核分裂における原子核のさまざまな“ちぎれ方”を捉える -放射性物質の毒性低減に貢献-

【発表のポイント】
●核分裂は、原子核が変形して2つにちぎれる現象である。これまで原子核の中性子放出と“ちぎれ方”の詳細を知ることができなかった。本研究では、実験と理論を駆使して、これを初めて明らかにした。
●原子核の中性子放出と“ちぎれ方”の解明により、核分裂に対する深い理解につながる。さらには核分裂を利用した放射性物質の毒性低減のための核変換技術への貢献が期待できる。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)先端基礎研究センターの廣瀬 健太郎 研究副主幹及び西尾 勝久 マネージャーらは、東京工業大学(学長 三島 良直、以下「東工大」という。)科学技術創成研究院先導原子力研究所の千葉 敏 教授、近畿大学(学長 塩﨑 均)大学院総合理工学研究科の田中翔也 大学院生らとの共同研究により、核分裂における原子核のさまざまな“ちぎれ方”を捉え、原子核からの中性子放出と核分裂における原子核の“ちぎれ方”の関係を初めて明らかにしました。

核分裂は、ウランのような重い原子核が余分なエネルギーを与えられたときに、変形して2つにちぎれる現象です。この“ちぎれ方”(ちぎれてできた2つの原子核の重さのバランス)を観測することで、原子核がどのように変形して核分裂が起こるかを調べることができます。
放射性物質の毒性を低減するために、高いエネルギーの中性子を原子核にぶつけて起こす核分裂を利用する方法があります。この場合、原子核はいくつかの中性子を出して別の原子核になった後に、さらに核分裂することがあります。このため異なる原子核の“ちぎれ方”が混在し、核分裂がどのように起こるかを調べることができませんでした。本研究では、さまざまな原子核の“ちぎれ方”の実験データと、原子核から中性子が出る効果と取り入れた理論計算を比較しました。その結果、個々の原子核の“ちぎれ方”を初めて捉えることができました。
現在、原子力機構は、本研究の手法によって、人類が取り扱えるであろう最も重い原子核標的である99番元素アインスタイニウム-254を用いた核分裂研究を始めようとしています。本研究成果は、高エネルギーにおける核分裂の理解、そして重い原子核での未だわかっていない核分裂現象の解明にもつながります。このような核分裂に対する深い理解は、核分裂を利用した放射性物質の毒性を低減するための核変換技術への貢献が期待されます。

本研究成果は、2017年11月27日付の米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。

本研究は文部科学省の原子力システム研究開発事業による委託業務(「高燃焼度原子炉動特性評価のための遅発中性子収率高精度化に関する研究開発」(平成24-27年度、東工大と原子力機構)及び「代理反応によるマイナーアクチノイド核分裂の即発中性子測定技術開発と中性子エネルギースペクトル評価」(平成27-29年度、原子力機構と東工大)の成果の一部です。

【研究の背景】
核分裂は原子核が変形し、やがて2つの原子核にちぎれる現象です。これら2つの原子核の質量がどのようなバランスをもってちぎれるかは核分裂メカニズムを強く反映しており、観測量である 1)核分裂質量分布に現れます。この原子核の“ちぎれ方”は、原子炉の中で核分裂によって発生するエネルギーや連鎖反応の源である 2)即発中性子の数、さらに原子炉の安全性に関わる 3)遅発中性子数などを決定するとても重要な観測データでもあります。さらに、高いエネルギーの中性子を用いた核分裂によって、4)長寿命マイナーアクチノイドをより短寿命な核分裂生成物に変える核変換技術を構築するためにも、高いエネルギーをもった原子核の核分裂メカニズムを理解することが重要です。
しかしながら高いエネルギーをもった原子核は、図1に示すように、核分裂するだけでなく、いくつかの中性子を吐き出した後に核分裂することもあります。しかもその数は核分裂が起こるたびに異なっています。また、中性子を吐き出すことによって元の原子核とは異なる原子核になり、エネルギーも低くなります。いくつの中性子が吐き出されたかを、起こった核分裂ごとに知ることができないため、核分裂した原子核を特定することができません。したがって観測した“ちぎれ方”には元の原子核だけでなく、中性子を吐き出した後の原子核の“ちぎれ方”も含まれており、特定の原子核だけに対する観測データを得ることができませんでした。このことが高エネルギーの核分裂研究の妨げになっていました。

【研究の内容・成果】
本研究では、原子力機構の 5)タンデム加速器を使って酸素18(18O)ビームをウラン238(238U)標的にあてて、様々なエネルギーをもった多種類の原子核をつくり、それらの“ちぎれ方”を観測しました。測定結果の例として、図2に40-50MeVのエネルギーの240Uをつくったときに観測される“ちぎれ方”を黒丸(●)で示しました。このようなエネルギーでは核分裂の前に中性子を吐き出すことがあるため、観測したこの“ちぎれ方”には240Uのものだけではなく、他の原子核のものも含まれています。中性子を吐き出す確率を計算したところ、このエネルギーの240Uは、図中に示したような割合で、0から5個の中性子を吐き出します。つまり240Uだけでなく、235-239Uの“ちぎれ方”も含まれています。

