国内初!患者会の要望で非小細胞肺がんの医師主導治験を実施 分子標的治療薬の適応拡大を目指す

2022-12-02 17:40
肺がんのイメージ図

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(腫瘍内科部門)主任教授 中川 和彦、講師 武田 真幸(現:奈良県立医科大学(奈良県橿原市)がんゲノム・腫瘍内科教授)らを中心とする研究チームは、従来の治療薬が効かなくなった非小細胞肺がん※1 患者に対し、分子標的治療薬※2 「タグリッソ(一般名:オシメルチニブ)」を用いた医師主導治験※3 を実施し、その有効性を確認しました。本治験は、肺がん患者会からの要望をもとに、医師、製薬会社に提案し実現したもので、国内で初めての試みとなります。
本研究成果について、令和4年(2022年)12月1日(水)から3日(金)に福岡国際会議場で開催される「第63回日本肺癌学会学術集会」において、研究チームが発表します。

【本件のポイント】
●従来の治療薬が効かなくなった非小細胞肺がん患者に、分子標的治療薬オシメルチニブを用いた医師主導治験を実施し、有効性を確認
●国内初、オシメルチニブを用いた治療を希望する肺がん患者会の要望により実現した、患者会提案型の治験
●非小細胞肺がんの治療における、オシメルチニブの適応拡大を目指す

【本件の内容】
肺がんは、進行速度や治療効果の違いによって、小細胞肺がんと非小細胞肺がんに大別され、そのうち非小細胞肺がんは肺がん全体の8~9割を占めています。非小細胞肺がんの多くは、がん細胞上のEGFRというタンパク質に変異が生じ、がん細胞が増殖し続けることが知られています。
現在、国内での非小細胞肺がんの治療では、EGFRに変異がある場合、分子標的治療薬であるオシメルチニブがよく用いられています。非常に有用な治療薬ですが、一方でオシメルチニブが承認されるよりも前に開発された薬で治療を開始した患者に薬が効かなくなった場合、EGFRに特定の変異がない場合はオシメルチニブを治療に使用できない、という制約がありました。そういった制約なくオシメルチニブを使用できるよう、肺がん患者会から要望があがり、西日本がん研究機構(WJOG)が中心となって、企画・立案から管理まで医師が行う患者会提案型の医師主導治験を実施しました。本治験によって、オシメルチニブの適応が拡大することを目指します。

【学会発表】
学会名:第63回日本肺癌学会学術集会
日時 :令和4年(2022年)12月1日(木)~3日(土)
    ※ 本件の発表は12月2日(金)16:30~17:34
場所 :福岡国際会議場 4階411、412
    (福岡県福岡市博多区石城町2-1、JR「博多駅」よりバスで約12分)
演題 :第1・2世代EGFR-TKIおよびプラチナPD(T790M陰性)を示したEGFR陽性NSCLCに対するオシメルチニブの第2相試験
発表者:武田 真幸
所属 :近畿大学医学部内科学教室(腫瘍内科部門)
    ※ 研究当時、現在は奈良県立医科大学がんゲノム・腫瘍内科

