新しい「核分裂」の発見!99番元素アインスタイニウムが導く元素の世界 ―超重元素の存在限界と宇宙での元素合成の理解へ―

2025-05-15 15:00

【発表のポイント】
●ウランなどの核分裂は、原子核の内部構造のため、大小質量の異なる2つの核分裂片に分裂する非対称核分裂をします。一方で、原子核の励起エネルギーが増加すると、内部構造が弱まり、ほぼ同じ質量の2つの原子核に分裂する対称核分裂になることがわかっています。
●超重元素など極限領域の核分裂を理解するためには、より質量数の大きな原子核を詳細に調べる必要があります。
●本研究では、人類が利用できる最も重い元素であるアインスタイニウムの同位体(254Es、原子番号99)を用いました。254Esからメンデレビウムの同位体(258Md、原子番号101)を生成し、この原子核の核分裂を調べたところ、励起エネルギーの増加によって非対称核分裂が増えることを観測しました。この現象は、従来の核分裂研究からは説明できない発見です。
●この新たな核分裂は、超重元素や、宇宙で作られる原子核の核分裂の特徴をとらえたものです。この現象を追求することで元素の存在限界や宇宙での元素合成の理解が進むと期待されます。

【概要】
原子核の核分裂は、原子力エネルギー利用を支える基本的な現象であり、また基礎科学においては超重元素の存在限界を決め、天体において、鉄より重い元素が作られる核反応過程に影響を与えるなど、重要な現象です。そのため、核分裂は原子力エネルギー利用と科学的重要性から80年以上研究されています。
原子核を「電荷を帯びた液滴」と考える古典モデル(液滴模型)では、核分裂によって2つの等しい質量の核分裂片が生成します。一方、原子核の中では、中性子や陽子の運動に由来する殻構造のため、原子核は大小2つの質量の異なる核分裂片に分裂する経路(モード※1)が発達していることがウラン(236U)などで知られています。ところが、原子核に励起エネルギー(原子核の温度)を与えると、殻構造が消滅して非対称核分裂モードが消え、古典モデルのように振舞い、2つの等しい質量の核分裂片ができます。
本研究では、人類が利用できる最も重い元素であるアインスタイニウム※2(254Es、原子番号99)を用いた核反応でメンデレビウム※3(258Md、原子番号101)を生成し、この核分裂を調べました。258Mdは、254Esより重い元素で、かつ多くの中性子を持った原子核(中性子過剰核)です。258Mdは、254Esを標的とし、タンデム加速器※4 から得られる高エネルギーのヘリウム(4He)ビームを254Esに照射して生成しました。実験では生成された258Mdからの2つの核分裂片の質量数と運動エネルギーを決定しました。実験の結果、図1に示すように258Mdの励起エネルギーを15MeVから18MeVに上げると、大小2つの核分裂片を生み出す非対称核分裂モードが増加することを発見しました。この発見は、従来のウランなどの核分裂の常識と異なる結果です。この現象は、超重元素や中性子過剰核の核分裂の特徴をとらえたものです。この現象を追求することで、元素の存在限界や、宇宙で元素が生成される仕組みの理解が深まると期待されます。

図1 核分裂片の質量数と運動エネルギー面におけるメンデレビウム核分裂片の分布。核分裂片が持てる最大の運動エネルギーも示す。

本研究は国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範、以下「原子力機構」)の西尾勝久研究フェロー、廣瀬健太郎研究副主幹、塚田和明研究主席(現・東北大学)、岡田和記特定課題推進員、近畿大学の有友嘉浩教授、東北大学の岩佐直仁准教授、九州大学の坂口聡志教授 他による成果です。
本成果は、アメリカ物理学会の国際学術誌「Physical Review C」のオンライン公開版(4月21日(現地時間))に掲載されております。

