EGFR遺伝子変異肺がんにおける重要な治療標的を確認 がんを抑制する新たな治療法の導入へ大きな期待

図1 腫瘍組織におけるHER3発現の例 EGFR阻害剤治療前の腫瘍組織(左)、EGFR阻害剤治療が無効となった後の腫瘍組織(右)
図1 腫瘍組織におけるHER3発現の例 EGFR阻害剤治療前の腫瘍組織(左)、EGFR阻害剤治療が無効となった後の腫瘍組織(右)

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(腫瘍内科部門)講師 米阪 仁雄を中心とする研究チームは、第一三共株式会社(東京都中央区、以下 第一三共)と共同で、EGFR遺伝子※1 変異肺がんの新たな治療法につながるHER3遺伝子※2 の発現異常を発見しました。本研究成果は、EGFR遺伝子変異肺がんにおいて、抗HER3抗体薬物複合体「パトリツマブ デルクステカン」※3 とEGFR阻害剤「オシメルチニブ」※4 の併用治療が有望である可能性を示す画期的なものです。
本件に関する論文が、令和3年(2021年)12月17日(金)23:00(日本時間)に、がん治療や腫瘍学に関する専門誌"Clinical Cancer Research, a journal of the American Association for Cancer Research"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●EGFR遺伝子変異肺がんに対するEGFR阻害剤治療が無効となった場合、がん細胞でHER3発現が増加していることを確認
●抗HER3抗体薬物複合体「パトリツマブ デルクステカン」とEGFR阻害剤「オシメルチニブ」の非臨床併用試験において、がん細胞の増殖を強力に抑制することを明らかに
●これまで効果的な治療法がなかった、EGFR阻害剤治療が無効となった後の新たな治療法として期待

【本件の背景】
肺がんは、世界で最も罹患数の多いがんの一つです。令和元年(2019年)の国立がん研究センターの調査によると、日本国内における死亡率は男性で第1位、女性でも第2位と非常に高く、予後の悪いがんとしても知られています。
EGFR遺伝子変異は、日本人の多くの肺がん症例でみられます。変異とは遺伝子の異常であり、変異することで遺伝子の働きに問題が生じて、がんの発生・進行につながります。EGFR遺伝子変異肺がんの治療薬としてはEGFR阻害剤が広く使用されていますが、多くの場合において、治療開始およそ20カ月後には、がんが治療への抵抗性を獲得して増大する傾向がみられます。EGFR阻害剤が無効となった後の治療は難しく、より有効な治療法の確立が必要とされています。

【本件の内容】
研究チームは、EGFR遺伝子変異肺がんの48症例について、EGFR阻害剤治療前と同治療が無効となった後の腫瘍組織を用いて、次世代シーケンサー※5 による網羅的な遺伝子解析等を行いました。
その結果、EGFR阻害剤治療が無効となった後の組織では、治療前に比べてHER3発現が増加していることがわかりました。HER3遺伝子はEGFR遺伝子とよく似ており、EGFR阻害剤の治療抵抗性に一部関与すると考えられています。今回、特にEGFR阻害剤を継続的に投与した組織でHER3発現が増加しており、同剤がHER3発現増加の要因であることがわかりました。
このため、第一三共が開発中の抗HER3抗体薬物複合体「パトリツマブ デルクステカン」とEGFR阻害剤「オシメルチニブ」の併用実験を行ったところ、がん細胞の増殖を強力に抑制することが認められました。本研究成果は、EGFR遺伝子変異肺がんにおいて、抗HER3抗体薬物複合体とEGFR阻害剤の併用治療が有望である可能性を示す画期的なものです。
なお、現在、第一三共が、EGFR遺伝子変異肺がん症例を対象に、パトリツマブ デルクステカンとオシメルチニブの併用療法に関して、日本も参加している国際共同治験を実施しています。

【論文掲載】
掲載誌:
Clinical Cancer Research, a journal of the American Association for Cancer Research
(インパクトファクター:12.531 @2021)
論文名:
HER3 augmentation via blockade of EGFR/AKT signaling enhances anticancer activity of HER3-targeting patritumab deruxtecan in EGFR-mutated non-small-cell lung cancer
(EGFR遺伝子変異肺癌におけるEGFR/AKTシグナル阻害は、HER3の発現を促し、HER3阻害剤パトリツマブ デルクステカンの抗腫瘍効果を高める)
著 者:
米阪 仁雄1、谷﨑 潤子1、前西 修2、原谷 浩司1、川上 尚人1、田中 薫1、林 秀敏1、坂井 和子3、千葉 康敬4、津谷 あす香5、後藤 大輝6、大塚 絵里6、沖田 弘明6、小林 真季6、吉本 龍人6、舟橋 賢記6、橋本 悠里7、廣谷 賢志8、明松 隆志7、西尾 和人3、中川 和彦1 ※ 責任著者:米阪 仁雄
所 属:1 近畿大学医学部内科学教室(腫瘍内科部門)、2 市立岸和田市民病院腫瘍内科、3 近畿大学医学部ゲノム生物学教室、4 近畿大学病院臨床研究センター、5 和泉市立総合医療センター腫瘍内科、6 第一三共RDノバーレ株式会社トランスレーショナル研究部、7 第一三共株式会社研究開発本部研究統括部オンコロジー第一研究所、8 第一三共株式会社研究開発本部開発統括部初期臨床開発部

