フンで見つける魚の病気 個体を傷つけることなく陸上養殖魚の病気を見つけ出すバイオマーカーを特定

冷水病に感染したアユのフンから特徴的なバイオマーカーを発見
冷水病に感染したアユのフンから特徴的なバイオマーカーを発見

【ポイント】
●病気に感染したアユのフンに特徴的な物質や微生物が含まれることを発見
●水槽中のフンのメタボローム、メタゲノム解析により冷水病感染で増加する物質や微生物を特定
●病気の魚のフンに存在する物質や微生物をバイオマーカーとして、養殖場の魚を傷めることなく病気の早期診断、健康管理への道を開いた

【概要】
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門 先端ゲノムデザイン 研究グループ 竹内美緒 主任研究員、生物プロセス研究部門 成廣隆 研究グループ長、黒田恭平 主任研究員は、国立研究開発法人 理化学研究所(以下「理研」という)環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム 菊地淳 チームリーダー、近畿大学(以下「近大」という)農学部 永田恵里奈 講師と共同で、冷水病※1 に感染した魚のフンにさまざまな特徴的物質・微生物を発見し、これらを病気の早期発見のためのバイオマーカー※2 に利用できることを明らかにしました。
産総研のマイクロバイオーム※3 解析技術、理研のメタボローム※4 解析技術、近大の魚類感染実験技術を用いることによって、フン中の代謝物と微生物遺伝子を網羅的に解析し、水槽中にたまったフンに含まれる冷水病菌感染魚に特徴的な代謝産物と微生物の特定に初めて成功しました。アユやニジマスで世界的に深刻な冷水病は、ワクチンでの予防が困難なため早期診断が重要です。フンを用いることで、従来のように魚の組織を採取することなく非侵襲で診断でき、定期的かつ包括的な健康診断が可能になります。本技術はそれに利用できる複数のバイオマーカー候補を提案します。将来的には、冷水病のみならずさまざまな魚の早期魚病検出・簡易健康診断に利用できると見込んでおり、魚病による経済的な損失や環境負荷の低減に貢献します。
なお、この技術の詳細は、2024年6月17日に「mSphere」に掲載されました。

【開発の社会的背景】
爽やかなスイカの香りのするアユは、百人一首の時代から日本人に愛されてきました。また、ニジマスなどのサケ科魚類は世界中で好まれており、かつ少ない飼料で成長することから持続可能な水産養殖の中心として注目されています。しかし、その養殖現場においては魚病被害が深刻です。特に、アユやニジマスに感染する冷水病菌として知られるフラボバクテリウム サイクロフィラム(Flavobacterium psychrophilum)によって生じる冷水病は、予防用ワクチンがないことから、養殖場や天然河川において大規模な斃死(へいし)を引き起こします。そのため、特に養殖場においては定期的なモニタリングで病気を早期に発見し、対策を講じることが重要です。しかし、魚病の有無を診断する従来のモニタリング技術では、飼育水槽内の一部の個体からえらや脾臓(ひぞう)といった組織や器官を採取するため、魚の個体を傷つけ廃棄することになるうえに、水槽で飼育しているすべての魚の健康状態を一挙には把握できず病気の兆候を見逃しやすいという問題がありました。

【研究の経緯】
産総研バイオメディカル研究部門は、マイクロバイオーム解析によるヒトや魚などの健康や病気の治療に役立つ技術開発(2021年4月29日 産総研プレス発表「マイクロバイオーム解析のための推奨分析手法を開発」)に、また、生物プロセス研究部門では、ショットガンメタゲノム解析※5 により見いだされた微生物機能の工学的利用技術開発(2022年5月13日 産総研プレス発表「ペットボトル原料製造過程における難分解性廃水の効率的な処理に成功」)に取り組んできました。また、理研環境代謝分析研究チームでは、NMR※6 法による環境分析科学の新展開を目指して魚やフンなどさまざまな試料の解析を行っています。理研と産総研では、2021年度の理研―産総研チャレンジ研究「地域バイオエコノミーを担う陸上養殖システムの構築」において、両機関が連携し養殖技術の高度化に取り組みました。魚の病気をモニタリングするためのバイオマーカー探索はこれまでにも研究例がありますが、魚を傷つけず飼育水槽全体の健康状態を診断できるモニタリング技術の開発が求められていました。そこで私たちは、魚のフンに注目しました。水槽中に蓄積されるフンであれば、モニタリングのために魚を無駄にすることなく毎日採取することができ、飼育水槽全体の平均的な状態を頻繁に観測できます。今回、両者の取り組みに、長年冷水病研究に取り組んできた近大が有する高度な魚類感染実験技術を加え、「水槽中にたまった感染魚のフンに特徴となるバイオマーカーが存在するだろうか?」という視点で技術開発に取り組むことにしました。

