アルマ望遠鏡でダークマターの小規模なゆらぎを初検出 ダークマターの正体解明へ重要な一歩

2023-09-07 22:00
図1.検出されたダークマターのむらむら。オレンジ色が明るいほどダークマターの密度が高い場所、暗いほど密度が低い場所を表している。青白色は、クエーサー(銀河の中心核)が重力レンズ効果を受けた結果として、アルマ望遠鏡が観測した見かけの像を表している。(Credit:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K.T. Inoue et al.)

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)理学科物理学コース教授 井上開輝、東京大学大学院(東京都文京区)理学系研究科特任教授 峰崎岳夫、中央研究院天文及天文物理研究所(台湾)研究員 松下聡樹、国立天文台(東京都三鷹市)特任准教授 中西康一郎からなる研究チームは、チリ共和国に設置された世界最高の性能を誇る巨大電波干渉計「アルマ望遠鏡」を用いた天体観測により、宇宙空間に漂うダークマターのむらむら(空間的なゆらぎ)を、約3万光年というスケールにおいて検出することに初めて成功しました。
本研究成果は、従来の観測に比べて約10分の1以下という小さなスケールにおいても「冷たいダークマター」※1 がより確からしくなったことを示しており、ダークマターの正体を解明するための重要な一歩と言えます。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)9月7日(木)22:00(日本時間)、アメリカの宇宙物理学専門誌"The Astrophysical Journal"(アストロフィジカルジャーナル)に掲載されました。

【本件のポイント】
●国際プロジェクトによる世界最大級の電波干渉計「アルマ望遠鏡」で観測
●宇宙空間に漂うダークマターのむらむらを約3万光年のスケールでの検出に初めて成功
●本研究成果は、ダークマターの正体を解明するための重要な一歩

【本件の背景】
宇宙の質量の大部分を占める目に見えない物質「ダークマター」は、星や銀河といった宇宙の構造が作られる過程※2 で重要な役割を果たしてきたと考えられています。ダークマターは空間的に一様でなく、群がって宇宙に分布しているため、その重力により、遠方の光源からやってくる光(電波を含む)の経路をわずかに変えることができます。この効果(重力レンズ効果)の観測から、ダークマターは比較的大きな質量を持つ銀河や銀河の集団と共にあることがわかっていますが、より小さなスケールでどのように分布しているのかはこれまで分かっていませんでした。

【本件の内容】
研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて、地球から遠く110億光年の距離にある天体を観測しました。観測対象は、銀河の中心核であるクエーサー※3 の一つ「MG J0414+0534」※4(以下、「本クエーサー」)です。本クエーサーは、手前にある銀河の重力レンズ効果により4つの像に分かれて見えます。しかし、この見かけの像の位置や形は、手前にある銀河の重力レンズ効果のみから計算されるものとはずれており、銀河より小さなダークマターの塊による重力レンズ効果が働いていることを示していました。宇宙論的なスケール(数百億光年)に対して十分小さい3万光年程度のスケールにおいても、ダークマターの密度に空間的なゆらぎがあることが分かったのです(図1)。
この結果は、「冷たいダークマター」の理論的な予測と一致するものでした。その予測とは、銀河内だけでなく、銀河外の宇宙空間にもダークマターの塊が多数存在する(図2)というものです。今回見つけたダークマターの塊による重力レンズ効果は非常に小さいため、単独で検出することは極めて困難です。しかし、銀河による重力レンズ効果とアルマ望遠鏡の高い解像度を組み合わせることによって、初めてその効果を検出することができました。
本研究成果は、ダークマターの理論を検証し、正体を解明するための重要な一歩と言えます。

図2.重力レンズ効果の概念図。画像中央の天体は銀河、橙色が銀河間のダークマター、薄黄色が銀河内のダークマターを表している。光源のクエーサーから出た光(電波)は、銀河による大きな重力レンズ効果とダークマターの塊によるわずかな重力レンズ効果を受けるものと考えられる。研究チームは、銀河による重力レンズ効果のみを受けた場合の4重像の見え方と実際に観測された4重像とのずれから、光(電波)の経路上におけるダークマターの塊の分布を推定した。(Credit:NAOJ, K.T. Inoue)

【論文概要】
掲載誌:The Astrophysical Journal (インパクトファクター:5.521)
論文名:
ALMA Measurement of 10 kpc-scale Lensing Power Spectra towards the Lensed Quasar MG J0414+0534
(ALMAを用いた10kpcスケールにおける重力レンズクエーサーMG J0414+0534方向のレンジングパワースペクトルの測定)
著者 :井上開輝1*、峰崎岳夫2、松下聡樹3、中西康一郎4 *責任著者
所属 :1 近畿大学理工学部、2 東京大学大学院理学系研究科、3 中央研究院天文及天文物理研究所、4 国立天文台
DOI :10.3847/1538-4357/aceb5f

【研究代表者のコメント】
井上開輝(いのうえかいき)
所属  :近畿大学理工学部理学科物理学コース
職位  :教授
学位  :博士(理学)
コメント:世界最大級のALMA望遠鏡と天然の望遠鏡である重力レンズを組み合わせて、これまで知られてきたスケールよりもはるかに小さいスケールにおけるダークマターのむらむらを測定することができました。今後の新たな観測により、ダークマターのむらむらの3次元構造や、遠方宇宙におけるダークマターと矮小銀河(小さな質量を持つ銀河)の関係などが徐々に明らかになっていくものと思われます。

【研究支援】
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No.17H02868,19K03937)、国立天文台 ALMA 共同科学研究事業 2018-07A、同 ALMA JAPAN 研究費 NAOJ-ALMA-256、台湾 MoST 103-2112-M-001-032-MY3、106-2112-M-001-011、107-2119-M-001-020 の支援を受けて行われました。

【アルマ望遠鏡】
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行うことを目的とします。

【用語解説】
※1 冷たいダークマター:ダークマターが素粒子である場合、宇宙膨張により、宇宙の密度が下がると、他の粒子と出会うことがなくなるため、通常の物質の運動とは異なる独立した運動を始める。このとき、通常の物質に対して光の速さより十分小さい速さで運動するダークマターを「冷たいダークマター」と呼ぶ。速さが小さいため、大きなスケールの構造を壊す働きがない。そのため、比較的大きな銀河や銀河の集団などの構造を説明できる。

※2 宇宙の構造が作られる過程:宇宙初期においてダークマターの密度のむらむらが重力によって成長し、ダークマターの塊に引き寄せられた水素やヘリウムが集まって、星や銀河が作られたと考えられている。銀河より小さなスケールでダークマターがどのように分布しているか、詳しいことはまだ分かっていない。

※3 クエーサー:狭い領域から非常に明るい光を放つ銀河の中心核。銀河の中心に大きな質量をもつブラックホールがあり、その周りを高速で回転するガスから強い電磁波が放射されている。

※4 MG J0414+0534:地球からみるとおうし座の方向に位置する天体で、赤方偏移(光の波長の伸び率)はz=2.639。これをもとにプランク衛星の観測から得られたパラメータを用いてMG J0414+0534が光を発したときの宇宙年齢を計算し、パラメータの不定性も考慮して、この研究では距離を110億光年としている。

【関連リンク】
理工学部 理学科 教授 井上開輝(イノウエカイキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/272-inoue-kaiki.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/

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