ギラン・バレー症候群の予後予測のための新たなマーカーを発見 より正確に重症例を予測することで臨床現場での活用に期待

2020-10-12 08:00
(図)予後予測ツール(mEGOS)が10点以上であった場合と抗GD1a抗体陽性かつmEGOSが10点以上であった場合の比較

近畿大学(大阪府東大阪市)名誉教授の楠 進(元医学部教授、専門:神経内科学)を中心とした研究チームは、抗糖脂質抗体※1 のIgG抗GD1a抗体が、四肢筋力低下や呼吸障害をきたす「ギラン・バレー症候群」の予後を予測する新たなマーカーとなることを発見しました。さらに、そのマーカーと既存の予後予測ツールを組み合わせることで、ギラン・バレー症候群の患者が半年後に歩行できるかどうかを高い確率で予測できることを提唱しました。
本件に関する論文が、令和2年(2020年)10月12日(月)AM8:00(日本時間)、脳神経内科領域の権威ある国際誌“Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry(JNNP)”に掲載されました。

【本件のポイント】
●抗糖脂質抗体のIgG抗GD1a抗体がギラン・バレー症候群の予後を予測する新たなマーカーとなることを発見
●新たなマーカーと既存の予後予測ツールを組み合わせることで、より高確率な予測が可能に
●予後不良例を早期に抽出し、より強力な新規治療の適応の指標となることに大きな期待

【本件の背景】
ギラン・バレー症候群は、上気道感染や下痢といった感染を契機に、体内に自己抗体が生成されて四肢脱力や感覚障害をきたす末梢神経障害の一つです。患者は子供から高齢者までおり、年間10万人に1~2人が発症すると言われ、症状は筋力低下やしびれ感という軽度のものから、寝たきりや人工呼吸器を要するほどの呼吸障害といった重度のものまで多岐にわたります。元の生活に戻ることができる症例が多いですが、約2割は6カ月後に独歩できず、その後の生活や就労に影響を及ぼします。
近年オランダで、「modified Erasmus GBS Outcome Score(mEGOS)」という予後を予測するツールが発表されました。mEGOSは入院7日目に評価し、年齢(0~2点)、下痢の有無(0~1点)、筋力(0~9点)の点数の合計(12点満点)が高いほど、6カ月後に独歩できない可能性が高いと予測されます。

【本件の内容】
研究チームは、ギラン・バレー症候群の予後予測するツール「mEGOS」の評価項目に、ギラン・バレー症候群の病態に関与するとされる「抗糖脂質抗体」が含まれていないことに着目し、国内のギラン・バレー症候群の症例について、5つの抗糖脂質抗体と6カ月後の独歩不能例との関連性を検討しました。その結果、5つの抗糖脂質抗体のうちの1つ(IgG抗GD1a抗体)のみが、6カ月後の独歩不能例で有意に多く検出されました。さらに、予後予測ツール「mEGOS」単独で6カ月後に独歩できない可能性が高いと予測された症例のうち、実際にそうなったのは41%でしたが、予後予測ツールに加えIgG抗GD1a抗体が陽性だった症例では6カ月後の独歩不能は80%と高い確率でした。
本研究成果によって、IgG抗GD1a抗体を新たなマーカーとすることで、ギラン・バレー症候群の予後不良例をより高率に予測することが可能となり、今後、臨床の現場において予後不良例を早期に抽出し、より強力な新規治療の適応の指標となることが期待されます。

【論文掲載】
掲載誌:
Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry
(インパクトファクター:8.234@2019)
論文名:
Serum IgG anti-GD1a antibody and mEGOS predict outcome in Guillain–Barré syndrome
(血清中のIgG抗GD1a抗体とmEGOSの併用がギラン・バレー症候群の予後を予測する)
著者:
山岸 裕子、桑原 基、鈴木 秀和、楠 進*
(近畿大学医学部内科学教室脳神経内科部門)
園生 雅弘(帝京大学医学部脳神経内科)、
桑原 聡(千葉大学医学部脳神経内科)、
横田 隆徳(東京医科歯科大学医学部脳神経内科)、
野村 恭一、海田 賢一(埼玉医科大学総合医療センター)、
千葉 厚郎(杏林大学医学部脳神経内科)、
梶 龍兒(徳島大学医学部脳神経内科)、
神田 隆(山口大学医学部脳神経内科)、
武藤 多津郎(藤田保健衛生大学医学部脳神経内科)、
山﨑 亮(九州大学医学部脳神経内科)、
高嶋 博(鹿児島大学医学部脳神経内科)、
松井 真(金沢医科大学医学部脳神経内科)、
西山 和利(北里大学医学部脳神経内科)、
祖父江 元(名古屋大学医学部脳神経内科)
*責任著者

