学校法人自由学園がコラムを開始

「自分で時間割を作れる」だけでは不十分⁉︎ 主体的な選択に一番大切なこととは 。教科選択制への移行・前編

こんにちは、JIYUまなびコラム編集部です。
学校法人自由学園では、創立100周年を機に学校改革を進めており、予測不能な世界において、「良い教育」とは何か、どんな学校が「良い学校か」という問いについて、様々な人と共に考え続けています。

このシリーズでは、教育関係の記事を執筆されているライターの川崎ちづるさんに、自由学園が考える「良い教育のカタチ」を取材していただき、その内容をお届けしていきます。素朴な疑問から批判的な意見まで、率直にぶつけていただくことで、読者の皆さまと一緒に「良い教育」について考えていきたいと思います。
今回のテーマは、2022年度高等科入学の生徒から導入されている、「教科選択制」についてです。高等科教頭の山本太郎先生にお話を聞きました。導入の経緯に始まり、後半は自由学園のカリキュラム全体を貫く哲学にも話題が広がっていきました。

山本太郎先生

■ 「みんなで同じ教科を、同じペースで」からの脱却

――自由学園高等科では、2022年度から教科選択制に移行しました。それまでは、全員が同じ教科を履修する形式で、部分的な選択科目もなかったとお聞きしましたので、かなり大きな変更ですよね。 踏み切った理由は何だったのでしょうか?

山本:
「一番の目的は、『みんな一緒に、同じペースで、同じ内容を学ぶ』従来型の授業から脱却を図ることでした。

自由学園は、各学年1クラスの小規模な学校です(共学科に伴い2024年度からは3クラスに移行予定)。これまでは、アットホームな雰囲気のなかで信頼関係を築き、対話したり助け合ったりしながら、『共に学ぶ』ことを重視してきました。
一方で、高校2年生以降は特に、教科ごとの得意・不得意が顕著になってきます。物理や数学Bなど専門的で高度な内容になる教科では、毎年苦しむ生徒が出ていました。
さらに、卒業後の進路によって必要になる教科がそれぞれ異なる、といった課題に直面していたのも事実です。特に理系の大学・学部に進学したい生徒の場合は、学園の授業で扱う数学(数学IIや数学B)や理系の基礎科目だけでは不十分でした。
彼・彼女らは、塾に通ったり場合によっては浪人したりして進学しましたが、経済的な事情でそれらが難しい場合もあります。自分の希望を叶えるために学園外の学習が前提になってしまうのはどうなのか、子どもたちの選択肢を狭めているのではないか……。そんな葛藤がありました。
結局、みんなで同じ教科を学ぶことによって、苦手教科に苦しむ生徒にも、より多くの内容を必要としている生徒にも負担をかけてしまう状況があったわけです。
もっと一人ひとりに寄り添った学びを展開するために、教科選択制へと舵を切りました」

■ コースではない 「自分で一から選択する」意義

――「自分の得意や進路に合った学び」という意味では、理系・文系コースを設けるなどの方法もありますが、そうしたコース分けは行っていないのですよね?

山本:
「確かに、2年生からコース別にする学校も多いですよね。ただ、コースを用意してどちらかを選択する形式だと、学校側が『学びの枠』を限定することにつながってしまうと思うんです。

例えば、物理と古典は一緒に取るはずがないだろう、音楽か美術はどちらかでよいのでは、というように、学校がある程度教科を組み合わせた状態で、選択肢を提示することになります。でもそれは、学校側が勝手に想定したことですよね。

芸術系に興味を持つ生徒も多い。

別に物理と古典を組み合わせてもいいし、音楽と美術の両方を取ってもいい。こうした多様な学びのあり方を学校側が勝手に限定してしまうのは、少し傲慢だと思うんです。制度としての『傲慢さ』をできる限り排除した状態で、生徒が学びたいと思う教科を自分で選択してほしい。そう考えた結果、コース選択ではなく、教科選択制に行きつきました。
それに、大人なら誰でも感じることだと思うのですが、社会に出たあとに直面する仕事上の課題は、文系・理系というくくりでは分けられないものがほとんどですよね。将来につながる『生きた学び』をするためには、文理コースで分ける必要はないのかな、とも感じています」

■ 2年生から本格的に選択

――実際にカリキュラムが変更になって、生徒はどれくらい選択できるようになったのでしょうか?

山本:
「大きく選択できるのは、高校2年生からですね。3年生になると、さらに選択できる範囲が広がります。

1年生は、基本的に必修科目を学びます。基礎的な学習で『学びの体力』や『学び方』を身につける意味もありますが、1年間かけて2年生以降自分がどんなことを学びたいのか、じっくり考えるための時間でもあります。
2年生になると、選択必修(2教科のうちどちらかの選択が必須)や自由選択科目から週に10時間分を選択することができます。
そして、3年生では必修の5教科・週11時間を除いた時間はすべて、自由選択科目になります。
必修科目は国語(論理国語)や体育、探求、共生学(学園が独自に設置している科目)など総合的な学びが中心ですので、生徒自身が自分の関心や進路に合わせて柔軟に教科を選び、時間割を組み立てることができます」

■ 「教科選択制」だけでは主体的な学びにつながらない

――確かに、3年生はほとんどの時間が選択科目です。これだと生徒も「自分で主導権を持って学ぶ内容を決めている」と感じられるでしょうね。
ただ、自分の進路を考えながら教科を選択していくのは、かなりハードルが高い面もあります。やりたいことがない、将来に希望を持てない中高生が多いといわれるなかで、「選べない」「適当に選んでしまう」可能性もありますよね。心配する保護者も出てくるのではないでしょうか?

