分子の「折り曲げ」に基づく新たな円偏光発光分子の開発に成功

Cover Picture (ChemistryOpen より)
Cover Picture (ChemistryOpen より)

日本大学生産工学部応用分子化学科の池下 雅広助手、津野 孝教授と、近畿大学理工学部応用化学科の今井 喜胤准教授らの研究グループは、強い円偏光発光(CPL: Circularly Polarized Luminescence)※1 を示すおわん型形状の白金錯体※2 の開発に成功しました。CPLとは、分子が左回転または右回転の偏りを持つ光を発する現象であり、光暗号通信や三次元表示技術、セキュリティ分野などへの応用が期待されています。本研究では、有機ELディスプレイの発光素子などとして注目されるりん光※3 性白金錯体を用いて、分子の「折り曲げ」に基づくCPLの増強現象を見出しました。将来的には、三次元有機ELディスプレイや次世代セキュリティ技術などへの実用化に繋がる可能性があります。
本研究成果は、令和4年(2022年)1月31日(月)にドイツの国際学術誌ChemistryOpenのオンライン版で公開され、令和4年(2022年)4月1日(金)発行のVolume 11, Issue 4の表紙(Front Cover)に選出されています。

【本件のポイント】
・三次元ディスプレイや光暗号通信に応用可能な円偏光発光(CPL)材料を開発した。
・平面的な白金錯体を「折り曲げる」ことで、CPLの増強に成功した。
・今回の成果は実用的な円偏光りん光材料の設計に重要な指針を与えた。

【本研究の背景】
光の振動が特定方向に偏った光を「偏光」といい、その中でも右または左に回転しながら振動する偏光のことを「円偏光」と呼びます。私たちが普段目にしている光(太陽光や蛍光灯など)は、右回転と左回転の円偏光が等しく含まれています。一方で、キラルな構造をもつ分子※4 は、右回転または左回転のどちらかに偏った光を過剰に発する円偏光発光(CPL)を示すことが知られており、強いCPLを示す材料は三次元ディスプレイや光暗号通信などへの応用が期待されます。効率的なCPLを示す有力な材料の1つとして、有機ELディスプレイの発光素子材料等への利用に期待が高まっているりん光性白金錯体が挙げられます。しかしながらこれまでに報告されている白金錯体では、分子が発する円偏光の回転方向や強度と、分子構造との相関がよくわかっておらず、合理的な設計指針が求められている状況でした。

【本研究の内容と成果】
研究グループは、CPLを示すりん光性白金錯体の合理的な設計指針の確立を目的として、「分子の構造がCPL特性にどのような影響を与えるか?」を解明するため、新たな発光分子の合成およびその光学特性の調査を行いました。その結果、平面的な構造をもつ白金錯体を「折り曲げる」ことにより、CPL強度が増強されることを明らかにしました。
本研究では、りん光を示す白金錯体の分子骨格にキラルな置換基を導入した化合物を設計・合成し、それらのCPL特性について検討しました。合成した錯体の分子構造を解析したところ、キラルなアルキル置換基を有する錯体は平面的な分子構造をとっていたのに対し、よりかさ高い環状置換基を導入した錯体では、おわん型に「折れ曲がった」分子構造をとっていることがわかりました(図1)。また、それぞれの錯体のCPL特性を検討したところ、平面型の錯体では検出できないほど弱いCPLしか示さなかったのに対して、おわん型の錯体は強いCPLを示すことがわかりました。今回の研究は、分子構造とCPL強度との相関関係を実験的に明らかにすることができ、実用的な円偏光りん光材料の設計に重要な指針を与えたと言えます。

図1.本研究で開発した白金錯体の代表的な分子構造。かさ高い環状置換基の導入によって分子の折れ曲がりが引き起こされ、強いCPLを示す。
図1.本研究で開発した白金錯体の代表的な分子構造。かさ高い環状置換基の導入によって分子の折れ曲がりが引き起こされ、強いCPLを示す。

【掲載誌情報】
掲載誌:ChemistryOpen(インパクトファクター:2.911/2019-2020)
論文名:
Enhancement of Chiroptical Responses of trans-Bis[(β-iminomethyl)naphthoxy]platinum(II) Complexes with Distorted Square Planar Coordination Geometry
(歪んだ平面四配位構造を有する白金(II)錯体のキラル光学特性増強)
著 者:池下 雅広1、古川 聖1、石川 貴大1、
    松平 華奈2、今井 喜胤3、津野 孝1
所 属:1 日本大学生産工学部応用分子化学科、
    2 近畿大学大学院総合理工学研究科、
    3 近畿大学理工学部応用化学科
DOI :10.1002/open.202100277(論文)、
    10.1002/open.202200062(Cover Picture)、
    10.1002/open.202200061(Cover Profile)

【研究支援】
本研究は、JSPS科研費 研究活動スタート支援(課題番号 JP21K20541)、JSPS科研費 挑戦的研究(萌芽)(課題番号 JP21K18940)、JSPS科研費 基盤研究(C)(課題番号 JP21K05234)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」JPMJCR2001(研究代表者:赤木和夫)、2021年度 日揮・実吉奨学会研究助成金、令和3年度生産工学部若手研究者支援研究費の支援のもとに行われました。

【用語解説】
※1 円偏光発光(CPL: Circularly Polarized Luminescence)
光は電磁波であり、振幅の方向がある規則に従うものを「偏光」と呼ぶ。偏光は、振幅の方向が一定の面内にある「直線偏光」と、振幅の方向が時間の経過で円を描く「円偏光」に分けられる。キラルな発光体を光で励起する際に、右回転または左回転の円偏光の割合が偏った発光を示すことがあり、これを円偏光発光という。
※2 白金錯体
白金と有機物が結合したものを白金錯体と呼ぶ。有機ELディスプレイの発光素子材料として応用が期待されており、一般的に高い発光特性をもつ。
※3 りん光
ルミネセンスの1つであり、物質を励起し、その励起が中止したのちに長い時間発光する現象をりん光と呼ぶ。蛍光が10-9秒程度の寿命であるのに対して,りん光は数秒に達することもある。
※4 キラルな構造をもつ分子
右手と左手のように鏡像の関係にあり、重ね合わすことのできないものをキラルという。キラルな分子とは、その鏡像がそれ自身と重なり合うことがない分子であり、通常鏡像体関係にある有機化合物は物理的性質や化学的性質は等しい一方で、偏光が関与する光学的性質は異なる。

【関連リンク】
理工学部 応用化学科 准教授 今井 喜胤(イマイ ヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/


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