体内で神経に集積して疼痛を抑制する抗体を独自に作製 長時間効果を発揮する鎮痛薬への応用に期待

2024-09-11 00:00
 神経細胞にレーザーを照射して刺激すると、興奮が神経線維上を伝導する(通常時)。 事前に抗体Aを投与しておくと、この神経線維上の興奮伝導が停止する(抗体A添加時)。

近畿大学大学院医学研究科(大阪府大阪狭山市)病因病態探索学専攻 後期博士課程4年 武内風香、同医学部医学科病理学教室主任教授 伊藤彰彦、奈良先端科学技術大学院大学(奈良県生駒市)先端科学技術研究科附属メディルクス研究センター教授 細川陽一郎らの研究グループは、独自に作製した抗体をマウスに注射すると、神経に集積して神経細胞の刺激伝導をブロックすること、また、疼痛が抑制されて鎮痛効果が24時間持続することを明らかにしました。本研究は、新しいメカニズムでの疼痛制御の可能性を示しており、従来と比較して長時間効果を発揮する鎮痛薬への応用が期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)9月11日(水)AM0:00(日本時間)に薬物療法の細胞学的・生理学的メカニズムに関する研究を扱う国際的な学術誌"Life Sciences(ライフサイエンシズ)"に掲載されました。

【本件のポイント】
●独自に作製した抗体をマウスに注射すると、神経に集積し、長時間保持されることを発見
●独自に作製した抗体は、神経上の刺激伝導をブロックし、疼痛を抑制することを解明
●本研究成果は、新しいメカニズムによる疼痛制御の可能性を提示し、従来と比較して長時間効果を発揮する鎮痛薬へ応用できると期待

【本件の背景】
「痛み」は身体の危険を知らせる基本的かつ重要な感覚ですが、過剰な痛みや薬剤の副作用としての疼痛は、QOLの低下や治療の妨害につながります。疼痛の治療には、さまざまな種類の鎮痛薬が用いられますが、作用時間が短く、胃粘膜への影響や喘息発作、肝障害等の副作用が問題視されています。また、モルヒネなどの麻薬性鎮痛薬でも抑えることができない難治性疼痛に対しては、未だ有効な治療薬がありません。
末梢からの痛みの信号は、全身に分布する神経細胞によって脳に届き知覚されます。本研究グループは、長年にわたって神経接着分子※1である細胞膜タンパク質「CADM1」(cell adhesion molecule 1)に関する研究に取り組み、この分子の病態学的研究をリードしてきました。近年は独自に作製した抗CADM1抗体を用いて、がんや神経系疾患の治療法開発を目指し、国内外の研究室や企業と連携して研究を精力的に推進しています。その一環で、神経の特定部位におけるCADM1の機能解明に取り組んできましたが、疼痛との関係性については明らかになっていませんでした。

【本件の内容】
研究グループは、「CADM1」を認識する複数種類の抗体を独自に作成しました。そのうち、CADM1の細胞外領域を認識する抗体Aをマウスの皮下に注射すると、皮膚組織中に存在する末梢神経線維に集積し、長時間保持されることを発見しました。
また、抗体Aが神経線維膜上に集積することによる効果を検討するため、培養細胞とレーザーを用いた刺激伝導実験を行った結果、抗体Aは神経の刺激伝導をブロックすることが示唆されました。さらに、マウスを用いた動物実験から、抗体Aの皮下投与が疼痛により生じる行動を抑制することを見出し、作製した抗体が動物においても神経刺激伝導を抑制することを明らかにしました。なお、マウスにおける抗体Aの鎮痛効果は24時間持続されたことから、既存の鎮痛薬の作用時間を大幅に超える長時間作用型の薬剤への応用が期待されます。
本研究成果は、末梢の神経線維にある接着分子を標的とした抗体による疼痛制御という新たな分野を開拓したものであり、既存の鎮痛薬では治療できない難治性疼痛に対する新しいアプローチの可能性も示しました。

図 マウスに抗体Aを投与した場合の疼痛行動の変化

【論文概要】
掲載誌:Life Sciences(インパクトファクター:5.2@2024)
論文名:Relief of pain in mice by an antibody with high affinity
    for cell adhesion molecule 1 on nerves
    (神経接着分子CADM1に対する高親和性抗体によるマウスの疼痛抑制)
著者 :武内風香1、萩山満2、米重あづさ2、和田昭裕2、井上敬夫2、
    細川陽一郎3、伊藤彰彦1,2* *責任著者
所属 :1近畿大学大学院医学研究科病因病態探索学専攻、
    2近畿大学医学部医学科病理学教室、
    3奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科附属
     メディルクス研究センター

