【名城大学】大リーグにおける多様化の歴史

大谷選手の活躍に見る 大リーグの多様化戦略

近年、多様性という言葉をよく耳にするようになりました。多様性には、性別や人種、国籍、年齢、障がいの有無、性的指向・性自認といった外から見て分かりやすい要素だけでなく、宗教や教育、仕事観、文化的背景など、外観から認識できないような個性やアイデンティティーの違いなど、実に多くの要素が含まれています。そういった意味で、世界中で起こっている全ての物事は、多様性の議論と無関係ではいられません。ここでは、本学鈴村裕輔准教授の研究テーマの一つである大リーグを例に、大リーグがどのように多様性に取り組んできたか、そして近年登場した大谷翔平選手が大リーグにおいてどのように受け止められているのかを紹介していただきます。
 

 

名城大学 外国語学部

鈴村 裕輔 准教授

法政大学大学院国際日本学インスティテュート政治学研究科政治学専攻博士後期課程修了。主な専門は比較思想、政治史、文化研究。近著に「清沢満之における宗教哲学と社会」(法政大学出版局、2022年)がある。野球史研究家として日米の野球の研究にも従事し、スポーツをとりまく出来事を社会・文化・政治的視点から分析した著作も多数。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌への出演や寄稿も多い。
 

大リーグにおける多様化の歴史

ご存じのように、アメリカは多くの移民を受け入れる多民族国家ですが、アフリカ系アメリカ人(黒人)に対して長い間差別があったことも事実です。アメリカの4大スポーツといえば野球(MLB:大リーグ)、バスケットボール(NBA)、アメリカンフットボール(NFL) 、アイスホッケー(NHL)ですが、特に大リーグには激しい人種差別がありました。初期の大リーグには選手も経営者も白人しかおらず、黒人選手は独自の「黒人リーグ」でプレーするしかなかったのです。この状況に風穴を開けたのが、黒人選手の「ジャッキー・ロビンソン」でした。1919年生まれの彼は、第二次大戦終了後の1945年に黒人リーグの球団に入団。ここでの活躍が認められ、1947年4月15日、黒人として初めて大リーグのブルックリン・ドジャース(現在のロサンゼルス・ドジャース)に入団しました。その後、各チームは黒人選手を採用し、1955年までに、当時の16球団すべてに黒人選手が在籍していたと記録されています。ジャッキー・ロビンソンの入団から75周年となる2022年4月15日、全球団の選手が、彼が現役時代に背負った「42」の背番号でプレーをしました。ちなみに、42番は今では全球団の永久欠番となっています。
 

大リーグと障がい者差別

人種問題に寛容でなかった大リーグですが、障がい者問題に関しては寛容でした。左腕を切断したにもかかわらず1882年から1887年までプレーした「ヒュー・デイリー」をはじめ、聴覚障がいのある「ウィリアム・ホイ」、右腕のない「ピート・グレイ」、右足がない「バート・シェパード」などの選手が大リーグで活躍しています。また先天性右手欠損の「ジム・アボット」投手は、1988年のドラフトでカリフォルニア・エンゼルスから一巡指名を獲得。彼は生まれつき右手首から先がないものの、右手首にグラブを乗せたまま左手で投球し、すぐに左手にグラブを持ち替えて捕球するという「アボット・スイッチ」という投球法を駆使し、1993年にはノーヒット・ノーランまで達成しています。
 

大リーグと性差別

一方、多様性には性差別の問題もあります。もちろん男性と女性は筋肉量も瞬発力も違いますから、同じグラウンドに立つことが直ちに多様性の重視になるというわけではありません。しかし球団の経営に関しては男性・女性の差はないはずです。ところが女性の登用という点では、大リーグはかなり遅れていました。球団オーナーのほとんどが男性で、たまに女性がいても、前のオーナーだった夫の後を継いだというパターンがほとんどでした。大リーグ人気が高く、スタジアムに多くの観客が詰めかけた時期にはそれでも良かったのです。しかし1994年と1995年に選手組合によるストライキがあり、大リーグの観客数が激減。その後は徐々に客足が戻り、2007年には過去最多の観客動員を記録しました。しかし、コロナ禍の影響で2020年は無観客となり、2021年以降は有観客となったものの動員力に陰りが見えています。加えて、これまで男性社会であった大リーグが、女性客から敬遠され始めたことも理由の一つでした。こうして、女性に魅力あるコンテンツづくりのために、ようやく大リーグは女性の積極的な登用を決めるのです。2020年には初の女性経営者が誕生し、また女性の監督やコーチなど、女性の進出が相次いでいます。
 

