セントポーリア花弁の白色縞模様形成に関わる遺伝子を特定 園芸植物のさまざまな模様の原因解明や新しい模様の品種育成に期待

近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)農業生産科学専攻博士後期課程2年 倉田大地、同教授 細川宗孝らの研究グループは、イワタバコ科の多年草であるセントポーリアの花弁の白色縞模様が、転写因子遺伝子※1 の選択的転写によって生じることを明らかにしました。本研究成果は、園芸植物の花の模様形成メカニズムに新しい視点を与えるもので、今後、園芸植物のさまざまな模様が生じる原因の解明や、新しい模様をもつ品種の育成につながることが期待されます。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)6月13日(金)に、植物科学の国際誌"New Phytologist(ニューファイトロジスト)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●セントポーリア花弁の白色縞模様形成に関わる転写因子遺伝子を特定
●縞模様花の着色部分と白色部分は、転写因子遺伝子の作用によって生じることが明らかに
●園芸植物のさまざまな模様が生じる原因の解明や、新しい模様をもつ品種の育成につながることが期待される研究成果
【本件の背景】
イワタバコ科のセントポーリアは、葉挿しや組織培養といった不定芽※2 で繁殖される数少ない植物で、古くから不定芽形成のモデル植物として研究対象とされてきました。園芸的には、不定芽形成によって生じる多くの突然変異体が品種の多様化をもたらしています。特に色素(アントシアニン)のパターンが不安定なことから、花弁の中央に白いストライプを持つ個体がしばしば現れ、挿し木によって同じ形質の個体を繁殖可能であることから、貴重な品種として扱われています。
このストライプ個体は、初期に報告された科学論文では、植物の茎の先端にあり成長を司る茎頂分裂組織※3 の一部の細胞層に突然変異が起こり、異なる遺伝子型の細胞層が重なってできたものだと考えられてきました。しかし、細胞層ごとに個体を培養すると、次の代ではそれぞれの細胞層が持つ遺伝子型以外の個体が現れたことで、茎頂分裂組織の突然変異以外のメカニズムが存在すると結論づける報告もあり、長い間さまざまな議論がありました。
【本件の内容】
研究グループは、縞模様の個体や、白色花個体および着色花個体の花について遺伝子解析を行いました。その結果、着色に関わっていると考えられるいくつかの遺伝子候補を特定することができました。その中で、花色合成に関わる複数の遺伝子を発現させる「Myb転写遺伝子※4」が、縞模様花弁において2つの異なるメッセンジャーRNA(mRNA)を作り出していることを明らかにしました。縞模様花の着色部分では長いmRNAが、白色部分では短いmRNAが検出され、模様の部位ごとに検出されるmRNAが異なることが明らかになりました。加えて、縞模様の花を持つ品種は共通してMyb転写遺伝子に特殊なDNA配列を持つことが分かり、そのDNA配列を持つMyb転写遺伝子では2種類のmRNAが花弁の部位ごとに転写されているものと推察されました。
今回の研究成果は、長年の間、複数の異なる議論が交わされてきたセントポーリアの花の縞模様形成メカニズムについて結論を出すものと考えられ、今後、園芸植物のさまざまな模様が生じる原因の解明や、新しい模様をもつ品種の育成につながることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:New Phytologist(インパクトファクター:8.3@2024)
論文名:Unstable anthocyanin pigmentation in Streptocarpus sect.Saintpaulia(African violet)
is due to transcriptional selectivity of a single MYB gene
(MYB遺伝子の選択的転写によるセントポーリアの不安定なアントシアニン着色)
著者 :倉田大地1、津崎智久1、立澤文見2、白澤健太3、平川英樹3、細川宗孝1,4
所属 :1 近畿大学大学院農学研究科、2 岩手大学農学部、3 かずさDNA研究所、
4 近畿大学アグリ技術革新研究所
URL :https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/nph.70286
DOI :doi.org/10.1111/nph.70286
【本件の詳細】
本研究では組織培養と分子解析を組み合わせることで、セントポーリア花弁のストライプ模様が周縁キメラ※5 ではなく、単一のMYB型転写因子遺伝子(SiMYB2)※6 の転写制御の不安定性によって生じることを明らかにしました。具体的には、SiMYB2遺伝子からは2種類のmRNAが生じることがわかりました。一つは色素形成を促すSiMYB2-Longで、色のついた花弁では主にこちらが発現しています。もう一つは機能を持たないSiMYB2-Shortで、白化した花弁ではこちらが優先的に発現していました。この転写選択性※7 は、SiMYB2遺伝子内のエクソン構造※8 の変化や、DNAメチル化※9 (エピジェネティック※10 な制御)によって切り替わることが示されました。また、組織培養で得られた白色の花弁を持つ株を観察すると、成長の過程で再びストライプや単色の花弁に戻るものもあり、色素形成の可逆性が確認されました。これにより、セントポーリアの花弁色の不安定性が、細胞層単位の突然変異によるキメラ※11 によるものではなく、遺伝子発現のエピジェネティックなスイッチによって生じていることが強く示されました。この発見は、これまで謎であった園芸植物の花の模様形成メカニズムに新しい視点を与えるものであり、植物育種や突然変異の理解に重要な知見を提供しています。