【研究の詳細】
日本では西欧と比べ、ギラン・バレー症候群の臨床的・電気生理学的サブタイプ※2 の頻度が異なります。研究グループは、これまでに国内のギラン・バレー症候群例を集め統計解析を行い、オランダから報告された予後予測ツールである「mEGOS」が、国内でも有用であることを報告しました(参考文献1、2)。
抗糖脂質抗体は、ギラン・バレー症候群の病態に関与することが報告されていますが、mEGOSには含まれていません。抗体の情報を加えることで予後予測の精度がより高くなることが予想されたため、本研究では5つの抗糖脂質抗体(抗GM1抗体、抗GD1a抗体、抗GalNAc-GD1a抗体、抗GQ1b抗体、抗GT1a抗体)と6カ月後の独歩不能との関連性を検討しました。
2011年から2015年の間に、16の共同研究施設から集めたギラン・バレー症候群例の中で、IgGクラスの抗糖脂質抗体を測定した症例(抗GM1抗体:157例、抗GD1a抗体:152例、抗GalNAc-GD1a抗体:119例、抗GQ1b抗体:155例、抗GT1a抗体:111例)を用いて、予後不良との関連性を統計解析しました。抗GD1a抗体が陽性であった25例中9例(36%)は予後不良で、陰性例の127例中8例(6%)と比べ、有意に高率でした。また、抗GD1a抗体陽性かつmEGOSが10点以上であった場合は、6カ月後に独歩不能の割合は80%であり、mEGOS10点以上のみの場合の41%と比べ高い確率でした。
IgG抗GD1a抗体は、ランビエ絞輪部※3 、特に遠位部を障害することが報告されており、そのために生じた軸索変性※4 が予後不良に関わっている可能性が考えられます。
これらの結果から、抗GD1a抗体は予後不良と関連し、mEGOSと組み合わせることでより高率に予後不良症例を予測できることを見出しました。
現在ギラン・バレー症候群に対しては、より強力な新規治療の検討がすすめられています。そのような新規治療の適応を考慮する上で、本研究の成果は有用なものと考えられます。
(参考文献)
1)J Peripher Nerv Syst 2017;22:433-439.
2)Neurology 2011;76:968-975.

【用語解説】
※1 抗糖脂質抗体:神経組織の細胞膜表面にある糖脂質という分子の糖鎖の部分に結合する抗体。最近ギラン・バレー症候群などの患者血中に高率に陽性となることがわかり、診断マーカーおよび病気の原因として注目されている。細菌などの表面にも神経の糖脂質と似た糖鎖が存在し、感染時に細菌の糖鎖に対する免疫反応で産生された抗体が、神経のもつ糖脂質の糖鎖に結合して病気をおこすと考えられている。

※2 臨床的・電気生理学的サブタイプ:末梢神経線維は神経細胞の突起である軸索とそれを取り巻いて刺激が伝わりやすくするミエリン(髄鞘)からなる。ギラン・バレー症候群は、電気生理学的にミエリンを障害する脱髄型と、軸索を障害する軸索型に大別される。またギラン・バレー症候群の類縁疾患として、目の動きの障害と運動失調(ふらふらして歩けない等)をきたすフィッシャー症候群が知られる。日本では欧米と比べて軸索型の頻度とフィッシャー症候群の頻度が高いことがわかっている。

※3 ランビエ絞輪:神経線維は神経細胞自身の突起である軸索と、それを覆うミエリンからなるが、ミエリンとミエリンのつなぎ目があり、それをランビエ絞輪という。ランビエ絞輪が障害されると、神経伝導が効率よくできなくなる。

※4 軸索変性:神経細胞そのものの突起である軸索の変性。末梢神経が障害されたときに、神経細胞そのものの突起である軸索が強く障害され、さらに変性してしまうと、神経機能の回復が難しくなる。

【関連リンク】
医学部 医学科 客員教授 楠 進 (クスノキ ススム)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/567-kusunoki-susumu.html
医学部 医学科 講師 桑原 基 (クワハラ モトイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1779-kuwahara-motoi.html

近畿大学
https://www.kindai.ac.jp/

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