新たな多様性への取り組み

しかし、それでもまだ他のスポーツと比べると大リーグの多様化は遅れています。

セントラルフロリダ大学の一部門である「スポーツにおけるダイバーシティと倫理機構」(The Institute for Diversity and Ethics in Sport:TIDES)が2021年4月1日に行った調査からは、NFLとNBAと比較して大リーグの多様化が遅れていることが分かります。*TIDESでは主要プロスポーツや大学スポーツにおける「人種構成」「性別構成」「全体評価」を検証し、毎年報告書を公表している。評価は最高の「A+」から最低の「F」まで12段階あり選手や指導者・経営者の人種、性別などを詳細に調査し、評定している。
そして現在、大リーグは多様化の問題に対して本格的な取り組みを開始しました。そこには、私たちがよく知っている選手が大いに関係しているのです。
 

大リーグと日本人選手

日本人初の大リーガーは、1964年デビューの「村上雅則」(マッシー・ムラカミ)です。以降、1995年の「野茂英雄」まで日本人大リーガーは存在しませんでした。その後、多くの日本人選手が活躍しましたが、基本的に有色人種である日本人は身体が小さく、ひ弱というイメージで見られていました。走攻守のいずれでも大リーグ屈指の実績を残し、MVPも受賞した「イチロー」でさえ、線の細い選手という評価でした。しかし2018年にデビューした「大谷翔平」が日本人のイメージを一新します。彼は日本人でありながらアメリカ人の中に入ってもひけをとらない体格を持ち、二刀流という武器で大活躍。しかも礼儀正しく愛らしい振る舞いは、大リーグファンをとりこにしました。
 

大谷翔平のインパクト

大谷翔平の登場は、三つの意味で画期的でした。一つ目は、「ベーブ・ルース」をほうふつさせる活躍をしていること。アメリカは建国から246年の国ですが、これからも成長する国家と考えるとともに、自国の歴史に強い誇りを持っています。そしてアメリカ人なら誰もが知る歴史的な選手、ベーブ・ルースを思い起こさせる大谷翔平のことを、アメリカ人は尊敬したのです。 二つ目は、彼のおかげで黒人リーグに脚光が当たったということ。二刀流の選手はベーブ・ルースと大谷翔平だけではなく、黒人リーグにも存在しました。しかし白人至上主義の名残で、黒人リーグの記録は注目されてきませんでした。そこで、大リーグ機構は2020年に黒人リーグの成績を公式記録に認定し、リーグの評価を試みます。そして、その翌年に大谷翔平がMVPを受賞する活躍をすると、「1919年のベーブ・ルース以来の二桁本塁打・二桁勝利」の実現が期待されるとともに、1922年に黒人リーグのブレット・ローガン選手も「二桁本塁打・二桁勝利」を達成していたことが注目されました。大谷の登場が図らずも機構が進めた黒人リーグの再評価に大きく寄与したのであり、彼の登場はそれほどのインパクトがあったのです。
 

多様性の象徴「オオタニサン」

そして三つ目が、大谷翔平は大リーグにとって多様性の象徴になったということ。有色人種の日本人がこれだけ活躍できているという事実は、同時に傑出した才能をもつ非白人選手に対して、大リーグが公平に活動の場を与えているということでもあります。このように、大リーグは大谷翔平を通して「多様性に寛容な大リーグ」というブランド形成を行おうとしているのです。事実、大リーグが公式発表で取り上げる選手の数は、白人と非白人でほぼ1:1とされますが、実際の在籍選手の比率はほぼ2:1。今日、大谷翔平が日米のメディアで毎日取り上げられるのは、もちろん彼の実力でもありますが、その背後に大リーグの戦略が隠れているのです。 その戦略が顕著に見られたのが、2021年のMLBオールスターゲーム。この日の勝利投手は日本人の大谷翔平、セーブはオーストラリア人の「リアム・ヘンドリックス」、そしてMVPの「ブラディミール・ゲレーロ・ジュニア」はカナダとドミニカ共和国の二重国籍と、多国籍の選手が大活躍しました。これを大リーグの公式Twitterは「A Global Game」と表現したのです。「International」(国同士が互いに違いを理解して協同する関係)ではなく「Global」(異なる国籍の人や企業などが同一の基準・ルールの下で競争する関係)という単語を使ったところがポイント。ここに、「世界中から集まった選手が野球という競技を通して切磋琢磨(せっさたくま)している」ことをアピールした大リーグの戦略とプライドが見えてきます。
 

多様な視点で日本の近代史を探る

大リーグの話になるとつい熱くなってしまいますが、現在、講義で私が大リーグを語ることはあまりありません。私が主に担当する「国際日本学プログラム」では、日本社会の問題や文化の特徴を検討する講義のほか、18世紀後半から現代までの日本の歴史を見渡し、世界における日本近代化の過程と諸問題を考察します。これらはいずれも交換留学生向けの講義で、毎回講義に対する率直な感想を書いたリアクションペーパーを提出してもらうことになっています。これを読むと、彼らが日本を一つの視点で捉えているのではなく、政治・経済・社会、そして文化など、まさに多様性を重視した視点で捉えてくれていることが分かりうれしくなります。そして近い将来、私がこれまで研究してきた大リーグの多様性に関する考察なども、講義で話せる日が来ることをひそかに願っています。(敬称略)