臨床とがん細胞株データベースでは、薬剤感受性の解析結果に差異がデータベースを用いた薬剤開発の限界を示唆する研究成果

がん細胞株を用いた薬剤感受性分析のイメージ画像
がん細胞株を用いた薬剤感受性分析のイメージ画像

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)産科婦人科学教室主任教授 松村謙臣、京都大学大学院医学研究科(京都府京都市)婦人科学・産科学教室客員研究員 高松士朗を中心とする研究グループは、データベースに登録された約1,000種類のがん細胞株※1 のゲノム解析データと、抗がん剤や分子標的薬への感受性データの関連性について解析しました。その結果、臨床では薬剤感受性と相関しているがん細胞のDNA修復異常が、データベースを用いた解析では逆に薬剤抵抗性と相関し、臨床と細胞株データベースには差異があることが明らかになりました。
がん細胞株のデータベースはがん研究で広く用いられていますが、本研究成果により、データベースを用いた薬剤開発には限界があることが示唆されました。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)2月6日(火)に、情報科学領域の国際的な学術誌"Scientific Data(サイエンティフィック データ)"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●がん細胞株データベースを用いて、卵巣がんや乳がんの原因とされる「相同組換え修復欠損」と薬剤感受性の相関関係を解析
●相同組換え修復欠損は、臨床では薬剤感受性と相関するが、データベースではむしろ薬剤抵抗性と相関することが明らかに
●がん細胞株データベースを用いた薬剤開発の限界を示唆

【本件の背景】
卵巣がんや乳がんの発生と進行の原因として、DNAを修復するメカニズムの異常である「相同組換え修復欠損(homologous recombination deficiency、以下HRD)」が知られています。先行研究において、HRDがあると、主要な抗がん剤であるプラチナ製剤※2 や、分子標的薬であるPARP阻害剤※3 に対する感受性を示すことが明らかになっており、複数種類のがんにおけるバイオマーカーとしての臨床的有用性が示唆されています。
がんから単離され、元の腫瘍の性質を保ったまま長期間安定的に増殖・培養できるようにした細胞を「がん細胞株」と言います。がん細胞株は、取り扱いが容易かつ低コストなため研究に多く用いられ、がんの基礎研究や医薬品開発において非常に重要な役割を果たしています。これまでに、次世代シーケンサーによってさまざまながん細胞株が解析され、大規模データベースとして一般公開もされています。

【本件の内容】
研究グループは、1,182種類のがん細胞株が登録されたデータベース「Cancer Cell Line Encyclopedia(CCLE)」と、薬剤感受性のデータを統合して解析しました。その結果、予想に反して、HRDはがん細胞株におけるプラチナ製剤やPARP阻害剤に対する感受性と相関しておらず、むしろ抵抗性と関連していることが明らかになりました。この結果は、高頻度でHRDが見られる乳がんと卵巣がんの細胞株のみを分析した場合や、別のデータベースを用いた場合でも一貫していました。
本研究成果から、臨床とがん細胞株データベースでは解析結果に差異があることが明らかになり、データベースでの解析には限界があることが示唆されました。

【論文概要】
掲載誌:Scientific Data(インパクトファクター:9.8@2022-2023)
論文名:
Homologous recombination deficiency unrelated to platinum and PARP inhibitor response in cell line libraries
(細胞株ライブラリーにおけるDNA相同組換え修復欠損は、プラチナ製剤とPARP阻害剤への反応とは無関係である)
著者 :高松士朗1,2、村上幸祐3,4、松村謙臣3※ ※ 責任著者
所属 :1 京都大学大学院医学研究科婦人科学・産科学教室、2 テキサス大学MDアンダーソンがんセンター、3 近畿大学医学部産科婦人科学教室、4 ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ・キンメルがん免疫療法研究所
URL :https://www.nature.com/articles/s41597-024-03018-4
DOI :10.1038/s41597-024-03018-4

