メカノケミカル反応で機能性水素材料を開発 -水素含有量増大と格子ひずみ導入で触媒活性を大幅に向上-

【概要】
理化学研究所(理研)開拓研究所小林固体化学研究室の小林玄器主任研究員、竹入史隆研究員(研究当時、現近畿大学理工学部理学科化学コース講師)、東京科学大学総合研究院元素戦略MDX研究センターの北野政明教授、量子科学技術研究開発機構の大和田謙二グループリーダー、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の森一広教授(茨城大学学術研究院応用理工学野教授)らの共同研究グループは、メカノケミカル反応[1]を用いることで、負の電荷を持つ水素"ヒドリド(H-)[2]"を多量に含む遷移金属酸水素化物[3]を開発し、触媒活性の大幅な向上に成功しました。
この結果は合成・機能・解析のいずれの観点からも興味深く、H-を含む機能性材料の新たな開発指針となる成果といえます。
今世紀初頭から、H-を含む酸化物(酸水素化物)の有用性に関する報告が増加しており、その代表例である水素化チタン酸バリウム(BaTiO3-xHx)は、触媒やイオニクス材料[4]としての応用が期待されています。そのH-量の上限(2種類以上の元素が溶け合うことができる限界の比率である固溶限界)は0.6(結晶の中で陰イオン全体でH-量は2割)程度にとどまっていました。
今回、共同研究グループは、メカノケミカル法を用い、同物質のH-固溶限界を1まで拡張することに成功しました。得られたBaTiO3-xHxはアンモニアを合成する触媒として従来の3倍を超える高い活性が得られました。また、本合成法では、従来法で得られた酸水素化物と比較して10倍もの格子ひずみ(結晶格子が歪むことで原子間の距離や角度が変化した状態)が存在し、それが高い活性に寄与していることも分かり、触媒活性の向上につながる新たな因子を捉えることができました。
本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版(7月1日付)に掲載されました。
【背景】
水素は最も身近な元素の一つですが、正の電荷を持つプロトン(H+)と負の電荷を持つヒドリド(H-)の両方の電荷を取り得るなど、他の元素にはないユニークな特徴を持っています。小林主任研究員らのグループは、電池材料の研究を通し、H-が価数、サイズ、柔らかさ(分極率)などの観点から、高速拡散に適したイオン種であること、H-の強力な還元力が物質変換や高エネルギー密度の電池に応用できる可能性があることに早くから着目し、H-を含む機能性材料の開発に取り組んできました。
今回研究対象とした水素化チタン酸バリウム(BaTiO3-xHx)は、2012年にイオン交換反応によって初めて合成が報告されたペロブスカイト型構造[5]を取る酸水素化物であり、そのH-と電子の混合導電性[6]や触媒機能[7]が注目を集める物質です。しかし、従来の合成法ではH-量の上限(固溶限界)は0.6程度で、結果として機能性材料としてのポテンシャルも十分には発揮されていませんでした。小林主任研究員らのグループは2021年に、機械的エネルギーを化学反応の駆動力としたメカノケミカル合成が遷移金属を含む酸水素化物の合成に適用できることを世界で初めて報告しました注1)。今回、共同研究グループは、同法を用いて得られたBaTiO3-xHxにおける水素固溶限界の調査、その触媒活性への影響、同法の生成物に特有な格子ひずみの実験的な観測に取り組みました。
注1)T. Uchimura, Genki Kobayashi, et al. Direct synthesis of barium titanium oxyhydride for use as a hydrogen permeable electrode. J. Mater. Chem. A, 9, 20371-20374 (2021). DOI: 10.1039/D1TA05783A
【研究手法と成果】
本研究ではまず、メカノケミカル法を用いて得られたBaTiO3-xHxにおける水素固溶量(H-量、すなわちBaTiO3-xHxのx)を調べました。その結果、最大でx=1の仕込み組成(BaTiO2H)まで不純物なくペロブスカイト構造が得られました。その生成物の詳細な結晶構造を調べるため、大強度陽子加速器施設(J-PARC)[8]物質・生命科学実験施設に設置された中性子回折装置「SPICA」で粉末中性子回折測定[9]を実施したところ、反応時に調整した原料比に基づく濃度のH-がペロブスカイト構造内に存在することが明らかとなりました。昇温ガス分析などの化学分析からも、それを支持する結果が得られています。
BaTiO3-xHxは既知物質ですが、従来のイオン交換反応による合成では、先に指摘した通り、H-量の上限(固溶限界)は低水準にとどまっていました。今回得られた結果は、その固溶限界を大幅に拡張したこととなります。その起源を考えるため、H-量を変化させた化学組成における第一原理計算[10]を実施し、その安定性を評価しました。その結果、今回得られたH-量の組成も熱力学的に十分に安定であり、適切なプロセスを選べば合成可能であることが示されました。また、さまざまなH-量のBaTiO3-xHxを合成し、その安定性を熱重量分析で調べたところ、x≥0.75の組成領域では、100°C前後から酸化反応、すなわち水素の脱離反応が起きることが分かりました。これらを総合すると、今回共同研究グループが高いH-濃度のBaTiO3-xHxの合成に成功した理由は、非加熱で化学反応が進行するメカノケミカル合成の特徴にあると考えられます。この知見は、今後のH-を含有する機能性材料の探索においても重要な指針となります。
