特定外来植物「ヒガタアシ」の日本への侵入経路を解明 原産地の北米東部から中国を経由した二次的な経路で侵入
近畿大学農学部(奈良県奈良市)、国立環境研究所(茨城県つくば市)、兵庫県立大学自然・環境科学研究所(兵庫県三田市)、兵庫県立人と自然の博物館(兵庫県三田市)、日本スパルティナ防除ネットワーク(愛知県名古屋市)による研究グループは、特定外来生物に指定されているイネ科の多年草「ヒガタアシ」の遺伝子解析および侵入地の近隣港湾の貿易統計の解析を行いました。その結果、ヒガタアシは原産地である北米東部からではなく、北米から意図的にヒガタアシを導入した中国を経由し、二次的な経路で日本へ侵入したことを解明しました。本研究成果は、さまざまな外来種の侵入防止に向けた水際対策への応用が期待されます。
本件に関する論文が、令和2年(2020年)9月7日13:00(日本時間)に、植物科学における有力誌“Frontiers in Plant Science”にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●ヒガタアシの日本への侵入経路は、北米東部から中国を介した二次的導入である
●日本各地への侵入は独立したタイミングで起き、それぞれごく限られた個体数の侵入であった
●本研究成果は、今後の外来生物の侵入予測や水際対策を検討する上で有用である
【本件の背景】
ヒガタアシ(Spartina alterniflora Loisel.)は北米東部原産のイネ科の多年草で、干潟や河口域など比較的塩分濃度の高い場所に生育します。極めて高い繁殖力と強力な堆砂機能を有するため、干潟の造成などの目的で世界各地に意図的に導入されましたが、いまでは導入先から逸出し、世界中に分布を拡大しています。ヒガタアシが入り込むと他の在来植物は生育できなくなり、優占的に繁殖して干潟を覆いつくします。それによって干潟の草地化が進み、生息する有用な貝類の生育に影響を与えるなど深刻な被害をもたらします。
日本では、平成20年(2008年)に愛知県の河川(梅田川)への非意図的な侵入が初めて確認され、翌年には熊本県の複数の河川(坪井川、白川、大野川)への侵入が確認されました。日本沿岸に定着・繁殖するおそれが高まったため、平成26年(2014年)にはヒガタアシを含むSpartina属が外来生物法における「特定外来生物」に指定されました。これにより、愛知県および熊本県の河川では駆除が進みましたが、熊本県の一部の河川では未だにその生息域が拡大している状況です。
このような外来生物に対する方策としては、侵入後の防除・根絶も大切ですが、水際における侵入防止がもっとも効果が高いと考えられています。したがって、日本に侵入したヒガタアシの起源およびその遺伝的多様性を知ることは、外来生物の水際対策に大きな知見を与えると考えられます。
【本件の内容】
特定外来生物に指定され、愛知県と熊本県で侵入が確認されたヒガタアシについて遺伝解析を行った結果、北米東部フロリダ半島周辺および中国沿岸部に由来するものであることが明らかになりました。ヒガタアシは海外との貿易を通じて非意図的に侵入したと考えられていることから、侵入した場所の近くにある港の貿易統計を精査したところ、中国との貿易が盛んであることが判明しました。これらのことから、ヒガタアシは北米東部から中国を経由して二次的に侵入したと推測されます。また、遺伝子解析によって、国内のヒガタアシは3つのグループに分けられる(愛知県に1種、熊本県に2種)ことが明らかになりました。これは、国内へのヒガタアシの侵入と定着が、少なくとも独立に3回起き、ごく少数の個体の侵入からはじまった可能性を示しています。本研究では、中国沿岸部のどの場所から侵入が起きたのかを特定するには至りませんでしたが、今後、国内外のヒガタアシの遺伝子解析データを蓄積することで、侵入経路をより詳細に追跡することができると期待されます。
【論文掲載】
雑誌名 :植物科学における有力誌「Frontiers in Plant Science」
インパクトファクター:4.402
Journal Citation Reports ranking:19/234(Plant Sciences)
論文名 :Genetic diversity of invasive Spartina alterniflora Loisel.