【本件の詳細】
非小細胞肺がん患者に対する、オシメルチニブの有効性を検討するため、近畿大学医学部内科学教室を主施設として、国内15施設において、医師主導治験となる第2相試験を行いました。本治験には、令和2年(2020年)8月から令和3年(2021年)2月までの短期間での実施にもかかわらず、55症例が登録されました。
EGFRは非小細胞肺がんの40%で認めるドライバー遺伝子※4 です。EGFR遺伝子変異がある場合、これを抑制する分子標的治療薬であるEGFRチロシンキナーゼ阻害剤を第一選択薬として使用することにより、長期生存が期待できます。しかし、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を使用しても治癒するわけではなく、耐性化により治療薬が効かなくなることがあります。耐性化のメカニズムとして、EGFR遺伝子にT790M※5 という耐性遺伝子が出現することによりEGFRタンパクの構造変化が起こり、第1世代、第2世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害剤がEGFRタンパクに結合できないことが原因と判明しており、EGFR遺伝子変異患者の約50%を占めます。そのため、T790Mの変異があるEGFRに結合して、EGFR活性を阻害できる新たな第3世代EGFRチロシンキナーゼ阻害剤「オシメルチニブ」が開発されました。これにより、第1世代、第2世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害剤で治療した患者が耐性化した場合、T790M陽性であればオシメルチニブで治療することで、耐性克服が可能となりました。
ところが、その後オシメルチニブはEGFR遺伝子変異陽性患者に初回治療で用いると第1世代、第2世代で治療するより有効期間が長いことが証明され、現在ではT790Mの有無に関係なくすべてのEGFR遺伝子変異陽性患者で、初回の治療からオシメルチニブが使用されることになりました。そのため、オシメルチニブ承認前に第1世代、第2世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害剤で治療を開始した患者において、耐性化により治療薬が効かなくなったとき、T790M陰性の患者はオシメルチニブが使えないという状況となりました。オシメルチニブ臨床開発初期データではT790M陰性の患者でも20~30%の患者で腫瘍縮小を認めていることから、第1世代、第2世代EGFRチロシンキナーゼ阻害剤で治療を開始し、耐性時にT790M陰性の患者への適応拡大を求める声が肺がん患者会からあがりました。
本治験は、肺がん患者会からの要望にて実現に至った、オシメルチニブの適応とはならない、T790M陰性の患者に対し実施した、初めての医師主導治験です。この治験によって、非小細胞肺がんの治療にオシメルチニブの適応が拡大されることを目指します。

【研究代表者コメント】
氏名  :中川 和彦
所属  :近畿大医学部内科学教室(腫瘍内科部門)
職位  :主任教授
学位  :医学博士
コメント:
西日本がん研究機構主催の市民公開講座を開催していた時、肺がん患者会ワンステップ理事長の長谷川 一男氏から「患者会から医師主導治験をお願いしたら実施は可能ですか。費用は患者会で集めます。」との相談を受けました。肺がん患者会の参加者から、EGFR遺伝子変異陽性で耐性遺伝子であるT790M遺伝子が陰性の患者さんは、承認されたオシメルチニブで治療が受けられなくて悔しい思いをしておられる、とのことでした。その際、オシメルチニブを製造販売している製薬企業の支援を受ける必要がある旨お伝えし、企業宛に要望書の提出をお願いしました。長谷川氏から1ヶ月後に要望書が届いたことが始まりで、医師主導治験実施者の立場として、要望書に加筆し製薬企業に連名で提出しました。製薬企業としても初めての経験ということもあり、治験実施が決まるまでには多くの紆余曲折がありました。絶望的な状況にも至りましたが、その製薬企業で関わられた国内外の担当者のご支援もあり奇跡的に実施することが可能となりました。このような困難な歩みの中で実現した本治験がオシメルチニブのT790M陰性の患者さんへの有効性を示しました。がん患者会提案型の医師主導治験成功の歴史的結果により、患者さん自身でもできることとして、大きな可能性を発見されたと思います。

【研究支援】
本治験は、アストラゼネカ株式会社からの資金提供および治験薬の無償提供を受けて実施されました。

【用語解説】
※1 非小細胞肺がん:肺がんの8~9割を占め、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、などに分類される。
※2 分子標的治療薬:がん細胞の増殖に関わるタンパク質や、栄養を運ぶ血管、がんを攻撃する免疫に関わるタンパク質などを標的にしてがんを攻撃する薬。
※3 医師主導治験:企業が主体で行う治験と異なり、企画・立案から管理まで医師自らが行う治験。
※4 ドライバー遺伝子:がんの発生や進行に直接的な役割を果たす遺伝子。
※5 T790M:EGFR遺伝子の塩基配列のある部分が、トレオニンからメチオニンに置き換わる変異。この変異により、薬剤の結合部位の構造が変化し、結合性が低下する。

【関連リンク】
医学部 医学科 教授 中川 和彦(ナカガワ カズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/755-nakagawa-kazuhiko.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/

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