肺がん治療薬「KRAS阻害剤」の効果を妨げる遺伝子異常を解明 治療が効かなくなった患者への新たな治療法開発に期待

治療抵抗性獲得後の肺がん細胞モデル
治療抵抗性獲得後の肺がん細胞モデル

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(腫瘍内科部門)助教 鈴木 慎一郎らの研究チームは、肺がんの治療薬である「KRAS阻害剤(一般名:ソトラシブ)」※1 の効果を妨げる原因が、遺伝子異常にあることを明らかにしました。
KRAS阻害剤は、KRAS遺伝子異常※2 を有する肺がんに有効な治療薬ですが、効果が一時的であり、その原因は不明でした。本研究成果により、肺がん治療においてKRAS阻害剤が無効となった患者への新たな治療法の開発につながることが期待されます。
本件に関する論文が、令和3年(2021年)8月7日(土)23:00(日本時間)に、がんや治療、腫瘍学に関する専門誌"Clinical Cancer Research, a journal of the American Association for Cancer Research"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●肺がん薬物治療において、KRAS阻害剤の効果が一時的である原因を解明
●KRAS阻害剤とMET阻害剤を併用して使用することで、腫瘍を縮小させることを発見
●KRAS阻害剤治療が無効となった患者への新たな治療法の開発に期待

【本件の背景】
肺がんは世界で最も罹患数の多いがんの一つです。令和元年(2019年)の国立がん研究センターの調査では、日本国内における死亡率が高いがんとして男性で第1位、女性では第2位と、大変予後の悪いがんとして知られています。
KRAS遺伝子異常は、肺がんなど多くのがんでみられる遺伝子の異常で、発がん原因の一つです。これまで有効な治療法はありませんでしたが、近年、KRAS阻害剤がその有効性を証明し、肺がん治療薬として米国などで使用されるようになりました(日本においては承認申請中)。しかし、KRAS阻害剤によって腫瘍が小さくなった患者でも、治療開始11カ月後以降は腫瘍が増大する傾向がみられます。これは治療上の大きな問題でしたが、原因不明であり、その解明が急務とされていました。

【研究内容】
研究チームは、KRAS阻害剤の効果が一時的である原因を解明するため、肺がん細胞モデル※3 を用いた研究を行いました。その結果、KRAS阻害剤治療後にMET遺伝子※4 の異常な増幅が新たに出現し、治療抵抗性の原因となることを明らかにしました。
まず、前臨床研究において、本来KRAS阻害薬で治療効果が得られる肺がん細胞モデルに、KRAS阻害薬を長期間投与することによって、あらたにMET遺伝子の増幅異常が起こり、KRAS阻害薬治療下においても過剰に肺がん細胞が増殖を続けることがわかりました。さらに、マウスを用いた動物試験の結果、肺がん腫瘍はKRAS阻害剤では縮小せず、同時にMET阻害剤を投与することで縮小することがわかりました(下図)。
本研究は、MET遺伝子異常※5 がKRAS阻害剤への治療抵抗性の原因であり、MET阻害剤を含む新たな治療法が有望であることを示す画期的なものです。

マウスにKRAS阻害薬抵抗性の肺がん細胞を移植後、治療開始前と治療開始36日後の腫瘍の大きさの比較
マウスにKRAS阻害薬抵抗性の肺がん細胞を移植後、治療開始前と治療開始36日後の腫瘍の大きさの比較

【論文掲載】
掲載誌:
Clinical Cancer Research, a journal of the American Association for Cancer Research(IF:12.531 @2021)
論文名:
KRAS inhibitor-resistance in MET-amplified KRASG12C non-small cell lung cancer induced by RAS- and non-RAS-mediated cell signaling mechanisms
(MET遺伝子増幅に依存したKRASG12C遺伝子変異を有する非小細胞肺癌の、RASあるいは非RASシグナルを介したKRAS阻害剤への耐性)
著者:
鈴木 慎一郎1、米阪 仁雄1、寺村 岳士2、竹原 俊幸2、加藤 了資1、酒井 瞳1、原谷 浩司1、谷﨑 潤子1、川上 尚人1、林 秀敏1、坂井 和子3、西尾 和人3、中川 和彦1
所属:
1 近畿大学医学内科学教室(腫瘍内科部門)、2 近畿大学高度先端総合医療センター再生医療部、3 近畿大学医学部ゲノム生物学教室

