殺虫剤と水田の水温上昇がトンボ類に与える影響を解明 温暖化に起因する水温上昇は殺虫剤による生態リスクを高める可能性

水温上昇下における殺虫剤施用
水温上昇下における殺虫剤施用

近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士後期課程1年 石若直人、農学部博士研究員 平岩将良、准教授 早坂大亮らの研究グループは、国立環境研究所(茨城県つくば市)室長 角谷拓、弘前大学農学生命科学部(青森県弘前市)助教 橋本洸哉、シドニー大学名誉准教授 フランシスコ・サンチェス=バヨらと共同で、水田の水温上昇により、生息するトンボ類の幼虫が受ける殺虫剤の影響が強くなり、個体数が大幅に減少することを世界で初めて解明しました。本研究成果は、今後温暖化が進行するなかで、生物多様性に配慮した農業生産のあり方を検討する際に重要な知見となるものです。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)11月18日(土)に、環境科学における国際的な雑誌である"Environmental Pollution(エンバイロメンタル ポリューション)"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●水田を模した人工的な生態系を用いて、水温が上昇した場合のトンボ類幼虫に対する殺虫剤の影響を調査
●水温が上昇した場合、殺虫剤の効果が強まり大幅にトンボ類幼虫の個体数が減少することを解明
●本研究成果は、今後温暖化が進行するなかで、生物多様性に配慮した農業生産のありかたを検討する際に役立つ

【本件の背景】
水田は、日本の里山を代表する、生物多様性の高い生態系ですが、農地である特性上、作物の収量維持を目的とした農薬の散布が行われており、生物多様性損失の要因となっています。田植え時に使用される農薬のなかでも、特にネオニコチノイド系やフィプロニルといった殺虫剤は、トンボ類の幼虫に対して強い毒性を示し、近年、深刻な個体数の減少が問題視されています。トンボ類の幼虫は、水田の生態系において捕食者として重要な役割を果たしており、トンボ類の幼虫に与えるストレスの影響評価は、生態系の安定性や農業の持続可能性を検討する上で欠かせません。
水田に生息するトンボ類が受けるストレスとして、殺虫剤のほかに地球温暖化による水温の上昇が挙げられます。先行研究において、農薬などの化学物質が生物に与える影響は、高温下ほど強くなる可能性が指摘されており、水田生態系に生息するトンボ類が受けるストレスは、今後さらに強くなることが予想されています。
しかし、温度変化による殺虫剤の影響を検証した先行研究は、化学物質のリスクを評価する際の標準試験生物や、特定の生物種を1種だけ用いて、室内で実施されたものが大部分で、複数の種が存在する実際の野外環境を想定して行われたものはほとんどありません。

【本件の内容】
研究グループは、水田環境を模した実験的な生態系を野外に設計し、今世紀末までに予想される最悪の温暖化シナリオを想定して水温を常時4℃程度上昇させた場合に、殺虫剤フィプロニルがトンボ類幼虫に与える影響がどのように変化するかを検証しました。田植え後の6月後半から収穫期である10月後半にかけて、2週に1回程度の頻度で合計9回のモニタリングを行った結果、水温が高い状態で殺虫剤を使用した場合、殺虫剤のみを使用した場合以上に、トンボ類の幼虫の個体数が大幅に減少しました。これにより、トンボ類の幼虫に対する農薬の影響は、水温上昇にともなって一層強まる可能性を明らかにしました。

【論文掲載】
掲載誌 :Environmental Pollution(インパクトファクター:8.9@2022)
論文名 :Can warming accelerate the decline of Odonata species in experimental paddies due to insecticide fipronil exposure?
(殺虫剤フィプロニルの曝露にともなう人工水田内のトンボ類の減少は温暖化によって加速するか?)
著者  :石若直人1*、橋本洸哉2,3、平岩将良4、Francisco Sánchez-Bayo5、角谷拓2、早坂大亮4※ *筆頭著者 ※ 責任著者
所属  :1 近畿大学大学院農学研究科、2 国立環境研究所、3 弘前大学農学生命科学部、4 近畿大学農学部、5 シドニー大学
論文掲載:https://doi.org/10.1016/j.envpol.2023.122831
DOI  :10.1016/j.envpol.2023.122831

