「トラウマは日常での身近なストレスから生じていて、それが生きづらさを原因となっている」。このことを多くの人に伝えたい。著者のみきいちたろうが『発達性トラウマ』を書いた理由
トラウマケアを専門とするブリーフセラピー・カウンセリング・センター(運営:株式会社日本カウンセリングサポート 本社:大阪市中央区)は、新書『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(著書:みき いちたろう)をディスカヴァー・トゥエティワンより2023年2月17日に発売しました。
発売1ヶ月で増刷となり、海外版の発売も決まるなど好評を得ています。読者からは、「当事者のバイブル」「治療者にとってのトラウマ臨床の教科書」とも評される本は、いかにして生まれたのか。このストーリーでは著者のみきが出版までの経緯を振り返ります。
原因がわからない生きづらさに苦しんだ、20、30代
「どうして仕事がうまくいかないんだろう?」
「ちょっとした場面でも緊張してしまう」
「自分が意図したことと、他人に伝わることが違う。なぜだろう??」
これは、よくある事例でもなんでもなくて、著者のみき(私)が経験してきたことです。
違和感は、10代後半からあったのですが、特に20、30代は対人関係も、仕事もうまく行かずに、本当に苦労しました。
外国に移民をしたら、宇宙から地球に降りてきたらこんな感じがするのかな、と思うくらいに、手探りで、人や社会の仕組みを自力で知らなければならない、そんな生きづらさを抱えた状態でした。ただ、結果的には、その経験が、のちに書籍を書くようになるように、「生きづらさを言語化する」ということに役立っているのかもしれません。
当時は、会社に勤めながら、土日に、学生時代にたずさわるようになったカウンセラーとしても仕事をしていました。自身の苦しさを解決しようと、いろいろなカウンセリングの手法を学んだり、自分でも心理療法を受けたりしていました。
休日のほぼすべてをカウンセリングの勉強に費やしている時期もありました。よくそんな体力があったな、と思います。今でしたらそんなことはとてもできません。
既存のトラウマの本を読んでも、わかりづらい、ピンとこない
後に見れば、当時私が苦しんでいたのはトラウマによって生じたとわかる症状でしたが、その事に気がつけるようになるのにも紆余曲折がありました。今は少しずつ良い本も出てきていますが、当時はトラウマに関する本は本当にわかりにくいものが多く、読んだとしても、自分が感じている生きづらさとは結びつくことはありませんでした。
そのため、「トラウマなんて存在しないのでは?」「そんな事言うくらいなら自分で解決の努力をした方がいい」と思っていたのです。まさか自分がトラウマを負っていて、それが自分の生きづらさに繋がっているとは思いもしませんでした。しかし、自己啓発のように、自分の努力でなんとかしようという取り組みにもだんだん行き詰まりと疲労を感じるようになっていました。
そんな中、ある時受けたカウンセリングで、トラウマの可能性を説明されると、「ああ、そうか」ととても腑に落ちたことがありました。徐々にトラウマについての臨床も進んできていたことと、自分の中でも方向転換の時期とが重なっていたためだろうと思います。
思い返せば、みき自身は夫婦喧嘩が耐えない家庭に生まれ育ったことなど、現代の基準で言っても、まさに公式にも逆境体験を受けて育ってきていたわけですが(子どもの前での夫婦喧嘩などは「面前DV」といいます)、紆余曲折を経て、自身の不調とトラウマとが結びついていきました。以前であれば、「夫婦喧嘩などどこにでもある。そんな事は自分の人生がうまく行かないことの言い訳にできない」などと捉えていた、と思います。
しかし、愛着障害やACE(小児期逆境体験)研究など、幼少期のマルトリートメント(不適切な養育)が与える深刻さは、一般社会でも注目をされるようになり、そんなことも自己理解、トラウマ理解の支えになってきました。
そんななか、私は会社を退職し、専業のカウンセラーとなり、トラウマや愛着の問題を専門として取り組むことになっていきます。
臨床の現場で見えてきた“トラウマの実態”と問題意識
ただ、専業のカウンセラーとなったときも、「トラウマとはなにか?」ということを言語化することは容易ではありませんでした。
当事者の実感、実態から離れた定義
従来、トラウマとは当事者が命の危険を感じるレベルの極度の事件や事故から生じる特殊な現象であり、そして「トラウマは心の傷」という捉え方が主流でした。
