日本人初、世界的な肝細胞がん治療の包括的戦略提言を主導 生活環境・習慣の改善で約60%の患者が予防可能と予測

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(消化器内科部門)主任教授 工藤正俊は、世界各国の著名な研究者・医師らとともに、世界規模で肝細胞がんの対策を検討する「Lancet Commission on Liver Cancer(ランセット肝がん委員会)」を発足させ、日本人として初めて議長を務めました。委員会において中心的役割を務め、肝細胞がんに関する知見をまとめて、今後に向けた対策の立案、国際的な生活環境の差異の是正に向けた提言などを主導しました。
その中で、肝細胞がんは遺伝よりも生活環境や生活習慣、感染症などが原因で発症することが多いため、予防できる可能性が高く、特にアルコールをはじめとする非ウイルス性の因子を制御することで、少なくとも60%の患者が予防可能であることを示しました。また、B型肝炎、非アルコール性脂肪性肝疾患、環境汚染なども原因となり得るため、国や地域・性別・所得格差に応じた政策も必要であると提言しました。委員会は、こうした対策を進めることで、肝がんの新規症例を今後25年間で880万~1,730万件予防し、770万~1,510万人の命を救うことができると推測しています。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)7月29日(火)AM7:30(日本時間)に、世界五大医学雑誌の一つである"The Lancet(ザ ランセット)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●世界五大医学雑誌の一つである"The Lancet"の依頼を受けて、医学部主任教授 工藤正俊が日本人で初めて議長を務める国際委員会を発足させ、肝がん治療に関する提言を主導
●世界を代表する肝がんの専門家たちによる7年の議論を経て、各国の医療現場や政策の改善を提言
●委員会の提言する対策を推進することで、今後25年間で770万~1,510万人の肝がん患者を救うことができると推測
【本件の背景】
肝がんは世界で6番目に多い悪性腫瘍であり、がん関連死因の第3位です。肝がんの約80%を占める肝細胞がんは、早期段階では無症状のことが多く、発症に気付いた時には病状が進行しているため有効な治療が限られてしまい、極めて生存率が低いことが知られています。B型肝炎など肝臓関連の疾患のほか、アルコールやタバコ、肥満といったさまざまな因子も肝細胞がんを引き起こすことがわかっていますが、生活習慣の改善により予防することが可能です。しかし、特に低所得の国においては肝細胞がんの予防や治療が十分に進んでいないケースが多く、具体的な治療法の開発のほかに、政策等にも言及するような包括的戦略提言が求められています。
世界五大医学雑誌の一つである"The Lancet"は、学術機関や世界各国の第一線の専門家と連携し、科学・医学・グローバルヘルスにおける最も喫緊の課題を特定し、その課題に対する戦略的提言を取りまとめる「Lancet Commission(専門家会議)」を組織しています。委員会は、提言内容を論文として発表することで各国の医療政策の変革や医療現場の改善をめざしており、提言はしばしば世界保健機関(WHO)の政策にも反映されています。平成30年(2018年)、肝細胞がんの課題解決に取り組むために、"The Lancet"により肝細胞がんに関する委員会が設立されました。
【本件の内容】
近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)主任教授 工藤正俊は、"The Lancet"より依頼を受け、中国の復旦大学附属中山医院 教授Jia Fanらとともに、「Lancet Commission on Liver Cancer(ランセット肝がん委員会)」の組織構築および提言論文の執筆を担いました。委員会には、世界を代表する肝がんの専門家を招集し、平成30年(2018年)から7年の歳月をかけて継続的な議論を重ねてきました。
議論の結果として委員会は、肝細胞がんの原因となるウイルス肝炎や代謝性肝疾患への対策を講じるほか、アルコール摂取・肥満といった生活習慣も原因となることを啓蒙し、社会全体のヘルスリテラシーを向上させる必要性を述べています。また、肝細胞がんは早期発見することで治療の選択肢も増えることから、定期的な画像・血液検査が重要であるとも提言しました。こうした予防や疾患治療対策は国による格差も大きく、世界的に肝細胞がん撲滅を図るためには、国や地域・性別・所得格差に応じた政策も必要であるとしています。こうした対策を進めることで、肝がんの新規症例を今後25年間で880万~1,730万件予防し、770万~1,510万人の命を救うことができると推測しています。
なお、令和7年(2025年)時点でLancet Commissionによる論文が計102本発表されていますが、日本人が議長および責任著者として委員会を主導し、提言論文を発表したのは今回が初めてとなります。
【論文掲載】
掲載誌:The Lancet(インパクトファクター:88.5@2025)
論文名:The Lancet Commission on addressing the global hepatocellular carcinoma burden:
comprehensive strategies from prevention to treatment
(ランセット委員会による世界的な肝細胞がん負担への対策:
予防から治療に至るまでの包括的戦略)
DOI :10.1016/S0140-6736(25)01042-6
