慢性閉塞性肺疾患患者に対する吸気筋トレーニングの効果を検証 横隔膜移動距離が吸気筋トレーニングの評価項目として有用と証明

2024-06-25 17:00
超音波画像診断装置を使用し、横隔膜移動距離を測定する様子

近畿大学病院(大阪府大阪狭山市)リハビリテーション部理学療法士 白石匡、近畿大学医学部リハビリテーション医学教室臨床教授 東本有司、同内科学教室(呼吸器・アレルギー内科部門)主任教授 松本久子らを中心とする研究グループは、喫煙等が原因で発症し、肺に炎症が生じて正常に呼吸ができなくなる生活習慣病「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」について研究しています。
近畿大学病院に通院する患者を対象に、この疾患の治療に用いられる吸気筋トレーニング(IMT)の効果を検証した結果、このトレーニングが横隔膜機能を改善させ、全身の持久力向上や歩行時の呼吸困難感に対して有効に働くことを証明しました。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)6月20日(木)に、欧州呼吸器学会の学術誌"ERJ Open Research"(イーアールジェイ オープン リサーチ)にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●慢性閉塞性肺疾患患者が吸気筋トレーニング(IMT)を行うことで、横隔膜の可動性を改善することを示唆した初めての研究
●慢性閉塞性肺疾患患者に対する運動療法後の在宅治療を中心とした吸気筋トレーニング(IMT)が、横隔膜移動距離を改善することを証明
●横隔膜の可動性の改善は運動耐容能や歩行時の呼吸困難感の改善に寄与することを明らかに

【本件の背景】
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)は、主に喫煙などが原因で気道が狭くなり、肺の弾力性が低下する病気です。罹患すると、特に運動時に息をしっかり吐き出せず、肺に空気が溜まることで肺が過度に膨らんで、呼吸を助ける筋肉である横隔膜が正常に機能しなくなり、呼吸困難や息切れの原因となります。国内患者数は年々増加傾向にあり、最新の統計によると、日本における潜在的な患者は約500万人と推定されています。研究グループはこれまでに、超音波画像診断装置を用いた横隔膜移動距離の測定が、慢性閉塞性肺疾患患者の全身の持久力(運動耐容能)等の予測に有用であることを報告してきました。
吸気筋トレーニング(IMT)は吸気抵抗負荷法(一方弁で仕切られた筒状の器具で、吸気時のみに抵抗を段階的に負荷する方法)と呼ばれる呼吸筋トレーニングの一種で、慢性閉塞性肺疾患患者に対して最大吸気圧、呼吸筋耐久力、漸増負荷圧※1、運動耐容能、呼吸困難感等の項目で改善が得られるとされています。しかし、吸気の主要な筋肉である横隔膜に対してどのような効果があるかは、これまで明らかになっていませんでした。これらを踏まえ、研究グループは、横隔膜機能が低下している慢性閉塞性肺疾患患者がこのトレーニングを行うことで、横隔膜の可動性等が改善されると仮説を立てて研究を実施しました。

【本件の内容】
研究グループは、近畿大学病院に通院する慢性閉塞性肺疾患の患者を対象に、横隔膜機能に対する吸気筋トレーニング(IMT)の効果について調査しました。12週間の呼吸リハビリテーションプログラムの後、在宅治療を中心としたIMTと定頻度の外来呼吸リハビリテーションを受けた患者群と、低頻度の外来呼吸リハビリテーションのみを受けた患者群に分け、超音波画像診断装置を用いて横隔膜の移動距離を測定することで、IMTが横隔膜機能に及ぼす影響を評価しました。その結果、IMTを受けた患者群のみ横隔膜移動距離が増加したことが明らかになりました。また、全身の持久力(運動耐容能)等の改善が見られ、歩行時の呼吸困難感も軽減されました。
本研究成果により、IMTが慢性閉塞性肺疾患患者の横隔膜機能を改善させ、運動耐容能・歩行時の呼吸困難感に対して有効に働くことを証明しました。

