AIを用いた顔のシミの高精度診断支援システム開発に成功 レーザー治療実施判断を支援し、治療の最適化に期待

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)皮膚科学教室 非常勤講師 山本晴代、特任准教授 中嶋千紗、主任教授 大塚篤司らを中心とする研究グループは、近畿大学工学部(広島県東広島市)および他施設と共同で、顔面のシミの種類を人工知能(AI)で高精度に識別し、レーザー治療の実施判断を支援する診断システムを開発しました。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)6月6日(金)AM9:00(日本時間)に、医科学分野の国際学術雑誌"Cureus(キュリアス)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●AIを用いて、診断が難しい5種類の顔面色素性病変を高精度に分類し、診断を支援するシステムを開発
●5種類の病変について医師の診断精度を上回る結果を示し、早期発見と治療判断における有用性を確認
●色素性病変を正確に識別し、誤治療のリスクを低減して適切な治療の決定を支援するシステムの確立に寄与する研究成果
【本件の背景】
シミやアザに代表される顔面の色素性病変は、肝斑※1、雀卵斑(じゃくらんはん)※2(そばかす)、後天性真皮メラノサイトーシス※3、日光黒子※4、悪性黒子・悪性黒子型黒色腫※5 など多岐にわたり、見た目が類似するため診断が難しいと言われています。一方で、これらの病変は適切な治療法が大きく異なり、特にレーザー治療の可否や選択に直結するため、正確な診断が必要となります。たとえば、肝斑に対する不適切なレーザー照射は逆に悪化を招き、悪性黒子型黒色腫の見逃しは治療の遅れに直結するといったリスクがあります。
近年、深層学習(ディープラーニング)を用いた画像診断技術が注目されており、皮膚病変の自動分類において医師と同等以上の精度を達成している例も報告されています。しかし、ディープラーニングによる画像診断は、メラノーマ検出などでは豊富な実績があるものの、レーザー治療計画に直接関係する顔面の良性・悪性色素病変を対象とした研究は十分に行われておらず、診断支援システムの開発が求められています。
【本件の内容】
研究グループは、顔面の5種類の色素性病変(肝斑、雀卵斑、後天性真皮メラノサイトーシス、日光黒子、悪性黒子・悪性黒子型黒色腫)を識別するため、InceptionResNetV2※6 およびDenseNet121※7 というディープラーニングモデルを用いた分類システムを構築しました。432枚の臨床画像を用いて学習・検証を行い、皮膚科専門医9人と、非専門医11人の診断を比較しました。その結果、両モデルはそれぞれ87%、86%の診断精度を示し、専門医80%、非専門医63%という診断精度の中央値を上回りました。特に悪性黒子・悪性黒子型黒色腫の識別では100%の精度で診断が可能となり、臨床での診断支援ツールとしての有用性が示唆されました。
以上の結果から、開発したディープラーニングモデルは、顔面色素性病変の診断において皮膚科専門医の精度を凌駕する性能を示し、診断支援や適切な治療計画の決定に寄与できる可能性が示唆されました。
【論文概要】
掲載誌:Cureus(インパクトファクター:1.4@2024)
論文名:Deep Learning-based Classification System
for Facial Pigmented Lesions to Aid Laser Treatment Decisions
(レーザー治療の意思決定を支援するための顔面色素性病変のディープラーニング
分類システム)
著者 :山本晴代1、中嶋千紗1*、葛西健一郎2、入江浩之3、金友仁成4、栁原茂人4、三宅早苗1、
渡辺圭子1、佐藤さゆり5、宇原久5、竹田史章6、大塚篤司1 *責任著者
所属 :1 近畿大学医学部皮膚科学教室、2 葛西形成外科、
3 京都大学大学院医学研究科皮膚科学、4 かねとも皮フ科クリニック、
5 札幌医科大学医学部皮膚科学講座、6 近畿大学工学部電子情報工学科
【研究詳細】