【研究の内容】
まず、近大の実験設備において、アユの稚魚に冷水病菌を感染させる実験を行いました。比較のためのコントロール水槽では、冷水病菌を感染させず通常の飼育を実施しました。その結果、感染区のアユは次第に顎が欠けたり、体表が溶けたりするなどの症状を示し、実験開始から10日後には約8割が死亡しました。その間、定期的にフンを回収して三つの機関でさまざまな分析を実施しました。理研では、NMR法によるメタボローム解析を用いて、フンに含まれる代謝産物を網羅的に分析しました。その結果、感染した魚のフンでは、酢酸とグルコースの量が多くなっていたことがわかりました。また、近大と産総研において、魚のストレスマーカーとして知られるコルチゾール※7 量を分析したところ、フン中のコルチゾールも同様に増えていました(図1)。産総研で実施したマイクロバイオーム解析の結果からは、フンに含まれる微生物も特徴的な変動を示すことがわかりました。感染区では病原菌である冷水病菌や日和見菌であるクレブシエラ(Klebsiella)属の存在割合が有意に増加していました。次に、段階的回帰法※8 により、累積死亡率に関連する主要微生物やパラメーターを統計学的に抽出したところ、シピオンケラ(Cypionkella)属などの微生物の存在量や酢酸濃度といったパラメーターが累積死亡率と有意な相関関係にあるバイオマーカーの候補であることを見いだしました。さらに産総研において、フン中に存在する微生物のドラフトゲノム※9 情報を獲得して機能遺伝子の分布を解析したところ、シピオンケラ属の微生物はさまざまな糖を利用して酢酸を生産する代謝機能を持つことがわかり、累積死亡率との関連性を微生物学的に見いだすことができました。
以上のように、感染区のアユのフンには酢酸、グルコース、コルチゾール、冷水病菌、日和見菌、シピオンケラなど、魚病との関連が推定されるさまざまなバイオマーカーが含まれていることを発見することができました。さらに腸内マイクロバイオームの変動についても調べたところ、感染した魚の腸内では、感染防御に重要と考えられている二次代謝産物の生成遺伝子を多数持つロドコッカス(Rhodococcus)などの微生物の存在量が減少する様子もメタゲノム情報から捉えることに成功しました。このことから、冷水病感染をきっかけとして、アユの腸内マイクロバイオームのバランスが変化する「ディスバイオシス※10」が起きていることが示唆されました。
本研究により、魚そのものを犠牲にしなくても、毎日回収できる水槽中のフンによって定期的な健康モニタリングができ、かつ個体の調査ではわからなかった水槽全体の平均的な健康状態を知ることができる可能性が示されました。フンに含まれる酢酸やコルチゾールは冷水病以外の魚病の指標にもなる可能性があります。将来的にはフンを用いることで、水産養殖現場におけるさまざまな異常の早期発見や定期的な健康診断につながると期待されます。

図1 フン中の代謝産物濃度の比較 酢酸、グルコースは絶対値ではないためコントロール魚のフン中濃度を100%とした時の感染魚のフン中濃度を%で表示 ※ 図1は原論文の「Table S3」および「Figure 6」の数値データを基に作成しています。
図1 フン中の代謝産物濃度の比較 酢酸、グルコースは絶対値ではないためコントロール魚のフン中濃度を100%とした時の感染魚のフン中濃度を%で表示 ※ 図1は原論文の「Table S3」および「Figure 6」の数値データを基に作成しています。

