Aqp10タンパク質の尿素・ホウ酸輸送活性の減弱が生じた進化上のタイミングを同定 -アクアグリセロポリンの基質選択メカニズムの解明への貢献に期待-

図1 aqp10遺伝子の進化と基質選択性の多様性
図1 aqp10遺伝子の進化と基質選択性の多様性

【要点】
●肉鰭類と条鰭類で異なるAqp10タンパク質の尿素・ホウ酸輸送活性を解析。
●条鰭類のAqp10.2が進化の過程で尿素・ホウ酸輸送活性を減弱させていたことを発見。
●栄養輸送などに寄与するアクアグリセロポリンの基質選択メカニズム解明への貢献に期待。

【概要】
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の今泉元岐大学院生(研究当時)、潮和敬大学院生(研究当時)、永嶌鮎美助教、加藤明准教授らは、同学院の古田忠臣助教、近畿大学 農学部の西原秀典准教授、ミシガン州立大学(米国)のインゴ・ブラーシュ准教授、アクアマリンふくしまの松崎浩二上席技師、メイヨー医科大学(米国)のマイケル・F・ロメロ教授との共同研究により、アクアポリン(用語1)(Aqp)10をコードする遺伝子を複数持つ魚類において、一部のAqp10タンパク質の尿素・ホウ酸輸送活性が減弱した進化上のタイミングを明らかにした。
アクアポリンのうち、水のほかにグリセロールや尿素などの低分子化合物も通すAqp10などはアクアグリセロポリン(用語2)と呼ばれ、生体のグリセロールや尿素の輸送において重要な役割を担う。四肢動物(用語3)を含む肉鰭類(用語4)にはaqp10遺伝子が1つ、魚類の大半を占める条鰭類(用語5)にはaqp10のパラログ(用語6)が2つ以上存在する。また当研究室の先行研究により、ヒトAqp10は水とグリセロールのほかに尿素とホウ酸を輸送するが、トラフグAqp10パラログであるAqp10.2bは尿素とホウ酸を輸送しないことが示されている。しかし、どちらの輸送活性が祖先型か、また輸送基質選択性が進化の過程でいつ変化したのかは不明であった。
本研究では、肉鰭類、条鰭類の古代魚、真骨魚類(用語7)のAqp10をアフリカツメガエル卵母細胞に発現させ、輸送活性を解析した。その結果、水とグリセロールのほかに尿素とホウ酸を輸送する活性が共通する祖先型の性質であること、また、水とグリセロールだけを輸送する活性が条鰭類のAqp10.2のみに限定された性質であることが明らかになった。これらの結果から、進化の過程で条鰭類Aqp10.2の尿素およびホウ酸輸送活性が減弱したことが示唆された。
本研究は、アクアグリセロポリンの基質選択性に関する理解を大きく前進させるものであり、将来的には新たな輸送基質の発見や、薬剤による輸送制御など、幅広い分野への応用が期待できる。
本研究成果は、12月1日にSociety for Molecular Biology and Evolution(SMBE)が発行する「Genome Biology and Evolution」にオンライン掲載された。

【背景】
アクアポリン(Aqp)は6回膜貫通型の水チャネルタンパク質である。Aqpの中には水のみを輸送し、他の小分子は輸送しない「狭義Aqp」と呼ばれるタイプと、水だけでなく、グリセロールや尿素などの電荷を持たない低分子化合物も輸送する「アクアグリセロポリン」と呼ばれるタイプが存在することが知られている。哺乳類ではAqp0からAqp12までの13種類のアクアポリンが報告されており、このうちAqp3,7,9,10がアクアグリセロポリンに分類される。これらは表皮、腸および脂肪細胞に発現して生理機能を発揮する。狭義Aqpにおける水分子の選択的輸送機構は解明されているが、アクアグリセロポリンの輸送基質選択性についてはいまだその全容が明らかになっていない。
当研究室の先行研究により、ヒトとトラフグにおいてオルソログ(用語8)の関係にあるAqpの基質選択性は基本的に類似しているが、Aqp10に関してはそうではないことが明らかになっている(Ushio et al., Physiol Rep. 10:e15164, 2022; Kumagai et al., Physiol Rep. 11: e15655, 2023)。ヒトAqp10は水、グリセロール、尿素、ホウ酸を輸送するが、トラフグAqp10.2bは水とグリセロールのみ輸送し、尿素とホウ酸は輸送しない。ヒトAqp10とトラフグAqp10.2bは共通の祖先遺伝子に由来することから、この輸送活性の違いはヒトとトラフグが分岐した後に生じたと考えられる。脊椎動物におけるaqp10遺伝子の進化を記述したYilmazらの報告(Cells 9:1663, 2020)から、aqp10遺伝子は以下のような変遷を遂げたことが知られる。
(1)四肢動物を含めた肉鰭類(ハイギョなど)は単一のaqp10を持つ。
(2)条鰭類の共通祖先において遺伝子のタンデム重複(用語9)によりaqp10.1とaqp10.2が生じた。
(3)真骨魚類特有の全ゲノム重複により真骨魚類の祖先種においてaqp10.1とaqp10.2がそれぞれ重複した。
(4)真骨魚類の種ごとにaqp10のうち1つもしくは2つが欠失(用語10)した。
しかし、この輸送基質選択性の変化がいつ生じたのか、またどちらの選択性が祖先型であるかは未解明であった。