これまでは、中性子を吐き出した後に起こる核分裂が、どのような形で“ちぎれ方”に含まれているかはわかりませんでした。本研究では、中性子放出後に核分裂が起こる効果を、近畿大学がおこなった理論計算と組み合わせることで、実験データを説明することに成功しました(図2の赤の実線)。また、他のエネルギーをもった原子核の“ちぎれ方”も同様に実験データを再現しており、理論モデルの信頼性が確認できました。

図2の点線は、中性子を吐き出した後のそれぞれ原子核の“ちぎれ方”を示しています。本研究によって、観測した“ちぎれ方”の内訳を初めて明らかにすることができました。これまでは「観測した“ちぎれ方”に見られる二山の構造が240Uの核分裂によるものである」と考える研究もありましたが、図2に示したように、この構造は中性子を吐き出した後の原子核(237U:青、236U:ピンク、235U:水色の点線)によるものであることがわかります。長い間、観測データの解釈さえ確立されていませんでしたが、本研究では観測した“ちぎれ方”に対して正しい解釈を与え、高いエネルギーの原子核の“ちぎれ方”を初めて捉えることに成功しました。

【今後の展開、及び波及効果】
原子核の“ちぎれ方”は核分裂を理解するために重要な観測量です。本研究により、これまでに得ることのできなかった、高エネルギー核分裂における原子核の“ちぎれ方”を捉えることができるようになりました。この成果は高いエネルギーにおいてどのように核分裂が起こるのかの理解を深め、放射性物質の毒性を低減するための核変換技術への貢献が期待できます。

書籍情報
雑誌名 :Physical Review Letters
タイトル:Role of Multichance Fission in the Description of
     Fission-Fragment Mass Distributions at High Energies
著  者:K. Hirose1, K. Nishio1, S. Tanaka2, R. Léguillon1, H. Makii1, I. Nishinaka1,
     R. Orlandi1, K. Tsukada1, J. Smallcombe1, M.J. Vermewlen1, S. Chiba3, Y. Aritomo2,
     T. Ohtsuki4, K. Nakano5, S. Araki5, Y. Watanabe5, R. Tatsuzawa6, N. Takaki6,
     N. Tamura7, S. Goto7, I. Tsekhanovich8, A.N. Andreyev1,9
所  属:1 日本原子力研究開発機構、2 近畿大学、3 東京工業大学, 4 京都大学、5 九州大学、
     6 東京都市大学、7 新潟大学、8 ボルドー大学、9 ヨーク大学

【用語説明】
1) 核分裂質量分布
核分裂が起こると、様々な種類の原子核が核分裂生成物として生成される。これらの原子核を質量数ごとにわけ、質量数を関数として収率をプロットしたものである。通常、収率の合計が200%となるように規格化する。

2) 即発中性子
核分裂の直後に核分裂生成物から放出される中性子であり、次項の遅発中性子と区別し即発中性子とよばれる。235Uの熱中性子核分裂では99%以上を占め、核分裂連鎖反応で重要な役割を担っている。

3) 遅発中性子
核分裂で生じる核分裂生成物のいくつかの核種において、ベータ崩壊に伴って中性子が放出されることがあり、これを遅発中性子と言う。半減期が長いものとして55秒の核種がある。実際の原子炉では、この中性子を含めて臨界を維持しているが、即発中性子と異なり、ベータ崩壊の寿命に応じて中性子の放出に遅れを伴う。このため、反応度の投入に対する急激な出力の変化を防ぐことができ、原子炉の制御を行うための十分な時間余裕が生まれる。遅発中性子の数は、生じる核分裂生成物の核種とそれぞれの収率によって変化する。

4) 長寿命マイナーアクチノイド
アクチノイドに含まれる超ウラン元素のうち、プルトニウム以外の元素の総称をマイナーアクチノイドといい、ネプツニウム(Np)、アメリシウム(Am)、キュリウム(Cm)などがある。このうち、237Np、241Am、243Amは、原子炉内の核燃料の燃焼によって生成される長寿命の原子核(長寿命マイナーアクチノイド)と言われており、この処分または管理を行うことが原子力エネルギー利用における大きな課題となっている。核変換は、これら長寿命マイナーアクチノイドを核分裂によって変換する技術である。原子力機構においても加速器駆動型未臨界炉(ADS:Accelerator-driven subcritical reactor)を用いた核変換技術の開発が行われている。

5) タンデム加速器
タンデム(TANDEM=縦に馬を二頭ならべる馬車)加速器とは、ペレットチェーンで運ばれる電荷を利用してターミナル部を高電圧に保ち、この電圧差を利用してイオンを加速している。まずは負イオンをターミナルに向けて加速し、ターミナル部でイオンを負から正に変換することで逆向きに再加速する、いわば2段回方式の加速装置の総称を指す。加速イオンのエネルギーと種類、またビーム量とビーム直径を正確に制御できる特徴があり、原子核研究分野においては精密な核反応測定ができる特徴がある。

図2
図2
図1
図1

AIが記事を作成しています