【これまでの背景・経緯】
いくつかの原子核の自発核分裂※5 の観測から、核分裂片の質量数に対する収率分布が調べられており、分布の形状は図2のような傾向を示します。自発核分裂とは、励起エネルギーがゼロの状態からの核分裂で、原子核の殻構造が顕著に現れます。図2の通り、原子核の質量数257を示す斜めの線の境界から質量数の違いによって核分裂の様子が大きく変わっています。よく知られているウランの核分裂は、青色に示した領域に相当し、非対称核分裂モードが支配的です。このモードは、バリウム原子核(144Ba等、原子番号56)に特徴のある「洋ナシ形」で安定する殻構造に由来すると考えられています。一方、赤色の領域に相当する重い元素かつ中性子の多い原子核では、対称核分裂モードが支配的になります。特に、フェルミウム(Fm、原子番号100)では、急激にシャープな対称核分裂に遷移しています。これはスズ原子核(132Sn、原子番号50)の安定な「球形」殻構造を持つ核分裂片が同時に2つ生み出されるためです。さらに原子番号が大きく、中性子が多い領域に超重元素が存在し、また、中性子数が多い領域は天体で作られる原子核です。これら極限の原子核の核分裂を理解するには、質量数が257を超えた原子核を調べる必要があります。

図2 自発核分裂で観測された核分裂片の質量数分布の形状を核種ごとに示したもの。山が1つのものは対称分裂を示し、山が2つあるものは非対称分裂を示す。ちぎれた瞬間の核分裂片の形も示す。

【今回の成果】
図に示すこの境界を超えるため、人類が利用できる元素で最も原子番号が大きく、中性子を多く含む254Esを標的とした反応で258Mdを生成しました。質量数が257以上の領域では励起状態の原子核からの詳細な核分裂観測はなく、その振る舞いは未知でした。本研究は、まさにその未知の領域に新たなデータを与えたものです。
実験は、原子力機構のタンデム加速器を用いて実施しました。この施設は、放射性同位体(RI)標的や核燃料標的にイオンビームを照射できる、世界的にも稀有な施設であり、254Es標的もここでしか利用することができません。また、タンデム加速器のビームは高品質で直径1㎜程度の細いビームで標的試料を照射できるので、ごく僅かな面積の標的の利用に最適です。原子力機構では、これまでに多くの核分裂測定技術を開発し、化学分離による高純度試料の作成や、重イオン照射用のRI薄膜標的を作製する技術を蓄積してきました。タンデム加速器のイオンビームとこれらの技術を統合することで、初めて本実験が実現しました。
核分裂の特徴が最も現れる観測量として、核分裂片の質量数分布および核分裂片の運動エネルギー分布を取得しました。このための実験装置を図3に示します。タンデム加速器から供給される4Heビームを、254Es薄膜標的に照射しました。ここで使用した254Esの量は、わずか10ナノグラム(1グラムの1億分の1の重さ)です。それでも、254Esの半減期は275日と短いため、約1MBqの高い放射線量でα崩壊が起こります。核分裂が起こると、2つの核分裂片は、ほぼ反対方向に放出されます。実験では、それぞれの核分裂片の速度(V1とV2)を同時に測定することで、分裂片の質量数と運動エネルギーを決定しました。速度Vの測定用に、スタート検出器としてマイクロチャンネルプレート検出器(MCP)、ストップ検出器として、多芯線比例計数管(MWPC)を開発しました。これらの検出器は、254Esからの強烈なα線にも耐えられるものとしました。図3に示すように、対面する検出器のセットで同時計測を行い、核分裂片がスタート・ストップ検出器を通過する飛行時間から速度Vを測定しました。

図3 核分裂測定の検出器配置

図4は、258Mdの核分裂片質量数分布で、図1のデータから得られたものです。図4の上と下が、それぞれ励起エネルギー15MeVと18MeVです。図1の結果も合わせて解析した結果、分布は3つの核分裂モード、すなわち1つの非対称核分裂モードと、2つの対称核分裂モードが存在することがわかりました。後者は、全運動エネルギーの違いで区別でき、エネルギーの高い方が132Snの影響を受け、低い方は古典的な液滴な振る舞いと解釈できます。図から、励起エネルギーを15MeVから18MeVに上げると、非対称モードが増えることがわかります。
さらに本研究では、原子力機構のスーパーコンピュータを用いて実験と同じ条件で258Mdの核分裂をシミュレーションしました。258Md原子核の形状が時間とともに伸びるように変形し、最後に分裂するまでの過程を追跡するもので(動力学模型※6)、従来にない高い精度で原子核の形状を取り扱えるように、プログラムを改良しました。この大規模計算でも、実験で観測した非対称モードの核分裂を再現できることを確認しました。
図2に示した傾向から推測すると、258Mdの励起エネルギーをさらに下げれば、132Snの殻構造の影響によってさらに対称核分裂が顕著になると予測できます。今回の傾向は、励起によって132Snの構造が失われ、非対称性を生む144Baの構造のほうが優位になったと解釈できます。一方、あまり励起エネルギーを上げすぎると、144Baの構造も失われ、液滴モデル的な核分裂が支配すると予測されます。