【研究成果】
本研究ではこれらの疑問の答えを明らかにするため、Yilmazらの報告を参考に選定した肉鰭類(ヒト、ハイギョ)、条鰭類の古代魚(ポリプテルス、スポテッドガー)、真骨魚類(タイヘイヨウニシン、ゼブラフィッシュ、トラフグ)について、それぞれが有するAqp10をアフリカツメガエル卵母細胞に発現させ、輸送活性を解析した。
その結果、水、グリセロール、尿素およびホウ酸を輸送する活性がこれらの生物種のAqp10およびAqp10.1に共通する祖先型の性質であること、また水とグリセロールのみを輸送する活性は条鰭類のAqp10.2のみに限定された性質であることが明らかになった(図1)。これらの結果から、進化の過程で条鰭類のAqp10.2の尿素およびホウ酸輸送活性が減弱したことが示唆された。
また、アフリカツメガエルにおけるAqp10と、スポテッドガーにおけるAqp10.1およびAqp10.2の組織分布を明らかにするために、半定量的RT-PCR解析を行った。その結果、アフリカツメガエルのAqp10は腸と腎臓、スポテッドガーのAqp10.1は腸と未成熟な生殖腺、Aqp10.2は腸に発現していた。したがって、種を超えて保存されているAqp10の発現部位は、腸であることが示唆された。

【社会的インパクト】
脂肪細胞ではトリアシルグリセロールが分解されるが、この時生じるグリセロールの血中への輸送はアクアグリセロポリンが担っている。このことから、アクアグリセロポリンの輸送特性の理解は、代謝関連疾患における薬剤開発や健康維持のための栄養指導に貢献すると期待される。

【今後の展開】
アクアグリセロポリンが水以外の基質について基質選択性をもたらすメカニズムはいまだ不明である。アクアグリセロポリン同士の配列比較ではそうした選択性の原因は明らかにできず、ヒト狭義Aqpとアクアグリセロポリンの変異体を用いた基質選択性に関する研究から、Aqpの基質選択性は孔径だけでは説明できないことが報告されているのみである(Kitchen et al., Sci Rep. 9:20369, 2019)。本研究成果でAqp10オルソログ間、および条鰭類特異的パラログ間での基質選択性の違いが体系的に整理できたため、それらのアミノ酸配列と活性を比較することが可能となる。こうした基質選択性の違いをもたらすメカニズムとしては、(1)Aqp10.2が尿素とホウ酸の輸送に必要な構造を「失った」か、あるいは(2)Aqp10.2が尿素とホウ酸をグリセロールと区別し、尿素とホウ酸の輸送を制限するフィルターを「獲得した」という2つの可能性が考えられる。
また、条鰭類が基質選択性の異なる2種類のAqp10を保持する生理的役割や理由も明らかでない。条鰭類は脊椎動物の約半数の種を構成する魚類の巨大なグループであるが、ゲノムが解読された条鰭類では、ごくわずかな例外を除いてほとんどの種が2種類のAqp10を保有している。このことは魚類が2種類のAqp10を必要としていることを示しており、今後のさらなる解析が必要である。
本研究成果はさらに、他のアクアグリセロポリンの基質選択性に関する理解も大きく前進させると想定される。将来的には、新たな輸送基質の発見や、薬剤による輸送制御などへの応用が見込まれ、比較生理学分野のみならず、栄養学分野などを含めた広範な学術領域への波及効果も期待される。

【付記】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究B(17H03870,21H02281および19H03272)および若手研究(21K14781)の支援を受けて実施された。本研究の一部は東京工業大学ダイバーシティ推進室ワークライフ両立支援部門の「育児・介護中の研究者のためのアシスタント配置プログラム」の支援によって行われた。Braasch研究室が担当した実験は、the US National Science Foundation EDGE(grant no. 2029216)の支援を受けて実施された。

【用語説明】
(1)アクアポリン:細胞膜に存在するタンパク質で、水分子をのみを選択的に透過させる性質をもつ。1992年にピーター・アグレ(2003年ノーベル化学賞)らによって報告された。
(2)アクアグリセロポリン:アクアポリンファミリーのうち、水のほかにグリセロールや尿素などの電荷をもたない低分子化合物を輸送する膜タンパク質。
(3)四肢動物:脊椎動物のうち両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類を含む動物群。
(4)肉鰭類:石灰質の骨を持つ脊椎動物のうち肉質のヒレを持つ群。シーラカンスやハイギョが含まれる。四肢動物はこのグループから進化したと考えられている。
(5)条鰭類:石灰質の骨を持つ脊椎動物のうち肉鰭類以外の群。魚類の大半を占める。
(6)パラログ:遺伝子重複によって生じた遺伝子群。
(7)真骨魚類:条鰭類の主要な系統群。真骨魚類の共通の祖先種において、真骨魚類特異的全ゲノム重複を経験したことが知られる。
(8)オルソログ:種分化の際に分岐した遺伝子群。
(9)重複:一つの遺伝子がコピーされて二つの遺伝子になること。元々の遺伝子の隣に挿入されることをタンデム重複と呼ぶ。個々の遺伝子の重複ではなく、ゲノム(全遺伝子)が重複するイベントは全ゲノム重複と呼ぶ。
(10)欠失:遺伝子の塩基配列の一部が失われること。

【論文情報】
掲載誌   :Genome Biology and Evolution
論文タイトル:Functional divergence in solute permeability between ray-finned fish-specific paralogs of aqp10
著者    :Genki Imaizumi*, Kazutaka Ushio*, Hidenori Nishihara, Ingo Braasch, Erika Watanabe, Shiori Kumagai, Tadaomi Furuta, Koji Matsuzaki, Michael F. Romero, Akira Kato, Ayumi Nagashima *contributed equally as the first authors
DOI    :10.1093/gbe/evad221

【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 准教授 西原秀典(ニシハラヒデノリ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2955-nishihara-hidenori.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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