【研究の詳細】
CADM1は免疫グロブリンスーパーファミリー※2に属する神経接着分子で、別名SynCAM1(Synaptic adhesion molecule 1)とも呼ばれ、神経細胞に高発現しています。末梢神経系では神経軸索※3とシュワン細胞※4との接着や、シナプス形成に機能していることが知られていますが、無髄線維※5における機能は不明でした。研究グループは、先行研究においてCADM1を認識する抗CADM1抗体を複数種類独自に作製し、神経軸索におけるCADM1の機能研究に取り組んできました。
まず、膜貫通タンパク質であるCADM1の、細胞外領域を認識する抗体Aをマウスの皮膚に注射すると、抗体AはCADM1を発現する神経軸索の膜上に集積し、長時間にわたり保持されることを免疫組織化学法※6にて発見しました。
次に、培養細胞を予めカルシウムインディケーター※7で処理し、出力の時間幅が非常に短いフェムト秒レーザーパルスによって神経細胞を発火させることで、神経刺激伝導を可視化できる系を構築しました。その系を用いてマウスの後根神経節細胞※8を培養し、フェムト秒レーザーパルスで刺激すると、通常は神経細胞の活動電位が軸索上を伝わり末梢方向へ伝わっていきますが、抗体Aを培地中に添加しておくと、この軸索伝導が阻害されることを発見しました。
さらに、この神経軸索伝導阻害効果が個体レベルでも作用するかどうかを、マウスを用いた疼痛実験で検証しました。マウスに抗体Aを注射した後に発痛物質を同部位に注射すると、マウスの疼痛行動が対照抗体の注射と比較して有意に抑制されました。このことから、抗体Aは個体レベルにおいても神経活動電位の伝導を阻害し、痛みの伝導を抑制していることが示唆されました。この鎮痛効果は抗体注射後24時間にわたり持続したことから、抗体Aは神経軸索上のCADM1に対し高い親和性があると考えられます。また、マウスの後根神経節細胞を用いたタンパク質発現解析の結果、抗体AはCADM1と結合して高分子の凝集体となり、細胞膜におけるCADM1発現を低下させることが示唆されました。この結果から、神経軸索上に発現するCADM1タンパク質は、軸索の活動電位伝導に寄与していることが示唆されました。
現在市販されている一般的な鎮痛薬であるNSAIDs※9の作用機序は、細胞内における痛みや炎症を引き起こす物質の合成阻害です。しかし、標的物質に対する特異性が低いことなどが原因で生じる、胃粘膜障害や喘息発作、肝障害等の副作用が問題となっています。また、神経障害性疼痛やがん性疼痛などの強い痛みに対する治療には、抗うつ薬やオピオイド※10などが選択されますが、いずれも効果を示さない難治性の疼痛や乱用などの問題を抱えています。本研究成果は、末梢の神経軸索膜上の接着分子に対する抗体による疼痛制御という新たなアプローチを示すものであり、今後のさらなる詳細な分子メカニズムの解明によって、疼痛領域における新規分野を切り開くことが期待されます。

【研究代表者のコメント】
伊藤彰彦(いとうあきひこ)
所属  :近畿大学医学部医学科病理学教室
職位  :主任教授、近畿大学大学院医学研究科長
学位  :博士(医学)
コメント:今回見出した鎮痛効果は、抗体Aが神経線維の表面に集積するという非常にシンプルな現象に依存しています。運動神経などは神経線維がミエリンというタンパク質でカバーされていますが(有髄神経)、知覚神経は神経線維がむき出しになっており(無髄神経)、抗体Aの集積が優先的に起こるようです。これによって運動麻痺を伴わない鎮痛効果が達成されていると考えており、臨床応用が期待されます。

【用語説明】
※1 神経接着分子:神経細胞同士の結合や、神経細胞と細胞外マトリックスとの結合を司るタンパク質。細胞の表面に存在している。
※2 免疫グロブリンスーパーファミリー:抗体である免疫グロブリン(ヒトではIgG、IgA、IgM、IgD、IgE)に特徴的な分子構造を持つタンパク質群。
※3 神経軸索:神経細胞から伸びる突起の一つ。神経細胞につき通常1本存在し、電気的興奮を伝える機能を果たす。
※4 シュワン細胞:末梢神経の軸索を取り囲む髄鞘を形成・維持する細胞。ニューロンの維持に重要なサイトカイン等を産生する。
※5 無髄線維:髄鞘をもたない軸索のこと。髄鞘が取り囲んでいる軸索は有髄繊維という。
※6 免疫組織化学法:抗原抗体反応を用いて、分子を可視化する手法。その分子を発現する細胞の特定や、細胞の形態を観察する方法として、最も一般的に使用されている。
※7 カルシウムインディケーター:カルシウムキレート剤に蛍光体をカップリングしたもの。Ca2+濃度の変化を蛍光強度の変化として可視化することができる。
※8 後根神経節細胞:後根神経節は感覚神経の神経節で、疼痛を知覚する際の中継点となる部位。本研究では、後根神経節の細胞を培養して用いた。
※9 NSAIDs:非ステロイド性抗炎症薬。細胞内においてシクロオキシゲナーゼという酵素の働きを阻害することで、炎症物質であるプロスタグランジンの生成を抑制する。
※10 オピオイド:モルヒネをはじめとする、オピオイド受容体に作用して痛みを強力に抑える物質。鎮痛作用の他に陶酔作用などがあり、高容量では呼吸抑制や昏睡を引き起こす。

【関連リンク】
医学部 医学科 教授 伊藤明彦(イトウアキヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/825-itou-akihiko.html
医学部 医学科 講師 萩山満 (ハギヤマミツル)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1764-hagiyama-mitsuru.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/

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