1型糖尿病患者のインスリン枯渇に関わる遺伝子を解明 14年間の経年調査によりインスリン枯渇速度の個人差を確認

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(内分泌・代謝、糖尿病内科部門)臨床教授 能宗伸輔、近畿大学名誉教授 池上博司らは、国立国際医療研究センター(東京都新宿区)と日本糖尿病学会1型糖尿病委員会の共同事業として日本で初めて行われた1型糖尿病の多施設共同前向き研究※1 において、発症後最長14年にわたる経年調査の結果を解析しました。その結果、発症からインスリン分泌が完全に枯渇するまでの期間は一様でなく、個人差があることを確認しました。さらに、インスリン枯渇までの期間に関わる遺伝子を特定し、遺伝子の型とインスリン枯渇速度の関係性を世界で初めて明らかにしました。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)6月13日(金)17:00(日本時間)に、糖尿病に関する国際的な学術誌"Diabetes Care(ダイアビーティス ケア)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●1型糖尿病発症後、サブタイプ別にインスリン分泌が枯渇するまでの詳細な経過を、14年にわたる前向き研究により初めて解明
●発症からインスリンが枯渇するまでの期間が、免疫に関わるHLA遺伝子型により異なることを明らかに
●本研究成果により、サブタイプ別にインスリンが枯渇するまでの期間を予測できるようになり、治療方針の検討への貢献に期待
【本件の背景】
糖尿病は、1型糖尿病、2型糖尿病、妊娠糖尿病、その他の糖尿病に大別されます。このうち1型糖尿病は、免疫細胞がインスリンを分泌する膵臓のβ細胞を破壊することで発症します。インスリン分泌が低下すると、日々自己注射によりインスリンを補う治療が必須となります。発症時には一部残存しているインスリン分泌が、完全に枯渇してしまうまでの期間にはばらつきがあり、日本人の1型糖尿病はこの期間に応じて「急性発症」、「緩徐進行」、「劇症」の3つのサブタイプに分類されています。欧米では最も急速にインスリンが枯渇する「劇症」はほとんど報告がなく、「急性発症」においても日本人は欧米人に比べてインスリンが完全に枯渇している人が多いと言われていましたが、これまで1型糖尿病が発症してからインスリン分泌が低下する経過を長期に追跡した研究はなく、詳細な臨床経過は不明でした。欧米人と比較して膵臓のβ細胞が脆弱な日本人に対する1型糖尿病の根治療法を確立するためには、欧米とは異なる独自のアプローチが必要となります。そのため、平成22年(2010年)から日本初の1型糖尿病多施設共同前向きデータベース研究「TIDE-J(Japanese type 1 diabetes database)」が開始され、現在も継続中です。
【本件の内容】
研究グループは、1型糖尿病発症後、インスリン分泌が低下していく自然経過をサブタイプ別に最長14年間追跡調査し、欧米には見られない日本人特有の1型糖尿病の病態を明らかにしました。最も典型的な経過を辿るサブタイプである急性発症1型糖尿病では、発症後10年で約7割の患者において、インスリンが血液中に検出できなくなるほど低下する「完全枯渇」に至りますが、さらに詳細に調査したところ同じ急性発症でも枯渇に至る期間に個人差があり、急速に低下する症例と緩徐に低下する症例、その中間に当たる症例があることが判明しました。さらに、サブタイプ別にインスリン枯渇に至る期間に与える予測因子を多変量解析※2 により検討したところ、遺伝因子として1型糖尿病の発症に最も強く関わるHLA遺伝子の型や、BMIや自己抗体といった臨床因子が関与していることがわかり、発症後のインスリン分泌低下の速度を予測することが可能であることを証明しました。1型糖尿病の合併症進展予防には、インスリン分泌を長く保ち血糖値を安定させることが重要であるため、本研究成果が今後の新規治療を含めた早期介入に貢献することが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:Diabetes Care(インパクトファクター:14.8@2023)
論文名:Rapid and slow progressors toward β-cell depletion and their predictors
in type 1 diabetes: Prospective longitudinal study in Japanese type 1 diabetes(TIDE-J)
(1型糖尿病におけるβ細胞枯渇の急速・緩徐進展者とその予測因子: 日本人1型糖尿病に
おける前向き縦断的研究(TIDE-J))
著者 :能宗伸輔1*、中條大輔2、今川彰久3、川﨑英二4、粟田卓也5、安田和基6、阿比留教生7、
小谷紀子8、及川洋一9、福井智康10、香月健志11、小澤純二12、長沢幹13、大澤春彦14、
高橋和眞15、土屋恭一郎16、霜田雅之17、安田尚史18、前田法一1、島田朗9、
小林哲郎5、花房俊昭19、梶尾裕8、池上博司1 *責任著者
所属 :1 近畿大学医学部内科学教室(内分泌・代謝、糖尿病内科部門)、
2 国際医療福祉大学市川病院、3 大阪医科薬科大学内科学Ⅰ教室、
4 新古賀病院糖尿病・甲状腺・内分泌センター、5 冲中記念成人病研究所、
6 杏林大学医学部糖尿病・内分泌・代謝内科学教室、
7 長崎大学病院内分泌・代謝内科、
8 国立国際医療研究センター病院糖尿病内分泌代謝科、
9 埼玉医科大学内分泌内科・糖尿病内科、
10 昭和医科大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科学部門、
11 東京都済生会中央病院糖尿病・内分泌内科、
12 大阪大学大学院医学系研究科内分泌・代謝内科学、
13 岩手医科大学医学部内科学講座糖尿病・代謝内科分野、
14 愛媛大学大学院医学系研究科分子・機能領域、15 岩手県立大学看護学研究科、