しかし、実際のケースでは極度の事件や事故からの生じるものは多くはなく、トラウマの大半は日常生活のおいて生じる慢性的に被るストレスが原因です。
また、「トラウマは心の傷」という定義がトラウマの実態をわからないものとしていました。当事者の実感とも合わないものです。あくまでメタファーでしか無いものですが、従来は専門家の間でも当たり前に通っていました。
見逃されてきたトラウマ
トラウマは極度のストレスから生まれる心の傷だ、という定義によって、生きづらさで悩む多くのケースがトラウマとみなされないまま見逃されていることもわかりました。
特に、病院では症状を中心に診断されますので、その背景を踏まえた診断とならないことは珍しくありません。
見逃されたクライアントは仕方なく、「発達障害」「パーソナリティ障害」「アダルト・チルドレン」「HSP」など他の概念で代替して、自分の症状を説明せざるを得なくなります。その結果、適切なケアからも遠ざかる原因にもなっていました。
生きづらさを代替概念で説明せざるを得ない歪(いびつ)さ
そもそも、トラウマというのは、現代心理学のその一人であるフロイトが研究していたように、心理学の中核にあるテーマでした。
しかし、社会の忌避感や実証の難しさなどから、長く停滞と無関心が続いてきました。
そして、臨床心理学そのものも、トラウマが本来あるべき場所にないことから、周辺の概念で代替する歪さを抱えながら進んできたのです。
そんなトラウマ研究の進展と私自身が当事者として苦しんできた、あるいはカウンセラーとして現場で感じた経験とは、徐々に歩調を合わせるようになります。
徐々に見えてきたトラウマの実態
例えば、日々の臨床での経験と、進展してきた生理学などトラウマにまつわる知見に触れる中で、トラウマは「ストレス障害」と捉えたほうが良いことも徐々に見えてきました。
「ストレス障害」という捉え方であれば、当事者の実感とも合いますし、様々な症状、生きづらさを説明することができます。また、日常のストレスとも連続して捉えることができ、心や身体の両面で様々な治療者がトラウマにアプローチすることができます。
さらに、ハラスメント(心理的な支配)が症状を複雑にしていることも見えてきました。ハラスメントは、フランスのイルゴイエンヌや日本では東大の安冨歩教授などが研究や啓蒙を行ってきたものです。
ストレス障害だけであれば、回復は決して難しくありませんが、環境が原因であるはずの問題を当事者の責任とするようなハラスメントによって、トラウマは長く当事者を苦しめるのです。
トラウマとは「ストレス障害+ハラスメント」である
トラウマ臨床の最前線に立つ中で、先行の知見も整理され、トラウマの輪郭が徐々に明確になっていきました。その結果、「トラウマとはストレス障害+ハラスメントである」そして、それによって「自己の喪失」を中核として、対人関係の障害など様々な障害を生むものだ、とはっきりと言語化できるようになりました。のちに書籍『発達性トラウマ』が形になる下地ができてきたのです。
本書が生まれた背景
ディスカヴァー・トゥエンティワン社 藤田氏との出会い
そんな中で、私(みき)は初めての著書となる、『プロカウンセラーが教える他人の言葉をスルーする技術』(フォレスト出版)を上梓することになります。
悩みの原因となる“他人の言葉の扱い方”をテーマにした本でした。そして、その本を読み、興味を持たれたディスカヴァー・トゥエンティワン社の編集者 藤田浩芳氏から次作の出版についての声がかかります。藤田さんと、オンラインで出版の企画についての打ち合わせを行いました。
当初、私はトラウマ以外の本についてのアイデアを考えていました。トラウマはマイナーなテーマなため、トラウマについての本を世に出せるのはまだまだ先の話だろうと思っていたからです。
しかし、トラウマについて話題にし、そして、トラウマが発達障害と似た症状を生む、ということについて伝えた際に、藤田さんは、「ぜひそれで企画をまとめてみましょう」とおっしゃいました。おそらく、すでに社会的に認知されている発達障害とも関連するテーマであることで商業出版として成算がある、と思われたのではないかと思います。
そして作成した企画も無事通りました。
「トラウマとは何か」がクリアに伝わる当事者の指針となる本に