URL :https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2825%2901042-6/fulltext
著者 :Stephen Lam Chan1*、Hui-Chuan Sun2*、Yang Xu2*、Hongmei Zeng3
Hashem B El-Serag4、Jeong Min Lee5、Myron E Schwartz6、Richard S Finn7、
Jinsil Seong8、Xin Wei Wang9,10、Valerie Paradis11、Ghassan K Abou-Alfa12,13,14、
Lorenza Rimassa15,16、Jia-Horng Kao17、Bo-Heng Zhang2、Josep M Llovet18,19,20、
Jordi Bruix21、Terry Cheuk-Fung Yip22、Vincent Wai-Sun. Wong22、
Grace Lai-Hung Wong22、Landon L Chan1、Man-Qi Liu3、Qiang Gao2、Feng Shen23、
Robin Kate Kelley24、Ann-Lii Cheng25、黒崎雅之26、豊田秀徳27、Wei-Xia Chen28、
村上卓道29、Ping Liang30、Jessica Zucman-Rossi31,32、南康範33、宮山士朗34、
Kui Wang23、Kwan Man35、長谷川潔34、Qiu Li37、土谷薫38、Li Xu39、
Valerie Chew40、Pierce Chow41,42、Yujin Hoshida43、Amaia Lujambio44,45,46,47、
Irene Oi-Lin Ng48,49、坂元亨宇50、Young Nyun Park51、Thomas Yau52、
工藤正俊33**、Jia Fan2**、Jian Zhou2**
*共同筆頭著者、**責任著者
所属 :
1. Sir Yue-Kong Pao Centre for Cancer, The Hong Kong Cancer Institute, The Chinese University of Hong Kong(中国)
2. Zhongshan Hospital, Fudan University; Key Laboratory of Carcinogenesis and Cancer Invasion, Ministry of Education(中国)
3. National Cancer Center/ National Clinical Research Center for Cancer/Cancer Hospital, Chinese Academy of Medical Sciences and Peking Union Medical College(中国)
4. Department of Medicine, Baylor College of Medicine(米国)
5. Department of Radiology, Seoul National University College of Medicine(韓国)
6. Department of Surgery, Icahn School of Medicine at Mount Sinai(米国)
7. Department of Oncology, Geffen School of Medicine at UCLA(米国)
8. Department of Radiation Oncology, Yonsei Cancer Centre, Yonsei University College of Medicine(韓国)
9. Laboratory of Human Carcinogenesis, Centre for Cancer Research, National Cancer Institute(米国)
10. Liver Cancer Program, Centre for Cancer Research, National Cancer Institute(米国)
11. Department of Pathology, Beaujon Hospital, Public Assistance-Hospitals of Paris(フランス)
12. Memorial Sloan Kettering Cancer Center(米国)
13. Weill Cornell College at Cornell University(米国)
14. Trinity College Dublin(アイルランド)
15. Department of Biomedical Sciences, Humanitas University, Pieve Emanuele(イタリア)
16. Humanitas Cancer Center, IRCCS Humanitas Research Hospital(イタリア)
17. Hepatitis Research Centre, National Taiwan University College of Medicine and National Taiwan University Hospital(台湾)
18. Tisch Cancer Institute, Icahn School of Medicine at Mount Sinai(米国)
19. Translational Research in Hepatic Oncology, Liver Unit, IDIBAPS, Hospital Clinic, University of Barcelona(スペイン)