【今後の予定】
今後、実験室規模での基盤的な研究として、今回特定した酢酸やグルコース量といったバイオマーカーの変動が発生するメカニズムの解明を進めます。さらに、実規模養殖施設での実証的な研究として、養殖場で感染が発生した際にこれらのバイオマーカーに変動が見られるかどうかをモニタリングすることで、より実用化に適したマーカーを選定します。将来的には養殖現場でのフンモニタリング技術の実用化と、他の魚病におけるフンモニタリング技術の適用可能性を検証することにより、本技術を次世代の持続可能な水産養殖に貢献する健康管理技術へと高めることを目指します(図2)。

図2 本技術を活用した次世代の水産養殖健康管理技術
図2 本技術を活用した次世代の水産養殖健康管理技術

【論文情報】
掲載誌   :mSphere
論文タイトル:Fecal metagenomic and metabolomic analyses reveal non-invasive biomarkers of Flavobacterium psychrophilum infection in ayu (Plecoglossus altivelis)
著者    :Mio Takeuchi, Erina Fujiwara-Nagata, Kyohei Kuroda, Kenji Sakata, Takashi Narihiro, Jun Kikuchi
DOI    :10.1128/msphere.00301-24

【用語解説】
※1 冷水病
フラボバクテリウム サイクロフィラムによるアユやニジマスの感染症で、予防法がないため世界的に問題となっている。アメリカで発生した魚病だが、日本でも1985年頃から問題化している。

※2 バイオマーカー
病気や健康などの指標となる生物由来の物質。近年では特定の症例に関連する微生物を微生物バイオマーカーとして利用する研究も進められている。

※3 マイクロバイオーム
土壌や水中などの自然環境、さらにはヒトや動物体の表面や腸内に存在している微生物コミュニティー(微生物叢)のこと。特に生物の腸内マイクロバイオームは相互に関連するとともにホスト生物とも相互作用しながら健康や病気に大きく影響することが明らかになりつつある。

※4 メタボローム
代謝物(メタボライト)とギリシャ語ですべてという意味のオームを組み合わせた言葉で、含まれる代謝物の総体情報をさす。核磁気共鳴分光法(NMR)など各種の分析手法で解析される。

※5 ショットガンメタゲノム解析
環境中の複合微生物から抽出したDNAを断片化し、網羅的に解読することで、複合微生物の生態や機能を解析する手法。

※6 NMR
核磁気共鳴分光法 (Nuclear magnetic resonanceの略)。さまざまな物質の化学結合の状態を原子レベルにて非破壊で解析することが可能。

※7 コルチゾール
副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイドの一種であり、ストレスを評価する指標物質として使われている。血液中のコルチゾール濃度を測定することが一般的であるが、魚のうろこや体表粘液、フン、飼育水などでも測定されており、水産分野においては特にフンや飼育水を使った非侵襲的な測定が望ましい。

※8 段階的回帰法
重回帰分析において目的変数と関係する説明変数を選択する方法の一つ。

※9 ドラフトゲノム
ある生物の全ゲノムの一部分。ゲノム配列には繰り返し配列などの解読が困難な部分が含まれているため、環境中から得られたショットガンメタゲノム情報を利用して完全ゲノムを構築することは難しい。このため、一部の配列情報を使って、微生物群の機能解析に必要な程度までゲノム配列を再構築したうえでゲノム解析を行うことが多い。

※10 ディスバイオシス
健全な状態のホスト生物のマイクロバイオームが、病気や抗生物質などのきっかけにより、構成比や存在量が変化すること。

【機関情報】
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
https://www.aist.go.jp/
ブランディング・広報部 報道室 hodo-ml@aist.go.jp

国立研究開発法人 理化学研究所
https://www.riken.jp/
広報室 報道担当 ex-press@ml.riken.jp

近畿大学
https://www.kindai.ac.jp
奈良キャンパス学生センター 本藤・松本
TEL(0742)43-1639 FAX(0742)43-5161
nou_koho@ml.kindai.ac.jp

【関連リンク】
農学部 水産学科 講師 永田恵里奈(ナガタエリナ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/907-nagata-erina.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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