【研究者のコメント】
細川宗孝(ホソカワムネタカ)
所属 :近畿大学農学部 農業生産科学科
近畿大学大学院農学研究科 農業生産科学専攻
近畿大学アグリ技術革新研究所
職位 :教授
学位 :博士(農学)
コメント:花は野菜や果樹と違い、長い歴史の中で人間の美的感覚と関わりのある形質が選抜されてきました。そのような形質を制御する遺伝子を特定し、育種に利用するには適切なモデル植物が必要です。セントポーリアは色や模様、形が多様であり、また、組織培養が容易であることからモデル植物として利用できると考え、長年研究を続けてきました。博士後期課程の倉田大地君はこのコンセプトを理解し、チームリーダーとしてセントポーリアグループ全体を統括、丁寧な実験を続けています。今回の実験結果はセントポーリアの長年の謎の一つであり、丁寧な実験の繰り返しが功を奏しました。また、セントポーリアの遺伝子組換え、超低温保存などの研究基盤の確立も進めており、人間の感性に響く遺伝子の特定拠点の形成に努力を続けています。
【用語解説】
※1 転写因子遺伝子:転写因子は、RNAポリメラーゼがDNAに結合しやすくなるよう助けたり、逆に結合を妨げたりすることで、遺伝子の発現(オン/オフ)を制御します。花色の発現においても、いくつかの転写因子の働きが重要です。
※2 不定芽:植物は通常、茎の先端や葉の付け根など、決まった場所に芽(定芽)を作ります。一方、本来芽を作らない場所に生じる芽のことを「不定芽」と呼びます。多くの植物は、組織培養によって葉や根などからこの不定芽を形成させることができますが、セントポーリアは特に不定芽形成能力が高い植物として知られています。セントポーリアでは、葉や茎など、ほぼすべての部位から短期間で大量の不定芽を作ることができます。さらに、組織培養を行わなくても、葉を切って土に挿すだけ(葉挿し)で不定芽を作ることができ、極めて高い再生能力を持っています。
※3 茎頂分裂組織:植物の茎の先端にある成長を司る組織で、細胞が盛んに分裂し、葉や花などの新しい器官がここから作られます。茎頂分裂組織は、2~3層の細胞層(起源層)から構成されており、葉や花などの器官もまた、この層構造が維持されています。
※4 Myb転写遺伝子:植物のストレス応答、形態形成、二次代謝などを制御する代表的な転写因子遺伝子の一つであり、翻訳されたタンパク質はDNAに結合して、各種酵素遺伝子などの発現を調節します。植物体内には多数のMyb転写遺伝子が存在し、それぞれが多様に分化して異なる機能を担っています。
※5 周縁キメラ:単一の個体で複数の異なる遺伝子型を持つ細胞が共存している状態をキメラと呼びます。特に、茎頂分裂組織の一部の細胞層に突然変異が起こり、異なる遺伝子型の細胞層が重なってできた植物個体を「周縁キメラ植物」と呼びます。園芸植物では、周縁キメラによって斑入りや縞模様花が生じることがあり、観賞価値の高い変異として珍重されることがあります。
※6 MYB型転写因子遺伝子(SiMYB2):セントポーリアには複数のMyb転写遺伝子が存在していますが、花弁と葉のアントシアニン発現を制御するMyb転写遺伝子として今回見出された遺伝子です。
※7 転写選択性:一つの遺伝子から複数のmRNAが転写される現象です。これは、選択的スプライシングや選択的プロモーターの利用などによって起こります。
※8 エクソン構造:遺伝子は主にエクソンとイントロンという部分で構成されています。エクソンは最終的にmRNAに残りますが、イントロンは転写されるものの、その後スプライシングによって切り取られます。結果として、複数のエクソンがつながってmRNAができ上がります。ある遺伝子がどのようなエクソンで構成されているかを、「エクソン構造」と呼びます。
※9 DNAメチル化:DNAがメチル化されると、その部位に転写因子などの調節タンパク質が結合しにくくなり、結果としてその遺伝子の発現(mRNAへの転写)が抑制されることが一般的です。
※10 エピジェネティック:エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列を変えずに遺伝子の働きを制御する仕組みのことです。代表的なものに、DNAメチル化やヒストン修飾などがあります。セントポーリアでは、組織培養による不定芽形成の過程でエピジェネティクス的変化が頻発し、増殖中も維持されることがあります。
※11 細胞層単位の突然変異によるキメラ:植物では、成長点(メリステム)が複数の層(L1、L2、L3)から構成されています。例えば、一番外側のL1層に色素があり、内側のL2層に色素がない場合、花弁や葉にストライプ状や縁取り模様が現れることがあります。
【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 教授 細川宗孝(ホソカワムネタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2167-hosokawa-munetaka.html
大学院
https://www.kindai.ac.jp/graduate/
農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/
アグリ技術革新研究所
https://www.kindai.ac.jp/atiri/