【論文掲載】
掲載誌:ERJ Open Research(インパクトファクター:4.2@2022)
論文名:
Enhanced Diaphragm Excursion and Exercise Tolerance in COPD Patients. through Inspiratory Muscle Training after Standardised Pulmonary Rehabilitation: Randomised controlled trial
(呼吸リハビリテーション後の吸気筋トレーニングによるCOPD患者の横隔膜移動距離と運動耐容能の向上:ランダム化比較試験)
著者 :白石匡1*、東本有司2、杉谷竜司1、水澤裕貴1、武田優1、野口雅矢1、西山理3、山﨑亮3、工藤慎太郎4、木村保1、松本久子3 *責任著者
所属 :1 近畿大学病院リハビリテーション部、2 近畿大学医学部リハビリテーション医学教室、3 近畿大学医学部内科学教室(呼吸器・アレルギー内科部門)、4 森ノ宮医療大学インクルーシブ医科学研究所
DOI :10.1183/23120541.00035-2024
URL :https://openres.ersjournals.com/content/early/2024/06/06/23120541.00035-2024

【研究の詳細】
研究グループは、先行研究をもとに慢性閉塞性肺疾患(COPD)の呼吸困難感と運動耐容能の改善には、横隔膜機能を改善することが重要であり、それを評価する方法として、IMTが有効な手段ではないかと仮説を立てました。その仮説を検証するため、近畿大学病院に通院する病状が安定したCOPD患者29人(IMT群15例と対照群14例)を対象とした非盲検ランダム比較試験※2 を実施しました。
参加者は、標準化された12週間の呼吸リハビリテーション(PR)プログラムの後、在宅治療を中心としたIMTと理学療法士が監督する低頻度の外来PRセッション(2週に1回)からなる12週間のIMTプログラムを受けた患者群と、対照として、低頻度の外来PRのみを受けた患者群に分かれました。IMTプログラム実施後、横隔膜移動距離はIMT群で増加しました(50.1±7.6mm→60.6±8.0mm、p<0.001)が、対照群では増加がみられませんでした(47.4±7.9mm→46.9±8.3mm、p=0.10)(いずれもp<0.01)。また、IMT群では運動耐容能(PeakVO2)や運動中の換気応答(VE/VO2,VE/VCO2)、運動時の1回換気量に改善が見られ、歩行時の呼吸困難感も軽減しました。本研究は、12週間の在宅治療を中心としたIMTによりCOPD患者の横隔膜の可動性を改善させられることを証明した初めての研究です。
横隔膜は最も重要な吸気筋であり、IMTの効果を確保するためには横隔膜を十分に動員する必要があります。しかし、これまでの研究では、IMTの評価項目として横隔膜の可動性は検討されていませんでした。研究グループは、横隔膜移動距離がIMTにより増加することを証明するとともに、横隔膜機能の改善がIMTの重要な評価項目である可能性を示しました。本研究は、在宅治療を中心としたIMTが横隔膜移動距離を改善させ、運動耐容能・歩行時の呼吸困難感に対して有効に働くことを証明しました。
今後はCOPD患者以外で、横隔膜機能低下が報告されている間質性肺疾患患者に着目してCOPD患者の横隔膜移動距離と換気パラメータの比較を行うとともに、各疾患の特性を明らかにし、本研究と同様にIMTの効果について調査を進めます。

IMT開始時と12週間後の横隔膜移動距離の変化 IMT群では対照群と比較し、12週間後において有意に横隔膜移動距離が改善した。

【用語解説】
※1 漸増負荷圧:IMT実施時に次第に増加させた負荷圧。
※2 非盲検ランダム比較試験:研究の対象者を2つのグループに無作為(ランダム)に分け、治療法等の効果を検証すること。本研究ではIMTの効果を検証した。

【関連リンク】
医学部 医学科 教授 東本有司(ヒガシモトユウジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/673-higashimoto-yuuji.html
医学部 医学科 教授 松本久子(マツモトヒサコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2626-matsumoto-hisako.html
医学部 医学科 准教授 西山理(ニシヤマオサム)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/718-nishiyama-osamu.html
医学部 医学科 医学部講師 山﨑亮(ヤマザキリョウ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1781-yamazaki-ryo.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/
近畿大学病院
https://www.med.kindai.ac.jp/

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