部 近畿大学病院 教授 門前一(モンゼンハジメ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1301-monzen-hajime.html