HPVワクチンの「副反応」に関する論文の欠陥をイラストで解説 ワクチン接種について正しい理解を促す
近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)産科婦人科学教室助教 城玲央奈と、同微生物学教室主任教授 角田郁生は、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの「副反応」の根拠とされてきた2種類の説に関する論文について、科学的欠陥をわかりやすくイラストで解説する特集論文を発表しました。
研究チームは、これまで国際専門誌や学会でHPVワクチンの有効性と安全性に関する発表を行ってきましたが、専門的な内容であるため、まだ一般の方の理解が十分ではない状況でした。イラスト解説により、HPVワクチン接種について専門家や医療者だけでなく一般の方にも啓発でき、現在実施されている「キャッチアップ接種」の促進につながることが期待できます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)8月19日(月)に、ウイルス・ワクチン分野で歴史・権威のある日本ウイルス学会の学会誌「ウイルス」に掲載されました。
【本件のポイント】
●HPVワクチン接種が危険であるとする2種類の仮説について、免疫学の観点から誤りを指摘
●HPVワクチンの「副反応」に関する論文の科学的欠陥を、イラスト及び日本語で一般の方にもわかりやすく解説
●本研究により、一般の方に対するHPVワクチンの正しい理解の啓発を目指す
【本件の背景】
子宮頸がんは、性交渉などによりヒトパピローマウイルス(HPV)に感染することで発症し、日本では年間約3,000人が子宮頸がんにより死亡しています。HPVは、子宮頸がん以外にも、外陰がん、陰茎がん、肛門がん、中咽頭がんなどのHPV関連がんを引き起こす要因となっていますが、ワクチンによりウイルスの感染を防げば、がんを予防することが可能です。
HPVワクチンは世界的には普及しており、現在120カ国以上で予防接種が実施され、カナダ、イギリス、オーストラリアなどでは80%以上の女性が接種しています。一方、日本では平成25年(2013年)に予防接種を開始した後、接種によって重篤な神経症状を含む「多様な症状」が副反応として起こると話題になったため、接種率が対象者の1%に満たない状態が続いていました。その後、HPVワクチン接種の有無で「副反応」の発症頻度に差がないことが報告され、男性にも同様の「副反応」が現れていることが示されたにも関わらず、現在進行中のHPVワクチンの薬害訴訟も影響して世間一般にワクチンの不安は払拭されておらず、接種率は伸び悩んでいます。
現在、HPVワクチン接種が勧奨されていなかった期間に、定期接種の時期が過ぎてしまった方の接種機会を確保するため、従来の対象年齢を超えて接種を行う「キャッチアップ接種」が令和7年(2025年)3月まで予定されています。15歳以降に初回接種を受ける場合、接種は原則3回必要で、未接種の場合は令和6年(2024年)9月頃に接種を開始しなければ、無料期間内に3回完了することが困難なため、早急なワクチンへの理解啓蒙が必要です。
【本件の内容】
HPVワクチンの薬害訴訟では、HPVワクチン接種後に「副反応」がおこる根拠として複数の論文が使用されていますが、専門性の高さから、これまで論文内容の信頼性について評価されていませんでした。
HPVワクチンは、ウイルスに含まれるL1という名前のタンパク質が主成分です。これまで、L1と、ヒトの脳などにあるタンパク質が分子レベルで類似しているため、HPVワクチンを接種してできたL1に対する抗体はヒトの脳などにも結合して器官の障害が生じる、というコンピュータによる研究結果が「分子相同性仮説」として報告され、「副反応」の根拠とされてきました。しかし、本研究チームは、この仮説が免疫学の基本原理から検討すると破綻しており、また、実際にL1に対する抗体がヒトの器官に結合するという証拠はないことを先行研究において明らかにしました。
また、HPVワクチンをマウスに接種すると神経系の障害が起こるという論文もありますが、これらの論文は研究手法などに問題があることから、論文の掲載雑誌から掲載を撤回されています。
研究チームは、こうした内容をウイルス学や医療関係の専門家だけでなく、一般の方にも正しく理解いただくため、今回の特集論文内で豊富なイラストによりわかりやすく解説しました。
【論文概要】
掲載誌:日本ウイルス学会の学会誌「ウイルス」
論文名:
HPV ワクチンの接種率向上のために:"副反応"「分子相同性仮説」と「動物モデル」の科学的欠陥
