超低温の原子の気体が液滴となる新たな形成機構を解明 気体と液体の両方の特徴をもつ、物質の新しい状態

〔図〕中心付近の超流動体が液滴になっている場合(左)と、液滴になっていない場合(右)の原子気体密度の時間変化の様子 図左は、中心の超流動が広がらずに中心で液滴として留まっている様子を表している。一方、超流動とモット絶縁体の間の相転移にエネルギー障壁がなくなる場合には、図右のように超流動が広がってしまって液滴にはならない。
〔図〕中心付近の超流動体が液滴になっている場合(左)と、液滴になっていない場合(右)の原子気体密度の時間変化の様子 図左は、中心の超流動が広がらずに中心で液滴として留まっている様子を表している。一方、超流動とモット絶縁体の間の相転移にエネルギー障壁がなくなる場合には、図右のように超流動が広がってしまって液滴にはならない。

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)理学科物理学コース准教授 笠松 健一、准教授 段下 一平、近畿大学大学院総合理工学研究科博士前期課程修了生 町田 佳央、日本大学文理学部(東京都世田谷区)物理学科准教授 山本 大輔らの研究グループは、絶対零度に近い温度(−270℃程度)まで冷却した超低温の原子の気体※1 が、原子同士にはたらく相互作用の影響により、気体と液体の両方の特徴をもった液滴状態の新たな形成機構を、数値シミュレーションによって理論的に解明しました。本研究により、固体・液体・気体などの物質の状態を探索する自然科学に、新しい概念が導入されると期待されます。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)3月3日(木)に、アメリカ物理学会が発行する学術雑誌"Physical Review A"に速報(Letter)としてオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●超低温の原子気体が液滴となる新たな形成機構を数値シミュレーションで理論的に解明
●超低温の原子気体の液滴は気体と液体の両方の特徴をもつ、自然界に存在する最も希薄な液滴である
●固体・液体・気体などの物質の状態に新しい概念をもたらす研究成果

【本件の背景】
平面に少量の水をたらすと、水は広がらずに水滴となって存在します。「液滴」と呼ばれるこの液体のかたまりは、表面張力が水表面の面積を小さくしようとすることによって形成されます。また、水が液体になるためには、水分子同士が引力を感じるぐらいに密に接近する必要があり、気体である水蒸気よりも分子の密度が高くなります。
近年、「量子液滴」※2 と呼ばれる物質の状態が、超低温に冷却された原子気体で実現し、活発に議論されています。原子気体を冷却すると原子の量子力学的性質が顕著になり、粒子が波動としての性質を持ち始め、波としてのエネルギーが生じます。冷却した原子気体の実験において、粒子間に非常に弱い引力をはたらかせたときに、原子気体がその引力に反発するような量子力学的エネルギーをもつ場合、それらがうまく釣り合えば液滴状態となることが先行研究で明らかになっています。
本研究では、これとは異なる量子液滴の新たな形成機構を、数値シミュレーションで理論的に解明しました。

【本件の内容】
本研究では、−270℃程度のナノケルビン※3 の温度に冷却した希薄な原子気体で、液滴ができる新たな形成機構を発見しました。
超低温の希薄な原子気体は超流動※4 の状態になっており、原子は摩擦などの影響を受けずに動き続けることができます。一方、原子の間にはたらく反発力(相互作用)が強い場合、原子がお互いを避け合って身動きが取れない絶縁体のような状態になります。
研究チームは、超流動になっている小さな気体の領域を絶縁体状態の気体で取り囲むことで、気体が液滴という液体の性質を持った状態になることを、実験を想定した数値シミュレーションで明らかにしました。通常、液体は原子や分子が集まり密度が高い状態にありますが、シミュレーションでは気体である空気よりもずっと低い密度で液滴が実現しました。この形成機構は、量子多体効果※5 という原子間の相互作用の影響により生じるもので、ミクロの世界を支配する量子力学の効果が現れたものであり、これまでの常識とは異なる物質の状態であると言えます。

【論文掲載】
掲載誌:Physical Review A(インパクトファクター:3.140@2020)
論文名:
Quantum droplet of a two-component Bose gas in an optical lattice near the Mott insulator transition
(モット絶縁体転移近傍で実現する光格子中の2成分ボース気体における量子液滴)
著 者:町田 佳央1,段下 一平2、山本 大輔3、笠松 健一2
所 属:1 近畿大学大学院総合理工学研究科数物系専攻
     (当時、現在は日機装株式会社)、
    2 近畿大学理工学部理学科物理学コース、
    3 日本大学文理学部物理学科