20. Institucio Catalana d'Estudis Avancats(ICREA)(スペイン)
21. BCLC Group, Hospital Clinic, University of Barcelona, IDIBAPS, CIBEREHD(スペイン)
22. Medical Data Analytics Centre, State Key Laboratory of Digestive Disease, Li Ka Shing Institute of Health Sciences, The Chinese University of Hong Kong(中国)
23. Department of Hepatic Surgery, Third Affiliated Hospital of Naval Medical University(中国)
24. Helen Diller Family Comprehensive Cancer Centre, University of California(米国)
25. National Taiwan University Cancer Centre, National Taiwan University Hospital(台湾)
26. 武蔵野赤十字病院(日本)
27. 大垣市民病院(日本)
28. Department of Radiology, West China Hospital, Sichuan University(中国)
29. 神戸大学大学院医学研究科 内科系講座放射線診断学分野(日本)
30. Department of Interventional Ultrasound, PLA Medical College & Fifth Medical Centre of Chinese PLA General Hospital(中国)
31. Centre de Recherche des Cordeliers, Sorbonne Universite, Inserm, USPC, Universite Paris Descartes, Universite Paris Diderot(フランス)
32. Hopital Europeen Georges Pompidou, Assistance Publique-Hopitaux de Paris(フランス)
33. 近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)(日本)
34. 福井県済生会病院放射線科(日本)
35. Department of Surgery, School of Clinical Medicine, LKS Faculty of Medicine, The University of Hong Kong(中国)
36. 東京大学大学院医学系研究科外科学専攻臓器病態外科学講座(日本)
37. Department of Medical Oncology, Cancer Center, West China Hospital, Sichuan University(中国)
38. 武蔵野赤十字病院消化器内科(日本)
39. Department of Liver Surgery, Sun Yat-sen University Cancer Center, State Key Laboratory of Oncology in South China(中国)
40. Translational Immunology Institute(TII), SingHealth-DukeNUS Academic Medical Centre(シンガポール)
41. Department of Hepatopancreatobiliary and Transplant Surgery, National Cancer Centre Singapore and Singapore General Hospital(シンガポール)
42. Surgery Academic Clinical Programme, Duke-NUS Medical School, National University of Singapore(シンガポール)
43. Division of Digestive and Liver Diseases, Department of Internal Medicine, University of Texas Southwestern Medical Centre(米国)
44. The Precision Immunology Institute, Icahn School of Medicine at Mount Sinai(米国)
45. Department of Oncological Sciences, Icahn School of Medicine at Mount Sinai(米国)
46. Liver Cancer Program, Division of Liver Diseases, Department of Medicine, Tisch Cancer Institute, Icahn School of Medicine at Mount Sinai(米国)
47. Graduate School of Biomedical Sciences at Icahn School of Medicine at Mount Sinai(米国)
48. Department of Pathology, The University of Hong Kong(中国)
49. State Key Laboratory of Liver Research, The University of Hong Kong(中国)