(Poaceae) introduced unintentionally into Japan and
its invasion pathway
(日本に非意図的に侵入した外来イネ科植物ヒガタアシの
遺伝的多様性とその侵入経路)
著 者:前原 裕(1)・(6)、玉置 雅紀(2)、
入口 友香(1)・(7)、中濵 直之(3)・(4)、
花井 隆晃(5)、西野 惇志(1)・(8)、
早坂 大亮(1)
著者所属 :(1).近畿大学大学院 農学研究科、
(2).国立環境研究所 福島支部、
(3).兵庫県立大学 自然・環境科学研究所、
(4).兵庫県人と自然の博物館、
(5).日本スパルティナ防除ネットワーク(JNPS)、
(6).日本工営株式会社、
(7).自然環境研究センター、
(8).第一復建株式会社
共同筆頭著者:前原 裕、玉置 雅紀
責任著者 :早坂 大亮
【研究の詳細】
本研究では、まず、日本との貿易が盛んな国や地域が、意図的か非意図的かによらず、ヒガタアシ拡散のドナースポット(窓口)になるのではないかという仮説を立てました。そして、日本との地理的な距離と経済的な繋がりの強さを考慮して、日本のヒガタアシは「中国からの二次的導入」の可能性が高いと考えました。
この仮説を検証するにあたり、愛知県(梅田川)および熊本県(坪井川、白川、大野川)に侵入したヒガタアシの植物片を採集して遺伝子解析を行いました。まず、葉緑体DNAを対象とした遺伝子解析を行い、国内の集団と遺伝情報が公開されている地域集団(米国、中国、香港、台湾)とを比較し、ハプロタイプ※1 を決定しました。また、核DNAを対象とした遺伝子解析を行い、両県の集団を対象に、集団間および集団内の遺伝的構造を把握しました。その結果、次のことが明らかになりました。
(1)葉緑体DNA解析により、日本に侵入した愛知県、熊本県のヒガタアシ集団がいずれも、同一のハプロタイプ(C4という名称)を有しており、原産地域のうち米国東海岸(フロリダ半島周辺)を起源とする集団と一致した。
(2)ハプロタイプC4は、原産地以外でも、東アジア、とくに中国(干潟造成のためにヒガタアシを意図的に導入)で優占している。
(3)核DNA解析の結果、日本のヒガタアシは遺伝子混合がほとんどなく、独立した3つの地域集団に分類できるが、各河川内の遺伝的多様性が海外の地域集団と比較して極端に低く、創始者効果※2 が発生している可能性がある
また、これら解析結果とあわせて、Grobal Trade Atlas(https://www.gtis.com/gta/)にもとづき、愛知県、熊本県の港湾と比較対象とする地域との間の貿易額について、過去11年にわたり解析しました。その結果、いずれも中国との貿易額が高い傾向にあり、また、貿易額の増加時期がヒガタアシの日本への侵入時期とおおむね一致していました。このことから、「日本のヒガタアシ集団は中国からの二次的導入の可能性が高い」という仮説が間違いないことが確かめられました。
なお、本研究の一部は「2016年度あいち森と緑づくり環境活動・学習推進事業交付金」の交付金事業として実施されました。
【今後の展望】
本研究の特徴である、遺伝子解析と貿易情報とを組み合わせて侵入生物の由来を推定する手法は、さまざまな外来種に対する侵入防止、すなわち水際対策への応用が期待されます。また、本研究では遺伝子情報をもとに外来種の国内での拡散様式を明らかにしており、外来生物防除における主要な課題である「防除の効率化」にも大きく貢献できると考えられます。
【用語解説】
※1 ハプロタイプ…相同染色体上の対になっている遺伝子(対立遺伝子)同士の組み合わせ。
※2 創始者効果…隔離された個体群が新しく作られるときに、新個体群の個体数が少ない場合、元になった個体群とは異なった遺伝子頻度の個体群ができること。
【関連リンク】
農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/