研究グループは、顔面の色素性病変に対するレーザー治療の意思決定を支援する目的で、ディープラーニングを用いた分類支援システムを構築・評価しました。対象は、肝斑、雀卵斑、後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)、日光黒子、悪性黒子・悪性黒子型黒色腫(LM・LMM)の5種の病変です。研究では、432枚の高解像度臨床画像を用い、InceptionResNetV2およびDenseNet121という2種類の畳み込みニューラルネットワーク※8(CNN)を、転移学習で訓練しました。
各画像にホワイトバランス補正および病変部位のROI抽出※9 を施し、画像の鮮明度なども客観的に評価しました。学習済みモデルは5クラス分類タスクに適用され、それぞれの診断精度はInceptionResNetV2が87%、DenseNet121が86%を記録し、専門医(中央値80%)および非専門医(中央値63%)より高い性能を示しました。特に、LM/LMMの診断では両モデルとも精度100%を達成しており、悪性病変の見逃しリスクを最小限に抑える可能性が示唆されました。LM/LMMなどのメラノーマに対してレーザー治療を実施してしまうと、がん再発時の手術が困難になるケースや、逆に浸潤がんとなるケースもあることから、LM/LMMを正確に診断できる本システムは、特にレーザー治療を検討する場面での適切な病変同定に有用と明らかになりました。将来的には、顔面色素斑の鑑別診断を支援するツールとして、治療適応判断や副作用予測といった応用も視野に入れたモデル拡張が期待されます。一方で、用いた画像データについて、患者ごとに分割されておらず、いずれも限定的な条件下で撮影されていることから、学習データとして不足があると指摘されており、より現実的な臨床環境下での有効性検証が、今後期待されています。
【研究者のコメント】
大塚篤司(おおつかあつし)
所属 :近畿大学医学部皮膚科学教室
職位 :主任教授
学位 :医学博士
コメント:今回の研究により、顔のシミを識別するAIモデルの開発に成功しました。このAIモデルは、レーザー治療における診断の誤りを減らし、適切なレーザー機器の選択を導くことが期待されます。近畿大学医学部皮膚科学教室は、このような新たなAI技術を活用し、美容診療の向上に貢献していきたいと考えています。
山本晴代(やまもとはるよ)
所属 :近畿大学医学部皮膚科学教室
職位 :非常勤講師
学位 :博士(医学)
コメント:この研究では、顔のシミやあざなどを見分けるAIモデルを開発しました。特に悪性の病変を見逃さない点が大きな強みです。どの治療が安全かを判断する助けとなり、間違った治療を防ぐことが期待されます。今後は、実際の診療現場で活用できるように研究を続けていきたいと思います。
【用語解説】
※1 肝斑:日光のあたる部分の皮膚にできる、斑状の暗褐色の色素沈着。
※2 雀卵斑:いわゆるそばかすのことで、顔に小さな斑点が広がる。主に遺伝的な要因でできる。
※3 後天性真皮メラノサイトーシス:20歳前後の女性に多く発生する後天性のシミで、肝斑や雀卵斑と誤診されることが多く、年齢や色調、形などで見分ける必要がある。
※4 日光黒子:紫外線が主な原因とされ、顔や腕など肌の露出部分に多く生じる。シミのなかで最も多い。
※5 悪性黒子・悪性黒子型黒色腫:メラノーマ(悪性黒色腫)の一種で、日本人では希少がんとして扱われる。ほくろと見分けづらいうえ非常に悪性度の高いがんで、高齢者に多く見られる。
※6 InceptionResNetV2:画像分類を実行するために設計されたAIモデル。
※7 DenseNet121:ResNetを改良して開発された、比較的少ないパラメータ数で学習できるAIモデル。
※8 畳み込みニューラルネットワーク:データから直接学習する、ディープラーニングのためのネットワーク アーキテクチャ。特に、オブジェクト、クラス、カテゴリを認識するために画像の中からパターンを検出する場合や、音声、時系列、信号データを分類する際にも非常に有効な手法。
※9 ROI抽出:Region of Interest。関心領域という。画像または動画の中で特に注目して、処理や分析を行いたい部分を指す。画像の処理、画像認識、機械学習などで用いられる用語。
【関連リンク】
医学部 医学科 特任准教授 中嶋千紗(ナカシマチサ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2692-nakashima-chisa.html
医学部 医学科 教授 大塚篤司(オオツカアツシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2634-otsuka-atsushi.html