50. 国際医療福祉大学医学部(日本)
51. Department of Pathology, Graduate School of Medical Science , Brain Korea 21 Project , Yonsei University College of Medicine(韓国)
52. Centre of Cancer Medicine and Department of Medicine, The University of Hong Kong(中国)
【本件の詳細】
今回組織されたランセット肝がん委員会は、日本の肝がん診療が世界で最も優れていることを示しながら(日本の事例研究:肝細胞がんに対する包括的な国家的予防モデル)、世界各国の肝がんの予防・早期発見・診断・治療について詳細に報告しています。結論的には肝がん撲滅のためには、
①肝がんの危険因子の特定
②早期発見のためのスクリーニングシステムの確立
③そのための国家の経済的・保健医療のサポート
④一般人に対する啓蒙対策と、非肝臓専門医・開業医に対する啓蒙活動の重要性
⑤ウイルス肝炎治療に対する国家のサポート
⑥最近、急増している代謝性肝疾患からの肝発がんに対する対策
⑦肝がんに関連する学会と政府の保健当局(厚生労働省)、患者団体との緊密な連携
が重要であることを提言しました。
さらに委員会は、以下のような議論を展開し結論を導きました。
「肝細胞がんの増大する負担に対処するために、エビデンスに基づく将来予測と戦略的提言を我々は提示しました。委員会は、この活動を通じて、社会全体に対してこの深刻化する健康問題の重要性についての認識が高まることを期待しています。
提案している目標の一つは、各国における年齢調整罹患率(ASIR)の傾向に合わせたもので、ASIRが上昇している国では肝細胞がんの発症を2%削減し、ASIRがすでに減少傾向にある国では2~5%の削減をめざすべきとしました。この目標は現実的で達成可能ではあるものの、複数のレベルにわたる集中的で持続的、かつよく構造化された取り組みが必要です。他のがんと比較して、肝細胞がんにはより明確な危険因子(特に感染症、代謝性疾患、化学物質への曝露)があり、それによって特定の予防戦略を策定することが可能です。ウイルス性肝炎のようなよく知られたリスク因子に対しては、WHOの排除目標など、すでに国際的なガイドラインやイニシアチブが存在しますが、委員会は、肝細胞がんのリスク因子を制御するためには、より集中的で持続可能な取り組みが必要であると主張します。
この論文で委員会は、効果的な予防措置へのアクセスを制限している多数の未解決のニーズと障壁を特定しました。さらに、MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)などの新たに出現するリスク因子が、世界的にまだ対策が整っていない状況で症例数の増加を引き起こしており、新たな課題となっています。これらの問題に対して、委員会は肝細胞がんの全体像を把握し、予防戦略を改善するための新たな対策と研究を求めます。委員会は、この一連の取り組みが段階的に進行するものであり、政策立案者、医療提供者、国際的な専門団体、研究者、患者支援団体など、複数の関係者の関与が必要であることを認識しています。これらの関係者による共同の努力により、多くの肝細胞がんの発症を予防し、患者の生存率および生活の質(QOL)が大幅に向上すると私たち委員会メンバーは確信しています」
【研究者のコメント】
工藤正俊(クドウマサトシ)
所属 :近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)
職位 :主任教授
学位 :医学博士
コメント:このたび、医学誌"The Lancet"において肝細胞がんに関する「Lancet Commission on Liver Cancer(ランセット肝がん委員会)」の議長を拝命したことは、誠に光栄なことと思っています。
日本は肝細胞がんに対する先進的な取り組みにおいて世界をリードしており、早期発見・診断・治療成績において世界最高水準にあることは、国際的にも広く認識されています。今回の議長要請は、そうした日本の実績を背景に、日本の研究者を代表する立場として選出されたものと理解しております。もう一人の議長には、中国のJia Fan博士が選ばれました。中国は世界の肝がんによる死亡の約45%を占めており、予防・早期発見と治療の両面で大きな課題を抱えています。このように、対照的な背景をもつ両国の研究者が共同で本委員会を主導することには、大きな意義があると考えております。地球規模での肝がん制圧に向け、強いメッセージを発信する象徴的な構成とも言えるでしょう。
本委員会には、世界各国から肝細胞がんに関するあらゆる分野の第一線の専門家にご参画いただき、最終的に計9カ国、52施設51名の研究者が7年の歳月をかけて本提言を取りまとめました(なお、そのうち約3年間は新型コロナウイルス対応のため、活動を一時中断していました)。
今回の提言が"The Lancet"を通じて世界に発信されることにより、各国における肝細胞がんの予防が促進され、一人でも多くの方が早期発見・早期治療、さらには免疫療法をはじめとした先端医療の恩恵を受けられるようになることを、心より願っております。
【関連リンク】
医学部 医学科 医学部・病院統括副学長・教授 工藤正俊(クドウマサトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/569-kudou-masatoshi.html
医学部 医学科 医学部講師 南康範(ミナミヤスノリ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1525-minami-yasunori.html