【研究詳細】
2種類の冷却した原子気体を用意し、それらをレーザー光で作った光格子とよばれる周期ポテンシャル※6 に捕獲します。光格子中の原子気体では、周期ポテンシャルや原子間相互作用の大きさによって、超流動とモット絶縁体※7 という安定な状態が実現します。このとき、2種類の原子気体では2つの状態の間にエネルギーの障壁があり、それらの相転移※8 を起こすには、外部から何らかの刺激を与えて、その障壁を乗り越える必要があることが明らかになっています。
本研究では、光格子中の原子気体にさらに空間的に緩やかに変化するポテンシャルを挿入することによって、密度が非一様に分布する原子気体を準備し、原子の数を調整することにより、空間の真ん中は超流動状態、その外側に殻のようにモット絶縁体が取り囲むという状況を作りました。このポテンシャルの真ん中付近を平らにすると、自由に動くことができる超流動は外側に広がろうとしますが、広がるためにはまわりのモット絶縁体が溶けて超流動に相転移する必要があります。相転移にエネルギーの障壁があれば、超流動はそれに邪魔されて動けない状況となり、これは中心に原子気体の液滴が存在することを表します。
このシミュレーションでは、気体である空気よりもずっと低い密度で液滴が実現します。例えば、室温における水滴の分子数密度は3×1028個/m3程度ですが、今回の提案で実現する液滴の原子数密度は1×1018個/m3であり、水滴の分子数密度よりも10桁も密度が低くなっています。室温、大気圧下での空気の分子数密度が3×1025個/m3であることを踏まえると、空気よりもはるかに密度が低く、自然界に存在する最も希薄な液滴状態であると言えます。
本研究成果によって、これまでの固体・液体・気体といった物質の状態に、新しい概念をもたらすことが期待されます。

【研究支援】
本研究は、「JSPS科研費」課題番号18K03472、18H05228、21H01014、18K03525、21H05185、「JST CREST」課題番号JPMJCR1673、「JST FOREST」課題番号JPMJFR202T、「文部科学省Q-LEAP」課題番号JPMXS0118069021による助成を受けたものです。

【用語解説】
※1 超低温の原子の気体:原子光学技術により、絶対温度で10-9K(ナノケルビン)程度の温度にまで冷却された中性原子の気体。

※2 量子液滴:冷却原子の超流動体によって形成される液滴のこと。

※3 ナノケルビン:ケルビン[K]は絶対温度の単位であり、摂氏温度0℃は約273.15Kに対応する。それ以下にはできない最低温度を絶対零度(0K)と呼び、摂氏温度ではー273.15℃である。ナノは0.000000001=10-9を表す接頭辞で、ナノケルビンは10-9K程度の絶対零度に非常に近い温度を表す。

※4 超流動:流体の粘性が消失した状態を指す。絶対零度近傍の液体ヘリウムや冷却原子気体等がこの性質を示すことが知られている。

※5 量子多体効果:原子や分子などのミクロな粒子は、量子力学という物理法則に支配されている。粒子がたくさんあるとき、ある粒子は他の粒子と衝突したり、何らかの影響を感じたりしながら運動している。このように、量子力学に支配された粒子間にはたらく力(相互作用)の効果を「量子多体効果」と呼び、物質の性質を決める要因となる。

※6 周期ポテンシャル:ポテンシャルとはポテンシャルエネルギーの略で、物体に加わる力に関係している。ポテンシャルが場所によって変化するとき、物体はポテンシャルの低い方に向かって力を受け、その力の大きさはポテンシャルの変化の割合に比例する。光格子はレーザーの干渉を利用することで、ポテンシャルの強い所と弱い所が周期的に変化する波のような構造を作ることができ、このようなポテンシャルは周期ポテンシャルと呼ばれる。

※7 モット絶縁体:粒子間の斥力相互作用の効果によって実現している絶縁体状態のこと。

※8 相転移:物質のある状態が別の状態へ変わること。例えば、水の相転移とは、0℃で氷から水、100℃で水から水蒸気に変化することである。

【関連リンク】
理工学部 理学科 准教授 笠松 健一(カサマツ ケンイチ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/299-kasamatsu-kenichi.html
理工学部 理学科 准教授 段下 一平(ダンシタ イッペイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2161-danshita-ippei.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/


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