16 山梨大学医学部附属病院糖尿病・内分泌内科、
17 国立国際医療研究センター膵島移植診療科、
18 神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域健康科学分野、
19 堺市立総合医療センター
URL :https://doi.org/10.2337/dc25-0579
DOI :10.2337/dc25-0579
【本件の詳細】
調査期間:平成22年(2010年)11月~令和5年(2023年)9月
調査対象:発症から5年以内の1型糖尿病患者314名
(急性発症165名、緩徐進行105名、劇症44名)
調査項目:身長、体重、性別、年齢、発症年月日、病型、HbA1c、空腹時血糖、
空腹時血清Cペプチド、膵島自己抗体(抗GAD抗体、抗IA-2抗体、抗ZnT8抗体、
インスリン自己抗体)、甲状腺機能、甲状腺自己抗体(抗Tg抗体、抗TPO抗体、
TRAb)、インスリン治療内容、HLA遺伝子型など
研究グループは、まずサブタイプ別(急性発症、緩徐進行、劇症)に解析した結果、発症から5年経過した時点で、血中のインスリン濃度が測定限界以下に到達する割合は、急性発症43.1%、緩徐進行9.1%、劇症93.2%とわかり、各サブタイプが発症から枯渇に至るまでの詳細な経過を前向き研究により初めて解明しました(図A)。
1型糖尿病は、膵臓のβ細胞に対する免疫応答を起こすことによって発症し、遺伝因子として特定のHLA遺伝子型をもつと発症率が高くなります。今回の調査で、HLA遺伝子型は発症後のインスリン分泌の枯渇速度にも関連していることがわかり、HLA遺伝子型の違いにより同じ急性発症1型糖尿病のなかでもインスリン分泌の枯渇速度に差があり、3群に分かれることも明らかになりました(図B)。また、緩徐進行1型糖尿病の場合は、HLA遺伝子型以外にインスリン分泌に影響を与える臨床因子もインスリン分泌の枯渇速度に影響し、低BMIや、自己抗体の一種であるGAD抗体が陽性である場合、枯渇までの期間を早めることが明らかになりました。
発症後数十年にわたりインスリン分泌が枯渇に至らない欧米と異なり、日本人急性発症の7割以上が、発症10年以内に完全に枯渇することから、1型糖尿病の進展に人種差があることが証明されましたが、欧米の1型糖尿病は日本の急性発症に類似しているため、欧米でも同様にHLA遺伝子型が病態進展の多様性に関与している可能性があります。
本研究により、サブタイプ診断、HLA遺伝子型、BMIやGAD抗体といった簡易臨床指標を組み合わせることで、インスリンが枯渇に至る速度が予測可能であることが明らかになりました。これにより、早期にリスクが高い患者を抽出し、治療法選択の検討に役立つことが期待されます。
なお、本研究は「日本人1型糖尿病の包括的データベースと収集検体を用いた臨床研究への展開」という課題名で、倫理申請しています。
【研究者のコメント】
能宗伸輔(のうそうしんすけ)
所属 :近畿大学医学部内科学教室(内分泌・代謝、糖尿病内科部門)
職位 :臨床教授
学位 :博士(医学)
コメント:これまで日本人の1型糖尿病は、欧米人と比べて血中のインスリンがまったく測定できなくなるほど低下(完全枯渇)してしまう頻度が高いと言われてきましたが、国内の多数の糖尿病専門施設が参加する共同研究「TIDE-J」によって、初めて発症から前向きに追跡調査を行い、詳細な実態が明らかになりました。欧米における自己免疫性1型糖尿病に当たる「急性発症1型糖尿病」や、欧米でも類似の病態がある「緩徐進行1型糖尿病」だけでなく、東アジアを除いてほとんど報告のない「劇症1型糖尿病」も含めた3つのサブタイプの臨床経過を詳細に比較した検討は世界でも類を見ない貴重な研究成果と言えます。3つのサブタイプが「完全枯渇」になるまでの臨床経過を明らかにした上で、それぞれのサブタイプの中にも進展に個人差(多様性)があること、さらにその予測因子として遺伝因子の関与が明らかになったという成果が国際的な学術誌に認められたということになります。これまで1型糖尿病の治療は、発症後に低下したインスリン分泌を注射で補うか、膵臓・膵島移植を行うしかありませんでしたが、米国ではついに将来1型糖尿病を発症するリスクが高い症例に対して発症遅延を目的とした免疫療法が承認され、発症メカニズムに直接介入してインスリン分泌を保護する試みが臨床応用されています。今後、我が国における1型糖尿病の病態進展の多様性に関わる予測因子を、「TIDE-J」研究によりさらに解明し、早期治療介入・病態進展予防に繋げたいと思います。
【研究支援】
TIDE-J研究は、国立国際医療研究センター(NCGM)と日本糖尿病学会の研究協約をもとに平成22年(2010年)に開始された本邦で唯一の1型糖尿病の包括的多施設共同コホート研究です。NCGMの研究開発事業費と日本糖尿病学会の研究事業費をもとに、NCGMと日本糖尿病学会1型糖尿病委員会の共同事業として進められてきました。
【用語解説】
※1 前向き研究:注目する疾患等について、どのくらいの頻度で発生するかを経過観察する方法。コホート研究、追跡研究ともいう。
※2 多変量解析:多くの因子(変数)が関係するデータをまとめて分析し、他の因子の影響をふまえて本当に関係する因子を解析する方法。
【関連リンク】
医学部 医学科 臨床教授 能宗伸輔(ノウソウシンスケ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/719-nousou-shinsuke.html
医学部 医学科 名誉教授 池上博司(イケガミヒロシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/542-ikegami-hiroshi.html
医学部 医学科 教授 前田法一(マエダノリカズ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2974-maeda-norikazu.html