[奈文研コラム]面を取り戻す
東日本大震災では、様々な文化財が被災しました。そうした文化財の一つに無形民俗文化財があります。地域に伝わるお祭りや芸能などを対象とした文化財です。東北地方太平洋沿岸部は民俗芸能と呼ばれる、地域の芸能が多く伝えられていることで知られていました。東日本大震災の津波により、その道具が多数失われました。私は、東北地方で民俗芸能を研究するものとして、その再生のお手伝いをすることになりました。無形の文化財ですので、文化財としての価値は、その踊り、演奏という技にあります。道具自体が有形の文化財であることもありますが、多くは、市販品を購入し、また自分たちで製作しているものになります。では、再生の手伝いといえば、購入資金を手当てだけをすればよかったのでしょうか。
被災地の担い手に話しを聞くと、何でもかんでも買ってくれば事が足りる、ということでは無いとのことでした。その代表が、神楽であれば面、獅子舞であれば獅子頭です。その芸能の顔となる道具は、周辺の同系の芸能との違いを端的に示すものであるからのようです。そのため、面、頭は失われたものと同じものを作ってもらいたい、という強い要望をもらいました。
しかしながら、そのための資料は芸能が行われている場面の写真しかありません。複数の写真を合わせると、なんとなく立体のイメージが掴めますが、そのために撮った写真ではないので、詳細は判別できません。依頼された彫り師は、そこで、模型づくりに使われる、加工がしやすいバルサ材を使って仮彫をつくり、担い手がそれを手に取って修正点を確認することで、失われた面に近いものを再現しようという方法を考えました。
実際に仮彫を見たとき、神楽師は面の表情だけではなく、顔に当てたときの当たり具合、目穴の見え方というところも含めて、確認をしていました。そして、この仮彫を確認するときは、多くの神楽師が集まり、皆でこの面の特徴を話し合っていたのが印象的でした。それぞれ微妙に異なる面の印象、それは面を被る役が多い人、面と対峙する役が多い人でも、面の記憶が異なりますので、そういう多角的な目で仮彫を確認していきました。また、面自体の来歴を後輩に教えるなど、面自体を捉えなおす場にもなっていました。