ペロブスカイト発光ダイオードから近赤外円偏光の発生に成功 高度なセキュリティ技術、センシング技術への応用に期待

2024-06-19 14:00
ペロブスカイト量子ドットを発光層に用いた発光デバイスからの近赤外電界発光(700nm以下の光をカットし、デジタルカメラで撮影)

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科教授 今井喜胤(いまいよしたね)、大阪公立大学(大阪府大阪市)大学院工学研究科教授 八木繁幸らの研究グループは、近年注目の半導体材料であるペロブスカイト量子ドット※1 を発光層に用いた、ペロブスカイト発光ダイオードに外部から磁力を加えることで、近赤外領域でらせん状に回転しながら振動する光「近赤外円偏光」を発生させることに成功しました。さらに、加える磁力の方向を変えることで、近赤外円偏光の回転方向を制御できることも明らかにしました。
本研究成果は将来的に、近赤外円偏光を活用した、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化や、生体透過性を利用した医療分野への応用、光通信、センサーなどの高機能光学デバイスの開発に繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)5月28日(火)に、磁気応用化学分野の国際的な学術誌"Magnetochemistry(マグネトケミストリー)"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●半導体材料であるペロブスカイト量子ドットを発光層に用いた発光ダイオードを作製し、外部から磁力を加えることで、目に見えない近赤外円偏光の発生に成功
●加える磁力の方向を変えることで近赤外円偏光の回転方向を制御し、右回転と左回転の円偏光を選択的に取り出すことに成功
●高度な次世代セキュリティ認証技術をはじめ、医療分野、光通信、センサーなどの高機能光学デバイス開発への応用が期待される研究成果

【本件の背景】
特定の方向に振動する光を「偏光」といい、その中でも、電場および磁場の振動がらせん状に回転しているものを「円偏光」といいます。円偏光は、3D表示用有機ELディスプレイ等に使用される新技術として注目されています。一方、近赤外領域(700nm~1400nm)の波長を有する近赤外光は、肉眼では見ることができない不可視光であり、センサーや光通信などの技術に用いられています。目に見えない近赤外光の性質と光の偏光特性を組み合わせることで、より高精度かつ高感度なセキュリティデバイスやセンサーへの応用が期待されていますが、現状開発されている近赤外円偏光を発生させる手法は輝度が弱く、実用化には至っていません。
また、近年発光デバイスの次世代材料として、ペロブスカイト量子ドットが注目されています。ペロブスカイト量子ドットとは、ナノメートルサイズの半導体材料で、サイズによって発光色を変化させることが可能です。テレビやセンサー、医療分野などさまざまな場面で活用されており、その貢献度から量子ドットの発見に関する研究に対して、令和5年(2023年)のノーベル化学賞が授与されました。
本研究グループは、継続して円偏光を発生させる手法の開発に取り組んでおり、先行研究においてアキラル(光学不活性※2)な分子を用いた場合でも円偏光を発生させる新しい手法を開発しました。また、同様の手法を適応することで、アキラルなペロブスカイト量子ドットを用いた円偏光の発生にも成功しています。今回、ペロブスカイト量子ドットを用いた発光デバイスから、高輝度で発光させることが困難な近赤外円偏光を発生させることをめざし、研究に取り組みました。

【本件の内容】
ペロブスカイト量子ドットは、室温で高い発光効率を示すことから、発光ダイオード用発光材料や太陽電池の材料として近年盛んに研究されています。研究グループは、アキラル(光学不活性)なペロブスカイト量子ドットを発光層に用いた発光ダイオードに対して、外部から磁力を加えることによって、近赤外円偏光を発生させることに成功しました。また、磁力の方向を変えることで円偏光の回転方向を制御し、単一の発光体から右回転近赤外円偏光と左回転近赤外円偏光の両方を選択的に取り出すことにも成功しました。
本研究成果は、将来的に高度な次世代セキュリティ認証技術や、医療分野、光通信、センサーなどの高機能光学デバイス開発などに繋がることが期待されます。

【論文掲載】
掲載誌:Magnetochemistry(インパクトファクター:2.7@2022)
論文名:Magnetically induced near-infrared circularly polarized electrolumi-nescence from an achiral perovskite light-emitting diode
    (アキラルなペロブスカイト発光ダイオードからの近赤外磁気円偏光発光)
著者 :今井喜胤1*、尼崎凌1、柳橋良彦1、鈴木聖香1、志倉瑠太2、八木繁幸2
    *責任著者
所属 :1 近畿大学大学院総合理工学研究科、2 大阪公立大学大学院工学研究科
DOI  :10.3390/magnetochemistry10060039
論文掲載:https://doi.org/10.3390/magnetochemistry10060039

【本件の詳細】
研究グループは、高い発光効率を示すことが期待されるアキラル(光学不活性)なペロブスカイト量子ドット型近赤外発光ダイオードについて、外部から磁力を加えることによる円偏光の発生を検討しました。
近赤外領域に発光を示すペロブスカイト量子ドット型近赤外発光ダイオードに、外部から磁力を加えながら電圧を印加したところ、構成している材料がすべてアキラルであるにもかかわらず、近赤外円偏光の発生に成功しました。また、磁力の方向を変えることにより、光の回転方向が反転することを見出しました。
本研究は、室温かつ永久磁石による磁場下に、アキラルなペロブスカイト量子ドット型近赤外発光ダイオードを設置して電圧印加するだけで、容易に近赤外円偏光を発生させることができるという点で優れています。

【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B)(課題番号 JP23H02040)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)A-STEP(研究成果最適展開支援プログラム)研究課題「磁場駆動MCP-OLEDおよびMCP-LECデバイスの開発」、戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究代表者:赤木和夫)によって実施されました。

【研究者のコメント】
今井喜胤(いまいよしたね)
所属  :近畿大学理工学部応用化学科
     近畿大学大学院総合理工学研究科
職位  :教授
学位  :博士(工学)
コメント:近赤外発光は医療、通信、セキュリティ、環境モニタリング、など多岐にわたる分野での応用が期待されています。一方、ペロブスカイト発光体は、組成を変えることで、発光波長を自由に調整することができ、広範な色域をカバーすることが可能です。今回の成功により、高付加価値を備えた円偏光発光ダイオードの開発が期待されます。

【用語解説】
※1 ペロブスカイト量子ドット:ペロブスカイト構造CsPbX3(Xは、Cl、Br、Iのいずれか)を有する10nm程度のナノ結晶材料。ハロゲンアニオン(X)やその組み合わせ、量子ドットサイズを変えることで発光波長を制御できるため、ディスプレイや照明への応用が期待されている。
※2 光学不活性:物質が直線偏光の偏光面を回転させる性質(旋光性)があるとき、この物質は光学活性であるといい、偏光面を回転させる性質がないとき、この物質は光学不活性という。

【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 今井喜胤(イマイヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/

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