エイコサペンタエン酸が不整脈の一種である心房細動を予防 脂肪酸の質に着目した心房細動の食事療法開発に期待

近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)応用生命化学専攻食品機能学 博士後期課程1年堀井鴻佑、近畿大学農学部(奈良県奈良市)食品栄養学科准教授 森島真幸、大分下郡病院(大分県大分市)副院長 小野克重らの研究グループは、不整脈の一種である「心房細動」のモデルマウスを用いて、魚油に豊富に含まれる多価不飽和脂肪酸※1 であるエイコサペンタエン酸(EPA)※2 を経口投与すると、心房細動を予防できることを明らかにしました。研究グループは、飽和脂肪酸※3 を過剰に摂取すると心房の炎症や線維化が促進されて、心房細動の発症率が高まる一方で、同時に多価不飽和脂肪酸を摂取すると心房細動の発症を予防できる、というユニークな現象を発見しました。
これまで食品や栄養素による医学的介入により心房細動の発症を阻止した例はなく、本研究成果により栄養素として日々摂取している脂肪酸の質に着目することで、食事療法による心房細動の新たな予防・治療戦略の構築につながると期待されます。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)3月13日(木)に、日本生理学会の英文機関誌である"The Journal of Physiological Sciences(ザ ジャーナル オブ フィジオロジカル サイエンス)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●魚油に含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)を摂取することで、心房細動を予防できることを発見
●高脂肪食の長期摂取は心房における炎症や線維化を促進するが、EPAと同時に摂取することで発症を予防できることを発見
●本研究成果から、脂肪酸の質に着目した食事療法による、心房細動の新たな予防・治療法の開発に期待
【本件の背景】
不整脈の一種である心房細動は、心房が規則的に収縮できずに痙攣して、脈が不規則になる疾患で、血栓形成や脳卒中のリスクが高まる原因となることがあります。心房細動は加齢のほか、高血圧、糖尿病などの患者に発症しやすく、最近の研究では、とくに血中の脂質の量が基準から外れる脂質異常症※4 の患者が発症しやすいことが知られています。脂質異常症は、高脂肪食、運動不足、ストレスといった要因で増加することがありますが、こうした生活習慣が心房細動の発症に影響するかは、まだ明らかになっていません。
心房細動による動悸や息切れがQOLを低下させている患者に対しては、心房細動を根治させる外科的治療を行いますが、とくに高齢者では外科的治療や薬物治療が困難な場合があります。そのため、可能な限り薬に頼らず低侵襲的な予防対策を講じる必要がありますが、心房細動の発症を未然に防ぐ方法は見つかっていません。
魚油に含まれる多価不飽和脂肪酸であるEPAは、先行研究において、血管機能改善作用と抗血小板作用により循環器機能を改善し、不整脈にも効果を示すことが明らかになっています。市販のサプリメントとして手軽に購入することができますが、心筋細胞への直接作用やその機序については十分に解明されていません。
【本件の内容】
研究グループは、心房細動のリスク因子の一つである脂質代謝異常に着目し、高脂肪食が心房細動にどのような影響を及ぼすか、また、心房細動がEPAによって予防できるかどうかを検証しました。まず、食事から摂取する脂肪酸が心房細動に与える影響を解析するため、マウスに高脂肪食(脂質含量60%)を8週間与え、心房細動のモデルマウスを確立しました。飽和脂肪酸が豊富に含まれる高脂肪食の長期的な摂取により、心房では炎症や線維化が促進されて心電図異常が見られましたが、EPAを高脂肪食と同時に摂取させるとこれらの変化が正常化されることがわかりました。とくに、EPAの摂取により心電図のP波※5 幅(右心房から左心房への興奮伝導時間)が改善され、結果的に心房細動を予防できることを見出しました。これらの結果から、飽和脂肪酸を過剰に摂取すると心房細動の発症率が高まる一方、同時に多価不飽和脂肪酸を摂取すると心房細動の発症を予防できる、というユニークな現象を発見しました。
これまで食品や栄養素による医学的介入により心房細動発症の阻止を実現した例はなく、本研究では栄養素として日々摂取している脂肪酸の質に着目しました。本研究成果は、今後、心房細動における心機能の制御メカニズムの理解と、食事療法による心房細動の新たな予防・治療戦略の構築につながると考えられます。
【論文概要】
掲載誌:The Journal of Physiological Sciences(インパクトファクター:2.6@2024)
論文名:Eicosapentaenoic acid prevents atrial electrocardiographic impairments and atrial fibrillation
in high fat diet mice.
