二次元での量子シミュレーションの性能を検証する新手法を確立 量子シミュレータの開発に貢献する研究成果
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)理学科物理学コース研究員 金子 隆威と、准教授 段下 一平は、物理学で用いる高精度な数値計算手法「PEPS法」※1 と、量子の複雑な挙動を再現する量子シミュレーションという二つの方法で二次元空間において多数の量子の動きを調べ、この二つの手法の性能を相互検証しました。その結果、双方の信頼性が確認でき、さらに、PEPS法を用いてこれまで調べることができていなかった未開拓のパラメータ領域※2 において、量子情報の伝搬速度を算出することにも成功しました。
本研究成果は、二次元での量子シミュレーションの性能を検証する新たな手法を確立するもので、今後の量子シミュレータ開発に貢献できると期待されます。また、量子情報伝搬の基礎理論構築にも役立ちます。なお、本研究は科学技術振興機構(JST)などの助成を受けて実施されました。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)3月21日(月)19:00(日本時間)に、物理科学分野の国際的な学術雑誌"Communications Physics"に掲載されました。
【本件のポイント】
●二次元空間における量子情報の伝搬に関して、PEPS法と量子シミュレータの性能を相互検証し、双方の信頼性を確認
●PEPS法を用いて、これまで調べることができていなかった未開拓のパラメータ領域について、量子情報の伝搬速度を算出することに成功
●本研究成果は、量子シミュレーションに対する新たな性能検証手法となり、今後の量子シミュレータ開発に幅広く貢献できると期待
【本件の背景】
量子とは、電子や原子、エネルギー量子などに代表される、非常に小さな粒子やエネルギーの単位です。これらは、ナノメートル(1メートルの10億分の1)以下のサイズであり、マクロなサイズを持つ一般の物体が従う物理法則とは異なる法則である「量子力学」に沿って運動しています。金属や半導体のなかの電子のように、量子力学に従う小さな粒子が数多く集まってできている物体は「量子多体系」と呼ばれ、身の回りに多く存在しています。金属や半導体を用いて作られているパソコンや携帯電話などの電子機器をさらに発展させるためにも、量子多体系の性質を正確に理解することが非常に重要です。しかし、量子多体系を理論的に調べることが困難であるため、そこで起こる物理現象について明らかになっていないことが多くあります。
量子多体系を解明して新たな物理現象を発見する手段として、アナログ量子シミュレーションが注目されています。アナログ量子シミュレーションとは、量子多体系を制御しやすい別のものでアナログに再現する方法であり、例えば、物質中の電子の動きを理解するために、冷却した原子気体※3 と光格子※4 で再現する、といった手法が挙げられます。量子シミュレーションの技術は発展途上にあり、開発を進める上では、コンピュータを用いた数値計算手法と量子シミュレータの両方で調査を行い、結果を比較検証することによって、信頼性を高めていく必要があります。しかし、一次元空間では量子多体系を調べるための精密な数値計算手法が確立されていて量子シミュレーションとの相互検証に利用されているものの、より高次元の空間ではそのような手法がありませんでした。
【本件の内容】
近畿大学理工学部の研究チームは、量子多体系の現象を計算する高精度な数値計算手法の一つであるPEPS法と、光格子中の冷却気体で構成される量子シミュレータの二つを用いて、二次元空間における量子系の情報伝搬の様子をシミュレーションし、相互検証しました。その結果、二つの結果はほぼ一致しており、双方の性能の信頼性が明らかになりました。
また、この検証によって信頼性が示されたPEPS法を用いて、これまで調べることができていなかった未開拓のパラメータ領域において、量子多体系の情報伝搬速度を算出することに成功しました。
本研究成果は、二次元空間における量子シミュレータの性能を検証する新たな手法を提案するもので、今後の量子シミュレータ開発に貢献できると期待されます。また、量子情報伝搬の基礎理論構築にも役立ちます。
【論文掲載】
掲載誌:Communications Physics(インパクトファクター:6.368@2020)
論文名:
Tensor-network study of correlation-spreading dynamics in the two-dimensional Bose-Hubbard model
(テンソルネットワーク法を用いた二次元ボース・ハバード模型の相関伝搬ダイナミクスの研究)
著 者:金子 隆威*、段下 一平
*責任著者
所 属:ともに近畿大学理工学部理学科物理学コース
【研究詳細】
本研究では、二次元空間の量子多体系に適した数値計算手法として近年発展してきているPEPS法が、量子シミュレーションとの相互検証に有用であることを実証しました。具体的には、ボース粒子※5 が多数存在する格子状の二次元空間において、量子情報の伝搬の様子をPEPS法で調べ、光格子中の極低温ボース気体からなる量子シミュレータによる結果と直接的に比較しました。双方の結果がほぼ一致していることから、PEPS法と量子シミュレーションがどちらも正しい結果を導くことが示されました。さらに、信頼性を検証したPEPS法を用いて、これまで未開拓であったパラメータ領域において量子情報の伝搬速度を算出することができました。
今回は、量子シミュレータとして光格子中の極低温気体を用いましたが、PEPS法は他の様々な二次元空間の量子シミュレータに対しても相互検証に利用することが可能です。
【研究助成】
本研究は、「JST 創発的研究支援事業」課題番号JPMJFR202T、「JST CREST」課題番号JPMJCR1673、「JSPS科学研究費」課題番号18H05228、21H01014、21K13855、「文部科学省Q-LEAP」課題番号JPMXS0118069021による助成を受けたものです。
【用語解説】
※1 PEPS法:Projected entangled pair state法の略。一次元の系ですでに確立されている数値計算手法(行列積状態法)を、二次元の系に拡張した手法。
※2 未開拓のパラメータ領域:ここでいうパラメータとは、粒子間の相互作用の強さを示している。これまでの研究では、相互作用が弱い場合と強い場合で量子相関の伝搬速度が与えられていた。本研究では、その中間の相互作用の場合も含めて量子相関の伝搬速度を与えた。
※3 冷却した原子気体:レーザー冷却と蒸発冷却という原子光学技術により、絶対温度で10-9K(ナノケルビン)程度の温度にまで冷却された中性原子の気体のこと。
※4 光格子:対向するレーザーで作られる定在波のことで、原子に対して図2のような周期的なポテンシャル(穴ぼこ)として作用する。ポテンシャルとはポテンシャルエネルギーの略で、物体に加わる力に関係している。ポテンシャルが場所によって変化するとき、物体はポテンシャルの低い方に向かって力を受け、その力の大きさはポテンシャルの変化の割合に比例する。
※5 ボース粒子:自然界に存在する粒子を大きく二種類に分類したうちの一つ。例えば、光子などがボース粒子の代表例として挙げられる。複数の粒子が、ある一つの量子状態を同時に占めることが可能であるという統計的な性質を持つ。
【関連リンク】
理工学部 理学科 准教授 段下 一平(ダンシタ イッペイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2161-danshita-ippei.html