マラリアを媒介する蚊へのネオニコチノイド系殺虫剤の作用機構を解析 有効な殺虫剤の開発による、マラリア・デング熱の感染抑制に期待

ネオニコチノイド系殺虫剤の作用機構の概要図
ネオニコチノイド系殺虫剤の作用機構の概要図

近畿大学農学部(奈良県奈良市)応用生命化学科教授・近畿大学アグリ技術革新研究所所長 松田一彦らの研究グループは、大阪大学産業科学研究所(大阪府茨木市)、岡山大学薬学部(岡山県岡山市)、ロンドン大学、リバプール熱帯医学校と共同で、マラリアを媒介するガンビエハマダラカ※1 に対する、ネオニコチノイド系殺虫剤※2 の作用機構を解析しました。また、ネオニコチノイド系殺虫剤がガンビエハマダラカの飛翔能力を阻害するメカニズムの推定にも成功しました。本研究成果は、ガンビエハマダラカの防除に有効な殺虫剤の開発を促し、マラリアだけでなく、デング熱の抑制にもつながることが期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)7月24日(水)に、遺伝学やゲノミクスに関する国際的な学術誌"Open Biology(オープン バイオロジー)"に掲載されました。

【本件のポイント】
●ガンビエハマダラカに対する、ネオニコチノイド系殺虫剤の作用機構を解析
●ネオニコチノイド系殺虫剤がガンビエハマダラカの飛翔能力を阻害するメカニズムを解明
●ガンビエハマダラカの防除に有効な殺虫剤の開発を促し、マラリアだけでなく、デング熱の感染抑制にも活用できる研究成果

【本件の背景】
マラリアはアフリカを中心に蔓延する感染症で、年間2億人以上が感染し、そのうち約60万人が亡くなっています。マラリアは、ガンビエハマダラカによる吸血を介して、マラリア原虫が体内に侵入することで発症します。
マラリアへの対抗策として、ワクチン投与による化学療法、殺虫剤を処理した蚊帳の設置、原虫を仲介する蚊の殺虫剤散布などが挙げられ、そのなかで特に殺虫剤は効果があるとされています。しかし一方で、世界的に使用されている合成ピレスロイド等の殺虫剤に対する抵抗性を獲得したガンビエハマダラカが増加し、その影響で感染者数が増加しています。そのため、世界保健機構を中心に、ピレスロイドとは作用機構が異なる「ネオニコチノイド系殺虫剤」を、ガンビエハマダラカなどのマラリア媒介昆虫種の防除に利用する方法が検討されています。しかし、ガンビエハマダラカに対するネオニコチノイド系殺虫剤の作用メカニズムは明らかになっていません。

【本件の内容】
ネオニコチノイド系殺虫剤は、昆虫の中枢神経に存在するニコチン性アセチルコリン受容体※3 の機能を阻害することで行動に影響を与え、殺虫効果をもたらします。研究グループは、令和2年(2020年)に、ニコチン性アセチルコリン受容体の異所発現技術※4 を開発しました。
本研究では、この異所発現技術を用いて、ガンビエハマダラカの神経伝達に重要な13種のニコチン性アセチルコリン受容体のサブタイプ※5 に対する、6種類のネオニコチノイド系殺虫剤の作用メカニズムを解析しました。その結果、受容体のサブタイプごとに6種類の殺虫剤の効き方が異なることを見出し、うち1種類の殺虫剤については、受容体に対する結合のメカニズムを結晶構造により明らかにしました。
ネオニコチノイド系殺虫剤は、ガンビエハマダラカの雌成虫に対して、飛翔能力を阻害するノックダウン活性を示します。研究グループは、このノックダウン活性が作用する際に、特に強く影響を受けるニコチン性アセチルコリン受容体のサブタイプを推定することにも成功しました。
本研究成果は、ガンビエハマダラカの防除に有効な殺虫剤の開発を促し、マラリアの抑制のみならず日本での拡大が懸念されるデング熱の抑制にも利用可能であると期待されます。

【論文掲載】
掲載誌:Open Biology(インパクトファクター:4.5@2023)
論文名:
Unravelling nicotinic receptor and ligand features underlying neonicotinoid knockdown actions on the malaria vector mosquito Anopheles gambiae
(マラリアを媒介するガンビエハマダラカに対するネオニコチノイドのノックダウン活性を支配するニコチン性アセチルコリン受容体とリガンドの特性の解明)
著者 :伊藤稜1*、神谷昌輝1*、高山浩一1*、森澄海人1*、松本怜1、武林真由花1、小嶋尚憲1、藤村翔太1、山本晴紀1、大野將行1、伊原誠1、岡島俊英3、山下敦子4、Fraser Colman5、Gareth J. Lycett, David5 B. Sattelle6、松田一彦1,2 *共同筆頭著者
所属 :1 近畿大学農学部、2 近畿大学アグリ技術革新研究所、3 大阪大学産業科学研究所、4 岡山大学薬学部、5 リバプール熱帯医学校、6 ロンドン大学
URL :https://doi.org/10.1098/rsob.240057
DOI :10.1098/rsob.240057

【研究支援】
本成果は、「科学研究費補助金(基盤研究A(21H04718):ニコチン性アセチルコリン受容体のダイナミズムの解明に基づく昆虫制御の先端開拓)」により支援を受け、得られたものです。

【研究代表者のコメント】
松田一彦(まつだかずひこ)
所属  :近畿大学農学部応用生命化学科
     近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻
     近畿大学アグリ技術革新研究所
職位  :教授、アグリ技術研究所所長
学位  :博士(農学)
コメント:昆虫の神経系では、非常に多くの種類のニコチン性アセチルコリン受容体のサブタイプが機能しており、それぞれのサブタイプに対してネオニコチノイドがどのように作用するのか不明でした。私たちは、マラリアという人類に対して多大な脅威を与えている感染症を媒介するガンビエハマダラカにこの手法を適用しました。興味深いことに、一つのサブタイプがガンビエハマダラカの雌成虫に対して、ネオニコチノイドが引き起こすノックダウン症状の進行に大切な役割を果たしていることが見えてきました。この成果が、少しでも昆虫が媒介する恐ろしい感染症の抑制に寄与すれば幸いです。

【用語解説】
※1 ガンビエハマダラカ:マラリア原虫を媒介する蚊の一種で、主にアフリカに生息している。マラリアを媒介する蚊のなかでも、ヒトへの寄生性が強いことが知られている。
※2 ネオニコチノイド系殺虫剤:農業用として開発された合成殺虫剤で、感染症を媒介する蚊の防除への利用も検討されている。本剤は昆虫の興奮性の神経伝達を担うニコチン性アセチルコリン受容体に対して作用する。
※3 ニコチン性アセチルコリン受容体:アセチルコリンを神経伝達物質とする興奮性シナプス伝達において、中心的役割を果たしている。ナトリウムイオン、カリウムイオンおよびカルシウムイオンを選択的に通すイオンチャネルをもち、アセチルコリンが結合するとイオンチャネルを開き、神経の膜電位をプラスの方向に変化させる。
※4 異所発現技術:遺伝子を通常発現している細胞とは異なる細胞で発現させる技術。
※5 サブタイプ:受容体などの分子を、性質によっていくつかの種類に分類したものを示す。

【関連リンク】
農学部 応用生命化学科 教授 松田一彦(マツダカズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/152-matsuda-kazuhiko.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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