図4 核分裂片の質量数分布

【まとめ・今後の展望】
究極の標的試料といえるアインスタイニウムの同位体254Esを用いて258Mdの核分裂を調べたところ、ウランやプルトニウムと違い、励起エネルギーを上げると非対称核分裂モードが成長するという、これまでの核分裂の理解を超えた結果が得られました。この現象は、より重い元素や、中性子数の多い原子核の特徴をとらえていると考えられます。今後、元素の存在限界や、天体でウランや金が生成される過程を理解する上で重要な知見を与えました。励起エネルギーが上がると非対称核分裂モードが成長するという現象は、本研究の理論計算でその傾向が再現されていますが、今後、原子核の動きを詳細に見ることで、この現象を深く理解したいと考えています。

【論文情報】
雑誌名 :Physical Review C
タイトル:Competition between mass-symmetric and asymmetric fission modes
     in 258Md produced in the 4He+254Es reaction
著者名 :K. Nishio, K. Hirose, K. Tsukada, K. Okada, Y. Aritomo, N. Iwasa, S. Sakaguchi 他26名
所属  :日本原子力研究開発機構、近畿大学、東北大学、九州大学 他

【用語の説明】
※1 核分裂のモード
核分裂は原子核全体が持つポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)の極小値、すなわち谷間を転がるように進みます。この道筋(経路)をモードと呼びます。原子核の内部構造に起因してポテンシャル曲面は複雑で、モードは複数個存在すると考えられており、これを明らかにするのが核分裂研究の課題のひとつとなっています。下の図は低い励起エネルギーでのポテンシャル曲面の例で、左は質量数が257以下の原子核に現れる非対称モード、右が258以上に見られる対称核分裂モードを表しています(Y. Miyamato他, Phys. Rev. C 99, 051601(R)(2019)から引用)。

図5 原子核のポテンシャルエネルギーと核分裂モード

※2 アインスタイニウム
著名な物理学者であるアルベルト・アインシュタインの名前に由来する99番目の元素であり、原子炉の中で生成されます。本研究で使用した254Esは、核反応実験に使う標的として最も原子番号が大きく、かつ中性子数の多い同位体です。254Esは米国オークリッジ国立研究所(ORNL)にあるHigh Flux Isotope Reactorにおいて、日米協力によって本研究用に特別に作られました。
※3 メンデレビウム
元素の周期表を発見したドミトリ・メンデレーエフの名前に由来する101番目の元素であり、加速器からのイオンビームを用いた核反応によってのみ合成することができます。
※4 タンデム加速器
静電型加速器であり、ターミナル部分の高電圧を利用して、イオンを加速します。原子力機構のタンデム加速器(図6)はターミナル電圧2,000万ボルトと、世界で最大の電圧を発生することができます。
※5 自発核分裂
基底状態にある原子核は、励起エネルギーを与えなくても自発的に核分裂することがあり、これを自発核分裂と言います。超重元素の存在限界は、自発核分裂に対する安定性で決まります。
※6 動力学模型
原子核の形を時間とともに追跡して核分裂を記述するものです。ここで、原子核の形をいくつかのパラメータを使って表現しますが、パラメータの数を増やすことでより正確な記述ができます。本研究では、世界で初めての試みとなる6つのパラメータでの計算(6次元計算)を実現し、世界で最も高い精度の計算を行いました。このため、原子力機構のスーパーコンピュータを使ってシミュレーションを行いました。

図6 原子力機構タンデム加速器の原理(左)と施設外観の写真(右)

【関連リンク】
理工学部 エネルギー物質学科 教授 有友嘉浩(アリトモヨシヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1376-aritomo-yoshihiro.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/

NC動画生成サービス
Copyright 2006- SOCIALWIRE CO.,LTD. All rights reserved.