[奈文研コラム]青色が真っ黒に?―壁画の技法と変色のはなし―

奈良文化財研究所

 壁画の制作技法で代表的なものに、フレスコ技法とセッコ技法があります。フレスコ技法が、下地が乾かないうちに水で溶いた色材を塗布するのに対し、セッコ技法では、下地が乾燥したあとに接着剤(膠や卵など)を用いて塗布します。地域によってもどちらの技法が使われるか異なり、西洋の場合はフレスコ技法が主流です。フレスコ技法で壁画を描くと、下地形成時の化学反応により、色材が壁面と一体になるため、彩色層が堅牢にできあがります。それと比べると、セッコ技法の彩色層は脆弱だと言わざるをえません。かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》もセッコ技法で描かれており、それがほかの壁画と比べて、保存状態がよくない理由の一つとされています。

 「それなら、全部フレスコで描けばよいのでは?」と思った方もいるのではないでしょうか。残念ながら、この技法はすべての色材に対して使えるわけではないのです。例えば、私は壁画に用いられた青色顔料のアズライト(日本では「群青(ぐんじょう)」と呼ばれます)の劣化現象を研究していますが、この顔料はフレスコ技法では塗れません。このことは古くから知られていたようで、中世の技法書(文献1)には、アズライトをフレスコ技法で塗布できないことが記されています。これは、乾く前の下地の成分である水酸化カルシウムが強いアルカリ性を持ち、それがアズライトのような銅含有顔料を変色させてしまうからです。

 ではここで、私が実験に使った試料をお見せします【写真1】。この試料は、下地が内部まで完全に乾いていない状態で、アズライトを卵で塗布し、下地を塗った土台から水を供給したものです(比較として、水分を供給しなかった試料も示します)。私も文献からアルカリ成分で黒変することは知っていましたが、初めて目にした時には、「こんなにも真っ黒に......」とショックを受けたものです。

【写真1】アズライトを塗布した試料 (左:水分供給なし,右:水分供給あり)
続きはこちら