(HPV vaccinations and cervical cancer in Japan: Flaws in alleged experimental evidence for molecular mimicry and animal models of HPV vaccine-induced "adverse reactions")
著者 :城玲央奈1、角田郁生2
所属 :1 近畿大学医学部産科婦人科学教室、2 近畿大学医学部微生物学教室
【論文の詳細】
(1)HPVウイルス粒子とHPVワクチンの違い
HPVのウイルス粒子はL1、L2という2つのタンパク質が正二十面体の形をつくり、その中にウイルスの遺伝子であるDNAが含まれています。L1タンパク質がヒトの細胞に結合することでウイルスはヒトに感染し、さらにウイルスDNAを複製することで、ヒト体内で増殖します。一方、HPVワクチンは、L1タンパク質のみから構成されており外観はウイルスに似ているため、ウイルス様粒子と呼ばれますが、L2タンパク質とウイルスDNAが含まれていないので、ヒトに感染して増殖することはなく安全です。ウイルスの一部分であるL1タンパク質のみを含むので、このようなワクチンを「成分ワクチン」と言います。HPVワクチンの接種により、L1タンパク質に対する抗体が体内でつくられ、この抗体がHPV表面のL1タンパク質に結合するため、ウイルスはヒトの細胞に結合することができなくなり、感染を防ぐことができます。
(2)HPVワクチン「分子相同性仮説」の誤り
「分子相同性」とは、ウイルスとヒトの細胞・組織を構成する分子が似ている(相同性)ことを表します。「分子相同性」がある場合は、ウイルスに対して作られた抗体が、そのウイルスに結合するだけでなくヒトの細胞にも結合し(交差反応)、結合した細胞を傷害してしまう可能性があります。実際に分子相同性で神経障害が起こる例として、カンピロバクターの感染により生じるギラン・バレー症候群が知られていますが、「分子相同性」による障害は極めてまれです。実際にHPVワクチンを接種した人の血液中に、HPV L1タンパク質とヒトのタンパク質の両方に結合する交差反応を示す抗体が見つかったことはありません。
HPVに分子相同性があると報告した先行研究では、HPVのL1タンパク質とヒトのタンパク質のアミノ酸配列をコンピュータ上で比較し、共通配列を「発見」しました。そのため、HPVはヒトのタンパク質と「分子相同性」があり、HPVワクチン接種により交差反応を起こす抗体が作られ、ヒト細胞の障害は避けられないと結論付けています。
しかし、本研究チームは、先行研究で「発見」されたアミノ酸の共通配列は、抗体が結合することができる抗原の、ほんの一部分に過ぎないことを指摘しました。たとえば、抗体が結合できる抗原のアミノ酸の全長が15個の長さであった場合に、先行研究では、そのなかの7個のアミノ酸がHPVとヒトのタンパク質の間で共通配列であったと「発見」しています。しかし、抗体が抗原に結合する場合は、15個すべてのアミノ酸が共通配列である必要があり、一部分が共通配列であっても、抗体は抗原に結合できません。また抗原の一部分のみが共通である場合、「分子相同性」と呼ぶことは免疫学の基礎知識から誤りと指摘できます。
(3)HPVワクチン副反応「マウス再現実験」の誤り
ワクチン「副反応」の根拠として動物実験の論文は2つあり、いずれの論文もHPVワクチンをマウスに注射して、それによってマウスの脳に異常が見られたと報告しています。ところが、論文では、(1)ワクチンの他に百日咳毒素もマウスに投与されている、(2)マウスの血中のHPV L1抗体の濃度と神経障害の関連がない、(3)脳障害の証拠として示された顕微鏡写真がマウス一匹からのデータしか示されていないなど、実験方法やデータ提示方法に誤りが複数ありました。2つの論文とも、一度は国際科学誌に掲載されたものの、同科学誌によって論文の掲載が撤回されており、このことからも論文の信頼性が欠けることは明らかです。
【研究代表者コメント】
角田郁生(つのだいくお)
所属 :近畿大学医学部微生物学教室
職位 :主任教授
学位 :博士(医学)
コメント:HPVによる子宮頸がんは10代から発症することがあり、また中咽頭がんの原因としても知られ、米国では男性の中咽頭がんは子宮頸がんの患者数を上回ります。HPVは、性行為で感染しますので、ワクチン接種は自分とパートナーの両方をがんから守ります。また、HPVはヒトにしか感染できないウイルスなので、世界の全ての男女にワクチンが接種されれば、(やがては種痘で天然痘ウイルスが地上から根絶されたように)、HPVも地上から根絶できると考えています。
【関連リンク】
医学部 医学科 教授 角田郁生(ツノダイクオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1503-tsunoda-ikuo.html