【研究の詳細】
研究チームは、EGFR遺伝子変異肺がんの48症例について、EGFR阻害剤治療開始前の腫瘍組織と同治療が無効となった後の腫瘍組織を用いて研究を行いました。それぞれの組織について、HER3発現の状態を免疫組織染色法で調べ、網羅的な遺伝子解析を次世代シーケンサーにて行いました。
その結果、HER3発現は、治療開始前と比較して治療が無効となった後に増加していました。図1で褐色に染色されている部分が、がん細胞のHER3蛋白です。特に、EGFR阻害剤を休まずに継続投与した症例で、HER3の発現が増加していました。また、遺伝子発現パターンの解析から、EGFR阻害剤による細胞内のPI3K-AKT生存シグナル※6 の阻害が、HER3発現増加の要因であると考えられます。
次に、前臨床試験において、EGFR遺伝子変異肺がん細胞に対する、抗HER3抗体薬物複合体「パトリツマブ デルクステカン」とEGFR阻害剤「オシメルチニブ」による治療実験を行いました。無治療に比べると、パトリツマブ デルクステカン単剤およびオシメルチニブ単剤による治療はそれぞれ一定のがん細胞増殖抑制効果を示しますが、両薬剤を併用することでより強力に抑制することがわかりました(図2)。この併用による効果は、オシメルチニブがHER3の発現を増加させ、HER3を治療標的とするパトリツマブ デルクステカンの抗腫瘍効果を高めているためと考えられます。

図2 肺がん細胞株を用いた薬剤感受性試験 ①無治療 ②パトリツマブ デルクステカン単剤治療 ③オシメルチニブ単剤治療 ④併用治療
図2 肺がん細胞株を用いた薬剤感受性試験 ①無治療 ②パトリツマブ デルクステカン単剤治療 ③オシメルチニブ単剤治療 ④併用治療

【用語解説】
※1 EGFR遺伝子:細胞増殖をもたらす細胞膜受容体の遺伝子。この遺伝子の変異は発がんの原因となり、特に日本人の肺腺がん症例ではおよそ2人に1人でみつかる。EGFR遺伝子変異肺がんではEGFR阻害剤が標準治療薬として用いられている。

※2 HER3遺伝子:EGFRと同じHERファミリーに分類される遺伝子。がん細胞の生死を調整し、EGFR阻害剤の治療抵抗性に一部関与すると報告されている。

※3 抗HER3抗体薬物複合体「パトリツマブ デルクステカン」:第一三共が開発中の抗腫瘍薬。HER3を認識する抗体に、独自のリンカーを介して殺細胞効果を有する薬剤(DXd)を結合させた抗体薬物複合体(ADC)。このため、HER3を発現するがん細胞を選択的に阻害する。すでに、早期臨床試験においてその安全性と抗腫瘍効果が報告されており、標準治療後のEGFR遺伝子変異肺がん症例でも39%の奏効率が報告されている。

※4 EGFR阻害剤「オシメルチニブ」:EGFR遺伝子変異肺がんにおいて、EGFR遺伝子の活性化酵素(チロシンキナーゼ)を選択的に阻害し、がん細胞死をもたらす。EGFR遺伝子変異肺がんにおける標準治療薬として、実地医療で用いられている。

※5 次世代シーケンサー:DNAやRNAなどの核酸の塩基配列を、高度かつ高速に解析する装置。

※6 PI3K-AKT生存シグナル:細胞内のシグナル伝達経路の一つ。細胞の生死を調整する役割を持つ。

【関連リンク】
医学部 近畿大学病院 講師 米阪 仁雄(ヨネサカ キミオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1951-yonesaka-kimio.html
医学部 医学科 医学部講師 谷﨑 潤子(タニザキ ジュンコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1963-tanizaki-junko.html
医学部 医学科 医学部講師 川上 尚人(カワカミ ヒサト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1691-kawakami-masato.html
医学部 近畿大学病院 医学部講師 田中 薫(タナカ カオル)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1645-tanaka-kaoru.html
医学部 医学科 講師 林 秀敏(ハヤシ ヒデトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1646-hayashi-hidetoshi.html
医学部 医学科 講師 坂井 和子(サカイ カズコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1674-sakai-kazuko.html
医学部 近畿大学病院 准教授 千葉 康敬(チバ ヤスタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/707-chiba-yasutaka.html
医学部 医学科 教授 西尾 和人(ニシオ カズト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/757-nishio-kazuto.html
医学部 医学科 教授 中川 和彦(ナカガワ カズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/755-nakagawa-kazuhiko.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/


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