山本:
「単に制度を導入しただけで、『教科選択制になったから自分で考えてね』と生徒たちにその過程を丸投げしてしまったら、選べなくて当然だと思うんですよ。最近は、『自分の時間割を自分で作れる』というのが一種のブームになってきていますが、選択できる制度を用意しただけでは、主体的に学ぶのは難しいと考えています。

大切なのは、教科を選ぶための『材料』を生徒たち自身が持っていることです。でもそれは、机上の学びだけでは見つかりにくい。自分の関心や得意なことを知った上で、将来それをどう社会のなかで発揮して生きていきたいのか、具体的にイメージする機会が不可欠です。
ですから、授業や学校生活のなかでこうした時間を提供できなければ、教科を選べる制度だけあっても意味がないと思っています。
自由学園では、教科選択制の前提として、自分の興味・関心をじっくり深めるための実践的な学びを行う『探求※』、そして、社会問題について知り、学校の枠を超えて行動につなげる『共生学※』を、1年生から必修科目として設定しています。

共生学では、車椅子体験から街の課題と解決策を考える学びを行った。

『探求』と『共生学』で自分と社会について知り、行動と深い思考を繰り返していくうちに、教科の選択、さらには将来を考えることにつながっていく、という確信があります。
教科選択制は、こうした学びがベースにあるからこそ導入できた制度だと考えています」
――「探究(総合的な探究の時間)」は、2022年度から高校で必修化されましたよね。開始してまだ間もないと思いますが、すでにその成果を確信するに至っているのはなぜなのでしょうか?

山本:
「高等科では、『探求』も『共生学』も、正式に教科として位置づけたのは2022年度からですが、2021年度から既にトライアルで実施していました。そしてそれ以前も、自由学園では伝統的に、ある期間内で集中して一つのテーマに取り組む学びを行ってきました。

例えば、NPOと連携して路上生活者や生活困窮者におにぎりを作って配るプロジェクト、校舎の建物の一つを改修するプロジェクトなどです。これらは有志生徒の発案によって始まり、運営まで一貫して生徒が担いました。

路上生活者などにおにぎりを作って配る活動の様子。

こうした活動が、生徒たちの進路選択にプラスに働いていると長らく感じてきましたが、『探求』と『共生学』を教科として位置づけたことで、1年間を通してじっくり取り組めるようになりました。それが、さらに良い影響をもたらしていると実感しています。
また、教員はもちろん、その道の専門家など外部の方々から意見やアドバイスをもらう機会も充実し、『学び』として深めやすくなった側面もありますね。
そして実際に、2021年度以降授業として『探求』に取り組んだ生徒たちを見て、その意義を改めて大きく感じました」

■ 「探求」と「共生学」をカリキュラムの中心にして起こった変化

山本:
「先ほどふれた『校舎改修プロジェクト』は、2021年度から『探求』の授業で扱うようになりました。2019年度に有志生徒で開始して以来、4人の生徒が建築関係へと進学しています。

このプロジェクトは、改修の『基本構想』を生徒が一から作成したことが特徴です。建築設計事務所や大学の建築学科の方々の力を借りながら構想を取りまとめ、その後の具体的な建築計画にも関わっていく、かなり大規模なものでした。
その過程で生徒たちは、建築物に関する学びはもちろんですが、プロフェッショナルに出会って話を聞き、一緒に考えてアドバイスをもらうなど、貴重な経験を積み重ねていきました。
実際に社会の最前線で活躍する人たちのなかで、自分もメンバーの一員として改修を実現させる。インターネットや書籍などを使って調べる学習では得られない、とてつもない刺激や発見にあふれていたんだと思います。生徒たちが日々前のめりになっていく姿から、それをひしひしと感じました。
そうした経験をするうちに、生徒たちが自分の人生において、知らず知らずに設定してしまっている『人生の天井=限界』が外れていったように見えました。
教科学習から描く未来像、人生像だと、どうしても『自分が好きで、できそうなこと』の枠から出られないんですよね。だから、その枠のなかでやりたいことを探してしまう。
でも、『探求』や『共生学』で実社会と関わると、『面白い』『やってみたい』『ここに関わりたい』といった情熱が起点となるので、自分で設けてしまった限界を超えていくことができるんだと思います。
先ほどお話しした建築系の進路を選んだ生徒のうち、2021年度に卒業した一人は、プロジェクトで建築用CGに興味を持ちました。それで、調べたり建築事務所の方に相談したりするうちに、ハンガリーに建築用CGで有名な大学があることにたどり着き、今はエトヴェシュ・ロラーンド大学(Eötvös Loránd University)に入学して学んでいます。
かなり思い切った進路選択でしたが、校舎改築プロジェクトが大きな後押しになったと感じています」
「教科選択制」についてのお話が、気づけば「探求」と「共生学」の意義にスライドしていました。 それだけ、この2つが自由学園の学びにとって重要で、カリキュラムの中心にあることがわかりました。教科選択制は、そこで学んだことを生かして自分の学びを実現するための『手段』、という位置づけなのですね。

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後編では、現在進行中で教科選択に悩む生徒や、それを後押しする制度の仕組みなどについても聞いていきます。

(後編へつづく)
取材・執筆 川崎ちづる(ライター)

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