【本件の詳細】
研究グループは、CCLEのデータベースに登録されている1,182種のがん細胞株に対する、合計800回の薬剤感受性アッセイ※4 のデータを解析しました。このデータには、プラチナ製剤のアッセイ10回(具体的な薬剤:カルボプラチン2回、シスプラチン4回、オキサリプラチン4回)と、PARP阻害剤のアッセイ14回(具体的な薬剤:オラパリブ6回、タラゾパリブ3回、ベリパリブ2回、ニラパリブ2回、ルカパリブ1回)が含まれていました。
CCLEに登録されている細胞株において、BRCA1/2の機能欠損を引き起こす異常(対側アレルの欠失を伴うBRCA1/2変異やBRCA1メチル化)がある細胞株(n=25)と、DNA相同組換え修復(homologous recombination repair、以下HRR)の関連遺伝子に変異がない細胞株(n=872)との間で比較すると、BRCA1/2機能欠損がある細胞株は、10回のプラチナ製剤アッセイのうち、2回(オキサリプラチン1回、シスプラチン1回)で抵抗性を示す傾向があり、感受性を示したアッセイはありませんでした。また、14種類のPARP阻害剤アッセイのうち、両群間で明らかな差を示したものはありませんでした。
HRDに関連する特徴的なゲノム変異の指標である「Genomic scarシグネチャー」は、HRDスコアと変異シグネチャー3の数値で表されます。HRDスコアは、遺伝子多型を分析したデータに基づく特徴的な染色体構造変化を定量化したものです。また、変異シグネチャー3は、体細胞変異プロファイルのゲノムワイド解析によって得られた、一塩基置換のパターンから計算されるものです。CCLEのデータセットにおいて、HRDスコアとシグネチャー3は正の相関がありました。これら2つのスコアは、BRCA1/2の機能欠損や他のHRR関連遺伝子変異を持つサンプルで高値を示しました。これは、臨床の腫瘍サンプルで観察される腫瘍のHRD状態とGenomic scarシグネチャーとの関連が、がん細胞株でも再現されることをあらわしています。
BRCA1/2を含むHRR関連遺伝子の変異がある細胞株(n=82)と、HRR関連遺伝子の変異がない細胞株(n=872)との間で比べると、10回のプラチナ製剤のアッセイのうち2回(シスプラチン1回、オキサリプラチン1回)と、14種類のPARP阻害剤のうち1回(ニラパリブ1回)は、HRR関連遺伝子変異のある検体で抵抗性を示す傾向があり、感受性を示すものはありませんでした。
HRDスコアと薬剤感受性の関連を調べると、10回のプラチナ製剤のアッセイのうち6回(オキサリプラチン4回、シスプラチン1回、カルボプラチン1回)、および14回のPARP阻害剤アッセイのうち4回(オラパリブ2回、タラゾパリブ1回、ニラパリブ1回)において、HRDスコアが高い場合に、統計的に有意に薬剤抵抗性を示しました。
同様に、変異シグネチャー3と薬剤感受性の関連を調べると、10回のプラチナアッセイのうち2回(いずれもオキサリプラチン)において、変異シグネチャー3が高いと統計的に有意に抵抗性を示し、14回のPARP阻害剤アッセイのうち、統計的に有意なものはありませんでした。
以上の結果は、臨床でプラチナ製剤やPARP阻害剤が用いられている、乳がんと卵巣がんの細胞株に限定した解析でも再現されました。さらに、CCLEとは別に調べたCLPデータセットを用いた解析でも、ほぼ同じ結果となりました。
ここから、研究グループは、細胞株間のHRD状態の違いは、細胞培養アッセイにおけるプラチナ製剤やPARP阻害剤に対する感受性と相関しないことを見出しました。このような、臨床の腫瘍とがん細胞株データベースとの大きな乖離は、PARP阻害剤以外の分子標的薬にも当てはまる可能性があり、がん研究者は注意すべきと思われます。

【研究代表者コメント】
松村謙臣(まつむらのりおみ)
所属  :近畿大学医学部産科婦人科学教室
職位  :主任教授
学位  :博士(医学)
コメント:細胞株はがん研究において重要な役割を果たしてきました。しかし、今回、がん研究において全世界的に使われている大規模ながん細胞株データセットを解析してみて、薬剤感受性の観点から、臨床の腫瘍との大きな違いが生じうることがわかりました。がん細胞株の利点のみならず、欠点についてもしっかりと認識することが、がん研究を進めていくうえで重要と考えられます。

【用語解説】
※1 がん細胞株:患者から摘出し、がん組織から分離して永続的に培養できるようになったがん細胞。がん細胞株は細胞バンクに保存され、世界中のがん研究者によって利用されている。
※2 プラチナ製剤:抗がん剤の一種。卵巣がんなど、多くのがんで用いられている。DNAを架橋して損傷することで、細胞障害を引き起こす。
※3 PARP阻害剤:DNA修復に関わる酵素の一種であるPARPを阻害する薬剤。主に卵巣がんや乳がんで用いられる。PARPを阻害すると、BRCA1/2変異やHRDがあるがん細胞は生存できなくなることを利用している。
※4 薬剤感受性アッセイ:アッセイとは、活性や反応を、定性評価、または定量的に測定する手法のこと。薬剤感受性アッセイは、薬剤への感受性試験を目的とする評価方法で、効果のある薬剤を絞り込む際に行う。

【関連リンク】
医学部 医学科 教授 松村謙臣(マツムラノリオミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2124-matsumura-noriomi.html
医学部 医学科 医学部講師 村上幸祐(ムラカミコウスケ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1898-murakami-kosuke.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/


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