続いて、メカノケミカル合成によって得られたBaTiO3-xHxのアンモニア合成触媒活性を評価しました。H-量が多い組成ほど高い触媒活性が観測され、x=1(BaTiO2H)では温度400°C、ガス圧力0.9メガパスカル(MPa、1MPaは100万パスカル)の条件において、最大34mmolg-1 h-1(1gで1時間当たり34mmolのアンモニアが発生)の活性が得られました(図1)。これは代表的な酸水素化物系触媒であるBaCeO3-xNyHz注2)に匹敵する、極めて高い値です。この結果は、H-の固溶限界拡張が触媒機能の向上に寄与したことを示しています。

また興味深いことに、合成法の違いによって同じH-量においても触媒活性が大きく異なる現象が見られました。具体的にはx=0.5(BaTiO2.5H0.5)において、メカノケミカル法で得られた生成物は従来のイオン交換法で得られたものと比較して、比表面積(単位質量当たりの表面積)が同程度であるにもかかわらず3倍ほど高い活性を示しました。そこで、大型放射光施設「SPring-8」[11]のビームラインBL22XUにおいて、両者の1粒子の状態を比較できる、ブラッグコヒーレントX線回折イメージング(Bragg-CDI)[12]実験を行い、試料の結晶内部の詳細な解析をしました(図2)。その結果、メカノケミカル反応の生成物には、イオン交換法で得られるものと比較して10倍もの格子ひずみが内包されること、また変位方向が逆向きに異なる滑り面(図2上段)の存在も示唆されました。触媒分野においては、合成法によって表面状態が異なれば活性が異なることは自明とされていますが、本結果は、表面のみならず、粒子内部まで有意な格子ひずみの差が観測されており、それが水素化触媒反応にどのように寄与するか、という点は今後の解明が待たれる興味深い知見です。

注2)M. Kitano, H. Hosono, et al. Low-Temperature Synthesis of Perovskite Oxynitride-Hydrides as Ammonia Synthesis Catalysts. J. Am. Chem. Soc., 141, 20344-20353 (2019). DOI: 10.1021/jacs.9b10726
【今後の期待】
本研究では、非加熱合成プロセスであるメカノケミカル法がヒドリド(H-)を含む機能性材料の合成に極めて強力な手法であることが明らかとなりました。今回は既知物質における水素固溶限界の拡張に取り組みましたが、今後は同法による全く新しいH-含有化合物、触媒はもちろん、小林固体化学研究室が得意とする電気化学デバイスにおける電極材料などの開拓が期待されます。
【論文情報】
<タイトル>
Mechanochemical Synthesis of H- Materials: Hydrogen-Rich Perovskite Oxyhydride with Lattice Strain as Ammonia Synthesis Catalyst
<著者名>
Fumitaka Takeiri, Norihiro Oshime, Shibghatullah Muhammady, Tasuku Uchimura, Hiroshi Yaguchi, Jun Haruyama, Akihiko Machida, Tetsu Watanuki, Takashi Saito, Kazuhiro Mori, Kenji Ohwada, Masaaki Kitano, and Genki Kobayashi
<雑誌>
Journal of the American Chemical Society
<DOI>
10.1021/jacs.5c04467
【補足説明】
[1]メカノケミカル反応
硬質容器に硬質ボールと粉末試料を入れ、容器を高速回転させることで反応させる合成方法。試料が容器やボールと衝突した際に発生する機械的エネルギーが反応の駆動力となる。
[2]ヒドリド(H-)
水素原子が電子を一つ受け取り、アニオン(陰イオン)となった状態。ヘリウムと同じ電子配置を取り1s軌道内を二つの電子が占有する。むき出しの原子核が点電荷として振る舞うH+と比較してH-のイオン半径は大きく、多くの化合物中では酸化物イオン(O2-)と同程度の大きさとなる。
[3]酸水素化物
セラミックスの代表例である酸化物における酸化物イオン(O2-)の一部をヒドリド(H-)で置換した化合物。複数のアニオン種から構成される無機固体化合物である「複合アニオン化合物」の一種。
[4]イオニクス材料
イオンの拡散によって機能を発現する物質。特に固体内のイオン拡散を扱うものは固体イオニクス材料と呼ばれ、二次電池や燃料電池といったエネルギー変換デバイスの構成部材(電極、固体電解質など)として研究開発が盛んに行われている。
[5]ペロブスカイト型構造
ペロブスカイト型構造は、イオン結晶が取り得る代表的な結晶構造の一つで、一般式ABX3(A=比較的大きな陽イオン、B=比較的小さな陽イオン、X=陰イオン)で表される。誘電体、高温超伝導、太陽電池、イオン導電など多岐に渡る機能を持ち、「機能の宝庫」と称される。
[6]混合導電性
イオンと電子(またはホール)の両方が電気伝導を担う特性。そのような特性を示す材料は電池や燃料電池における電極材料として用いられる。
[7]触媒機能
化学反応における反応速度や選択性を向上させる機能。反応中、触媒は変化し続けるが、消費・再生を繰り返し、反応の前後で正味の増減はない。
[8]大強度陽子加速器施設(J-PARC)
高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオンおよび中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっている。
[9]中性子回折測定
