人体に有害な「鉛」とは反応しない熱安定な有機物を用いた非鉛ペロブスカイト太陽電池の作製に成功 ~グアニジンヨウ化水素酸塩とヨウ化スズを用いた新たなペロブスカイト太陽電池~
東京農工大学大学院工学研究院の嘉治寿彦准教授、同大学院博士前期課程在籍の石橋浩伸大学院生、近畿大学理工学部の田中仙君講師らの研究グループは、次世代太陽電池として注目されているペロブスカイト太陽電池(注1)の分野において、熱安定な有機物であるグアニジンヨウ化水素酸塩が、ペロブスカイト太陽電池の主原料であるヨウ化鉛とは反応しないにもかかわらず、その代替材料として通常用いられるヨウ化スズとは反応して、太陽電池として動作することを発見しました。
ペロブスカイト太陽電池は、現在主流のシリコン太陽電池にせまる高い太陽光エネルギーの変換効率と、安価というメリットがある一方で、主原料として、人体に有害な鉛や、有機物の中でも熱分解しやすいメチルアミンヨウ化水素酸塩などを用いているため、実用化に問題も抱えています。
今後、人体に有害な鉛を用いない、安全で安定なペロブスカイト太陽電池の研究開発の促進が期待されます。
[ポイント]
1.ヨウ化鉛とは反応しないグアニジンヨウ化水素酸塩がヨウ化スズとは反応することを発見しました。
2.熱的に安定なグアニジンヨウ化水素酸塩を用いることで熱分解の問題なしに真空蒸着できました。
3.将来的に、人体に有害な鉛を用いない、安全で安定なペロブスカイト太陽電池への応用が期待されます。
本研究成果は、本研究成果は英国の科学誌「Scientific Reports」(インパクトファクター 5.228 2016年)7月10日10時(日本時間7月10日18時)に掲載されました。
"Hybrid perovskite solar cells fabricated from guanidine hydroiodide and tin iodide"
(グアニジンヨウ化水素酸塩とヨウ化スズで作製したハイブリッドペロブスカイト太陽電池)
Scientific Reports, Vol. (2017).
URL:www.nature.com/articles/s41598-017-05317-w
研究背景:
ペロブスカイト太陽電池は近年急速に効率が向上し、世界中で盛んに研究されています。従来の太陽電池と比べて、安価で高効率なことから、次世代の太陽電池として期待されています。基本となる材料は無機物であるヨウ化鉛(PbI3)と有機物であるメチルアミンヨウ化水素酸塩(MAI)とを反応させたMAPbI3というペロブスカイト構造をとる有機無機ハイブリッド材料です。現在、高効率化や高安定化、無毒化などの目的でこの材料の金属・有機物・ハロゲンをそれぞれ組替えた様々な材料が研究開発されています。このような新規太陽電池材料の探索において検討されている、ハロゲン化アミン有機材料の一つ、グアニジンヨウ化水素酸塩は、ペロブスカイト太陽電池の主要材料であるヨウ化鉛とは反応しないことが報告されており、あまり有力な材料とはされていませんでした。
研究成果:
本研究で私たちは、このグアニジンヨウ化水素酸塩が、通常、ペロブスカイト構造作製の指針とされるトレランスファクター(注2)からはヨウ化鉛より不利な、ヨウ化スズと反応したことを報告します。この反応でできた薄膜の可視光吸収、X線回折、および太陽電池動作を確認しました。また、私たちは、グアニジンヨウ化水素酸塩の熱安定性が高いため、ペロブスカイト太陽電池材料で一般的なメチルアミンヨウ化水素酸塩やホルムアミジンヨウ素酸塩とは異なり、高真空下で精密制御した真空蒸着法による薄膜の形成が可能なことを確認しました。そして、真空蒸着中に液体を同時に蒸発させて結晶成長の制御をおこなう共蒸発分子誘起結晶化法(注3)により、ヨウ化スズの結晶粒子の大きさを制御し、非常に低い光電変換効率ではあるものの、太陽電池の短絡電流密度の向上に成功したことも報告します。
本研究成果の新しい点は、下記の3つです。
1と2のペロブスカイト太陽電池に関する発見に加えて、3のように、より一般的な薄膜成長技術の観点からも新しい点があります。
1.トレランスファクターではより不利にもかかわらず、ヨウ化鉛とは反応しないグアニジンヨウ化水素酸塩がヨウ化スズとは反応したこと。反応後の生成物は可視吸収を示し、X線回折からペロブスカイト構造が確認され、太陽電池としても動作しました。この結果はトレランスファクターだけがペロブスカイト形成の鍵ではなく、新しいペロブスカイト太陽電池材料の探索には、より多面的な検討が必要なことを示します。(図1)
2.グアニジンヨウ化水素酸塩がメチルアミンヨウ化水素酸塩やホルムアミジンヨウ素酸塩では頻繁に起きる問題なしに真空蒸着できるほど熱的に安定なこと。これにより、簡単なヒーター加熱による真空蒸着法を用いても安定してペロブスカイト太陽電池を作製できます。
3.共蒸発分子誘起結晶化法を用いてヨウ化スズを真空蒸着することで短絡電流密度の向上に成功したこと。この方法はこれまで、有機半導体にのみ用いてきましたが、今回、ヨウ化鉛とヨウ化スズに適用し、この方法による無機材料薄膜の成長制御に初めて成功しました。(図2)
今後の展開:本研究で作製したグアニジンヨウ化水素酸塩とヨウ化スズを反応させて用いた太陽電池の効率は現在のところ非常に低いですが、今回得られた知見は、今後、人体に有害な鉛を用いない、安全なペロブスカイト太陽電池の研究開発の促進に役立つことが期待されます。
注1) 桐蔭横浜大学の宮坂力教授らによって初めて報告された太陽電池で、現在、単結晶シリコン太陽電池に迫る20%以上の効率が報告されており、世界中で盛んに研究されています。
注2) ペロブスカイト構造(ABX3)を構成する要素(ここでは有機物(A)、金属(B)、ハロゲン(X))のイオン半径から計算される、ペロブスカイト構造のできやすさを示す指標。
注3) 嘉治准教授らが有機薄膜太陽電池のために考案した方法で、真空蒸着中に液体を導入することで有機混合膜の結晶化を促進します。研究を進めるうちに、真空蒸着法の本質的な拡張法であることが明らかになってきました。
謝辞
本研究の一部はJST-ALCA、科研費(25871056)、および、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1411036)の支援を受けて実施されました。
【関連リンク】
理工学部電気電子工学科 講師 田中 仙君(タナカ センク)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/312-tanaka-senku.html