(エイコサペンタエン酸は高脂肪食を与えたマウスの心房の心電図異常と
心房細動を予防する)
著者 :堀井鴻佑1、小野克重2、須美友子3、東原真代3、財満信宏3、増田誠司1、
森島真幸1,4,5* *責任著者
所属 :1 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻食品機能学、2 大分下郡病院、
3 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻応用細胞生物学、
4 近畿大学農学部食品栄養学科、5 近畿大学附属農場
DOI :10.1016/j.jphyss.2025.100014
URL :https://doi.org/10.1016/j.jphyss.2025.100014
【研究詳細】
研究グループは、マウスに高脂肪食(HFD群)、高脂肪食+EPA(EPA群)、もしくは通常食(対照群)を8週間与え、食事によって起こる身体的および心臓機能の変化を評価しました。対照群と比較して、HFD群は徐々に体重が増加し、4週間目以降有意に体重が重くなり、内臓脂肪量も有意に増加していました。
次に、心臓の電気生理学的特性を評価するため、異なる餌を8週間与えた後のマウスの心電図を記録した結果、HFD群では安静時にRR間隔※6 が延長され、徐脈※7 の傾向が見られました。また、HFD群はP波の持続時間(右心房から左心房への伝導時間)が有意に延長しましたが、EPA群では改善されました。
次に、各群のマウスの心房を機械的に刺激して心房細動を誘発したところ、HFD群は対照群に比べて心房細動の発生頻度と持続時間が有意に増加しました。逆に、EPA群では心房細動の発生頻度や持続時間が大幅に抑制され、ここから高脂肪食で引き起こされる心臓の病的変化をEPAの同時摂取により予防できることが示唆されました。
さらに、電気生理学的変化のメカニズムを解明するため、心房の興奮・収縮調節に重要なイオンチャネル※8 のmRNA発現量を分析しました。その結果、Na+チャネルのmRNA発現レベルはHFD群で減少傾向でしたが、EPA群では回復しました。同様に、Ca2+チャネルのmRNAはHFD群で有意に減少し、K+チャネルのmRNAは対照群に比べて増加していましたが、これらはEPA投与により逆転しました。ここから、高脂肪食が心房筋細胞内のイオンチャネルの発現を変化させ心房の興奮・収縮に異常を起こし、EPAはこれらの変化に対して予防効果を示すことが示唆されました。
一方、心房細動の原因の一つである脂質異常症は、慢性炎症と関連していることが知られています。そこで研究グループは、慢性炎症によって引き起こされる心房の線維化が、心房細動の誘発リスクを高める可能性があると仮定しました。各群のマウスの炎症の程度を調査するために、炎症時に発現が増加することが知られている炎症性サイトカイン※9 のmRNA発現量を心房組織において定量したところ、HFD群ではインターロイキン-1β(IL-1β)、および腫瘍壊死因子(TNF-α)のmRNA発現が対照群と比較して有意に増加し、心房の線維化を促進する因子であるコラーゲンタイプ1a1(col1a1)のmRNA発現量も有意に増加していました。さらに病理学的解析からも、心房組織における線維化の促進がみられ心房の線維化が進んでいましたが、EPA群ではサイトカインの増加が抑制され線維化も抑制されていました。このことから、長期間高脂肪食を摂取すると心房組織内では炎症が惹起され、心房筋を構成している心筋細胞から線維芽細胞への置き換わりが誘発され、異常な電気活動が生じて心房細動が起こりやすくなることが明らかになりました。さらに、この炎症や線維化による電気活動の異常の発生は、EPAを同時投与することで予防できることが示されました。
【研究者のコメント】
森島真幸(もりしままさき)
所属 :近畿大学農学部食品栄養学科
近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻
近畿大学附属農場
職位 :准教授
学位 :博士(栄養学)
コメント:本研究は、博士後期課程の学生が主体となり、8週間にも及ぶEPAの経口投与という地道な作業を成し遂げた努力の成果として得られたものです。栄養素の効果が現れるには長い期間を要することから、1回の実験の結果が得られるまでにかかる時間は非常に長いものですが、栄養素による一次予防の検証のための実験としては欠かせないものです。私たちは、管理栄養士の立場から、食事により摂取した脂肪酸の組成と心房細動発症の病態メカニズムとの関連性を証明できれば、心疾患予防の充実につながると考えています。私たちの研究の最終目標は、科学的エビデンスに基づいた低侵襲的かつ簡便に心臓のリズムを正常化できる手法を開発し、社会実装化することです。これが実現できれば、脂肪酸の質を基軸とした新しい食事療法による新規の予防・治療アプローチにつながり、予防の充実が可能となると考えています。
【用語解説】
※1 多価不飽和脂肪酸:脂肪酸の炭素鎖中に二重結合(C=C)を2つ以上もつ脂肪酸。
※2 エイコサペンタエン酸:体内で合成できない不飽和脂肪酸の一つで、とくに青魚に豊富に含まれる。血栓の生成を抑える作用があり、高血圧・動脈硬化・脂質異常症・脳卒中・心筋梗塞の予防と改善に効果があると知られている。
※3 飽和脂肪酸:脂肪酸の炭素鎖中に二重結合(C=C)をもたない脂肪酸。
※4 脂質異常症:血液中の脂質(コレステロール、中性脂肪など)の濃度が高い、もしくはHDLコレステロールの濃度が低い状態。
※5 P波:心電図では、心房の興奮過程を示す。正常な場合は、まず右房が興奮した後に左房が興奮し、これが融合したものがP波として表現される。
※6 RR間隔:心拍数をあらわす指標で、心室が興奮した心電図上の間隔を示す。正常なRR間隔は0.6~1.2秒程度。
※7 徐脈:脈が遅くなる現象で、1分間の脈拍が60回未満になることを示す。脈拍が少ないため、めまいや息切れが起こる。
※8 イオンチャネル:膜に存在するタンパク質で、刺激に応じて開閉しイオンが通過する孔。透過するイオンにより、Na+チャネル、Ca2+チャネル、K+チャネル、Cl-チャネルがあり、イオンは電気化学的勾配に従って移動する。
※9 炎症系サイトカイン:主に免疫細胞が産生し、炎症反応に関係するタンパク質。
【関連リンク】
農学部 応用生命化学科 教授 財満信宏(ザイマノブヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/811-zaima-nobuhiro.html
農学部 食品栄養学科 教授 増田誠司(マスダセイジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2523-masuda-seiji.html
農学部 食品栄養学科 准教授 森島真幸(モリシママサキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2297-morishima-masaki.html