中性子線の回折を利用して物質の結晶構造や磁気構造を調べる測定。X線回折ではX線が外殻電子によって散乱するのに対し、中性子回折では、原子核が散乱に関与する。このため、X線では検出しにくい水素やリチウムなどの軽元素の情報を得るのに適している。ヒドリド含有化合物の研究では、結晶中のH-の位置と濃度を決定するためにJ-PARCでの中性子回折測定が必要不可欠である。
[10]第一原理計算
実験結果を必要とせず、原子の種類と配列を用いて量子力学に基づいて物質の電子状態を計算し、その特徴や性質を導き出す手法。
[11]大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県播磨科学公園都市に位置する、世界最高水準の性能を誇る放射光施設である。理化学研究所が運営し、利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が担当している。SPring-8(スプリングエイト)の名称は「Super Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)」に由来する。放射光とは、電子を光に近い速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた際に発生する、非常に強力で指向性の高い電磁波である。この放射光を活用し、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、さらには産業応用に至るまで、幅広い分野の研究が行われている。
[12]ブラッグコヒーレントX線回折イメージング(Bragg-CDI)
数十ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)から数マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度の微結晶粒子の内部を非破壊で三次元的に顕微可視化できる計測技術。波面がきれいにそろったX線である「コヒーレントX線」を用いたイメージング手法の一種である。結晶特有の「ブラッグ回折現象――規則正しく並んだ原子の間でX線が反射し、特定の方向に強く集まる現象」を利用するため、原子の並び方に敏感であり、密度の違いをイメージングする方法では識別困難な結晶内部のひずみや欠陥などを可視化できる。今回の研究では、ビームラインBL22XUに量子科学技術研究開発機構が保有する専用装置を用いて測定を行った。
【共同研究グループ】
理化学研究所 開拓研究所 小林固体化学研究室 主任研究員 小林玄器 (コバヤシゲンキ)
研究員(研究当時)竹入史隆(タケイリフミタカ)(現 近畿大学 理工学部 理学科化学コース 講師)
研究員 春山潤(ハルヤマジュン)
研究員 ムハマディー・シブガテゥラー(MUHAMMADY Shibghatullah)
基礎科学特別研究員 矢口寛(ヤグチヒロシ)
研修生(研究当時) 内村佑(ウチムラタスク)(分子科学研究所/総合研究大学院大学 博士課程学生(研究当時))
東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 教授 北野政明(キタノマサアキ)
量子科学技術研究開発機構 関西光量子科学研究所 放射光科学研究センター グループリーダー 大和田謙二(オオワダケンジ)
主任研究員 押目典宏(オシメノリヒロ)
上席研究員 町田晃彦(マチダアキヒコ)
センター長 綿貫徹(ワタヌキテツ)
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授 森一広(モリカズヒロ)(茨城大学 学術研究院 応用理工学野 教授、同大学院 理工学研究科 量子線科学専攻 教授)
特別准教授 齊藤高志(サイトウタカシ)
【研究支援】
本研究は、主に、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR213H、JPMJFR203A)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「イオン流の非平衡性と集団運動の理解による材料デザイン変革(JP24H02204、JP24H02205)」「1000テスラ超強磁場による化学的カタストロフィー(JP23H04859、JP23H04860)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「ハイドロジェノミクス(JP18H05516、JP18H05518)」、量子科学技術研究開発機構(QST)マテリアル先端リサーチインフラ(JPMXP1223QS0024)の助成を受けて行われました。また、本研究に関連する物質合成、装置開発、解析手法開発の一部は、以下の科学研究費助成事業の支援を受けて行われました(JP19H05625、JP19H05819、JP20H02828、JP21H00019、JP22H01976、JP22H04514、JP22K18909、JP22K14755、JP23K23244、JP24K17616、JP24H00390、JP25K01885、JP25K01684)。中性子回折実験は高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所中性子共同利用S型課題(2019S10、2024S10)で、放射光X線回折実験およびBragg-CDI測定はSPring-8実験課題(2021B1785、2023A3788)で実施しました。
【関連リンク】
理工学部 理学科 講師 竹入史隆 (タケイリフミタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/3077-takeiri-fumitaka.html