【本件の詳細】
近年、温暖化による温度上昇が、農薬などの化学物質に対する生物への影響(毒性)を高める可能性が指摘されています。そこで本研究では、田面水※1 の温度が上昇すると、殺虫剤の曝露※2 による影響が強化され、個体数がより減少するのではないかという仮説を立て、トンボ類の幼虫をモデルに実験を行いました。
水田を模したメソコスム※3 を用いた野外操作実験において、(1)殺虫剤処理区、(2)水温上昇処理区、(3)殺虫剤+水温上昇の複合処理区、および(4)無処理区の4つの処理が、トンボ群集にどのような影響を与えるのかを検証しました。殺虫剤は日本の稲作現場で広く流通している「フィプロニル」を用い、メーカー推奨量を散布しました。一方、水温上昇処理は、自動制御されたヒーターをメソコスム内に設置し、IPCC※4 のワーストシナリオに基づき、実験期間を通じて無処理区と比べて常時4℃程度水温を上昇させました。各処理後、トンボ類幼虫の個体数密度について、6月後半から10月後半まで2週に1回程度の頻度で合計9回のモニタリングを行いました。トンボ類はトンボ科、ヤンマ科、均翅亜目(きんしあもく)(イトトンボ類)の3種類に分類しました。
実験の結果、殺虫剤処理がトンボ類幼虫の密度を低下させることが確認されました。さらに、水温上昇処理は、それだけではトンボ類幼虫の密度をあまり変化させないものの、殺虫剤による密度減少効果を強化し、殺虫剤+水温上昇の複合処理区では、実験期間を通してほとんどトンボ類が見られなくなりました。
次に、殺虫剤と水温上昇がトンボ類の各分類群に対してどのような効果を与えるのかを検証した結果、各処理に対する効果は分類群間で異なるという実態が明らかとなりました。すなわち、トンボ科は殺虫剤、ヤンマ科は水温上昇、均翅亜目は両方の影響を受けて個体数が減少しました。ここから、トンボ類にもたらす両ストレス要因による複合影響は、トンボ群集の種の組成が異なると変化しうる可能性が示唆され、これまでの研究のように1種のみに着目していてはとらえることのできなかった複雑な影響が、本研究により確認されました。

【今後の展望】
水田生態系において、トンボ類は捕食者としての重要な役割を担っています。トンボ類のような捕食者が減少すると、生態系のバランスが崩壊し、水田生態系における生物多様性の損失を招く恐れもあります。このため、温暖化が進行する中でこれまでどおりの農薬施用を続けた場合、少なくとも殺虫剤フィプロニルによる生態影響(トンボ類の減少)は今後さらに加速する可能性が大いにあり得ます。本研究の成果は、生物多様性に配慮した農業生産のありかたなど、今後の温暖化対策を検討する上で重要な知見となることが期待されます。

【研究代表者のコメント】
早坂大亮(はやさかだいすけ)
所属  :近畿大学農学部 環境管理学科
     近畿大学大学院農学研究科
職位  :准教授
学位  :博士(学術)
コメント:21世紀は環境の時代です。しかし、生物多様性の損失はとどまるところを知りません。その主要な要因に、温暖化と化学物質汚染が挙げられます。これら環境ストレスをいかに低減するかがネイチャーポジティブ(自然再興)の鍵となります。しかし、本来の自然はさまざまな要因が複雑に関わりあって成立するにも関わらず、それぞれの要因は独立して評価されることがほとんどです。そのため、実態と乖離した予測がもたらされます。今回の研究が、複雑性を考慮した環境影響評価の契機となることを期待します。

【研究支援】
本研究は、JSPS科研費(JP20K15640, JP21J01194,JP21K18318, JP20H03010)の助成を受けて行われました。

【用語解説】
※1 田面水:稲の栽培期間中に水田に張る水のこと。
※2 曝露:化学物質などに生体がさらされること。
※3 メソコスム:野外に設置した中規模水槽の中に土壌や水をいれ、人工的に造成した実験生態系のこと。本研究では、メソコスム内で農事暦に準拠した稲作を実施することで、実環境における水田を再現した。
※4 IPCC(気候変動に関する政府間パネル):WMO(世界気象機関)とUNEP(国連環境計画)により昭和63年(1988年)に設立された、気候変動に関する科学的な評価を行うための国際的な機関。最新の第6次報告書(AR6)によると、2100年までに世界の平均気温がワーストシナリオで4℃程度上昇することが予測されている。

【関連リンク】
農学部 環境管理学科 准教授 早坂大亮(ハヤサカダイスケ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/878-hayasaka-daisuke.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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