【研究詳細】
研究チームは、KRAS阻害薬に効果がある肺がん細胞モデルに、少量から徐々に長期間KRAS阻害薬を曝露させることによって、KRAS阻害薬に効果がない(治療抵抗性)肺がん細胞モデルを作り、治療抵抗性を獲得する前後の細胞モデルを比較することによって、なぜKRAS阻害薬の治療効果が得られなくなったのかを調べました。
その研究の結果、活性化したMETタンパクが過剰に発現していることによって治療抵抗性が獲得されたことがわかりました。活性化したMETタンパクの原因を調べるために、下図のようにMET遺伝子を赤く識別する検査(FISH法)を行ったところ、KRAS阻害薬の効果がある肺がん細胞モデル示す左図に比べて、治療抵抗性を獲得した右図の方が、MET遺伝子(赤い点)が多く、MET遺伝子が増幅されていることがわかりました。
MET遺伝子の増幅は、KRAS阻害薬と同様の分子標的薬であるEGFR阻害薬でも治療抵抗性に関与していることが知られています。つまり、MET遺伝子の増幅によって、KRAS阻害薬の治療抵抗性を獲得していることがわかりました。

KRAS阻害薬抵抗性獲得前後におけるMET遺伝子のFISH画像の比較
KRAS阻害薬抵抗性獲得前後におけるMET遺伝子のFISH画像の比較

また、マウスを用いた動物試験において、KRAS阻害薬やMET阻害薬単剤ではKRAS阻害薬抵抗性の肺がん細胞株に効果が得られませんでしたが、併用することによって腫瘍縮小が得られました。この研究結果は、今後の治療戦略において重要な鍵となり得るといえます。

【用語解説】
※1 KRAS阻害剤:KRASG12C遺伝子異常を有するがん細胞で選択的にKRASの活性化を阻害する化合物。がん細胞の増殖を抑制するもの。

※2 KRAS遺伝子異常:KRAS遺伝子の変異は、がんで最も頻繁に認められる異常のひとつであり、がん全体の20%程度で存在するとされています。そのうち、KRASの12番目のグリシンというアミノ酸がシステインに変化する異常(KRASG12C変異)は、肺腺がんの10%程度に認められます。この変異によってKRASが過剰に活性化し、がんが増殖します。

※3 肺がん細胞モデル:ヒトの肺癌組織に由来する癌細胞。フラスコなどで培養され、がんの治療法の研究等で使用します。

※4 MET遺伝子:間葉上皮転換因子遺伝子で、細胞遊走、生存及び増殖を含む多面的作用をきたします。

※5 MET遺伝子異常:正常では、MET遺伝子数は細胞あたり2個です。しかし複数(例えば5個以上)に増幅する異常をきたすことがあります。MET遺伝子の増幅はがん細胞の増殖などをもたらします。

【関連リンク】
医学部 近畿大学病院 講師 米阪 仁雄(ヨネサカ キミオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1951-yonesaka-kimio.html
医学部 近畿大学病院 講師 寺村 岳士(テラムラ タケシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1599-teramura-takeshi.html
医学部 医学科 医学部講師 谷﨑 潤子(タニザキ ジュンコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1963-tanizaki-junko.html
医学部 医学科 医学部講師 川上 尚人(カワカミ ヒサト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1691-kawakami-masato.html
医学部 医学科 講師 林 秀敏(ハヤシ ヒデトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1646-hayashi-hidetoshi.html
医学部 医学科 講師 坂井 和子(サカイ カズコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1674-sakai-kazuko.html
医学部 医学科 教授 西尾 和人(ニシオ カズト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/757-nishio-kazuto.html
医学部 医学科 教授 中川 和彦(ナカガワ カズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/755-nakagawa-kazuhiko.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/


AIが記事を作成しています