私は、今回の本によって、曖昧なトラウマ理解に終止符を打ち、トラウマとは何か?を世の中にクリアに提示し、そして、当事者が解決の指針となる本にしようと考えました。 現業の傍ら、先行研究や書籍を見直しながらこれまでの考えや経験を原稿に落としていきました。私個人が著者としても読者としても嫌うのは、著者の都合で読者を煽るようなものや、曖昧で分かりづらい内容の本です。そのため、できる限り淡々と事実を並べて、でも、わかりやすいものということを心がけて原稿を書きました。
ベテラン編集者の藤田氏の助言のもと、構成を直したり、文言を修正するなどし、内容はより良いものになっていきました。特に腐心したのは、当事者はもちろん、治療者、直接関係のない方など様々な方が読んでも興味深く読めて、しっかりとした内容で、かつ読みやすくすることでした。眞子さまのニュースなどをフックとして、当事者のケースも入れ、理論の説明などもできる限り平易な文章を意識しました。藤田さんからわかりにくい部分について質問を受け修正し、誤解を生じる箇所は直していきました。そうして、企画から半年後に、『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』は書店に並ぶことになりました。
読者から寄せられる反響、本来あるべき場所に戻るトラウマ
手に取った読者からの反響は想像以上で、「今まで探してた内容が書かれていた」「当事者のバイブル」「発達性トラウマがもっと知られてほしい」というように、嬉しい声をいただきます。
本書を読まれた、遠方の精神科医からわざわざ連絡があり、「トラウマについてよくわかった。まさにトラウマ臨床の教科書です」というような言葉をいただきました。
本というのは著者の意図通りに内容が伝わることは稀で、良くて3割も伝われば御の字と思っていますが、本書は、想像以上に内容が伝わっていることを感じます。先程も述べたように、トラウマというのは本来は現代心理学の中核にあった概念です。
それが、長い停滞の時期を経て、いまようやく、特に臨床心理の本来あるべきであった空白を埋めようとしているのだと思います。トラウマが中心に戻ることで、従来は症状から様々な概念や病名で語られていた悩みや生きづらさが、その背景から捉え直されるように、臨床のあり方がこれから大きく変化していく可能性があります。
私の力などは微々たるものですが、生きづらさで悩む方や、そのケアに携わる人たちに大切なものを届けられたようなそんな手応えを感じています。
【著者プロフィール】
みき いちたろう(三木 一太朗)
公認心理師。大阪生まれ、大阪大学文学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。在学時よりカウンセリングに携わる。大学院修了後、大手電機メーカー、応用社会心理学研究所、大阪心理教育センターを経て、ブリーフセラピーカウンセリング・センター(B.C.C.)を設立。トラウマ、愛着障害、吃音などのケアを専門にカウンセリングを提供している。
著書に『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)、『プロカウンセラーが教える 他人の言葉をスルーする技術』(フォレスト出版)がある。
雑誌、テレビなどメディア掲載・出演も多く、テレビドラマの制作協力(医療監修)も行なっている。
■書籍概要
著者 :みき いちたろう
出版日:2022/2/17
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
ページ数:288 ページ
価格:1320円
ISBN:978-4799329344
【主要もくじ】
はじめに 眞子さまの診断名「複雑性PTSD」とは
第1章 この「生きづらさ」はどこから来るのか?
第2章 トラウマをめぐる経糸と緯糸 -〝第四の発達障害〟を生む発達性トラウマ
第3章 トラウマがもたらす“自己の喪失”と様々な症状
第4章 トラウマを理解する -ストレス障害、ハラスメントとしてのトラウマ
第5章 トラウマを克服する
おわりに
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■会社概要
ブリーフセラピー・カウンセリング・センター
(株式会社日本カウンセリングサポート)
https://www.brieftherapy-counseling.com/
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