野生動物・絶滅動物ゲノムの機能解析を可能にする技術を開発 生物多様性の理解に向けた世界初の研究成果

近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)遺伝子工学科准教授 宮本 圭を中心とする、近畿大学と英国・ケンブリッジ大学の共同研究グループは、哺乳動物のゲノムに初期化※1 を誘導する新たな手法を開発しました。これはクローン技術※2 を改変し、野生環境で絶滅したシロオリックス(Oryx dammah)のゲノムから、初期胚で特異的に発現する遺伝子の活性化※3 を誘導することに世界で初めて成功したものです。
従来の研究において、野生動物ゲノムの解析は主にDNAの塩基配列を調べる方法が主流でした。本研究で開発した新手法によって、ゲノム配列がどのように機能するかを、絶滅動物を含む様々な動物種で解析することが可能となり、生物の多様性理解のために重要な成果であるといえます。
本件に関する論文が、令和3年(2021年)11月4日(木)AM1:00(日本時間)に、米国Cell Pressが発行するオープンアクセス学術雑誌"iScience"に掲載されます。

【本件のポイント】
●野生絶滅動物ゲノムを含む哺乳動物ゲノムに初期化を誘導し、発生初期にしか発現しない遺伝子の活性化を誘導する新手法を開発
●従来のクローン技術では困難とされてきた、種々の動物細胞核の初期化誘導が可能に
●絶滅動物ゲノムの機能解析が可能となり、生物多様性の理解のためにも重要な成果

【本件の内容】
分化した成体の細胞を卵子の中に移植することによって、細胞が分化前の状態に戻る初期化の技術を用いて様々なクローン動物がつくられ、絶滅危惧動物の繁殖や絶滅動物の復活が期待されてきました。しかし、クローン技術のほとんどは研究室で繁殖操作が可能な実験動物に限られ、野生動物に初期化を誘導することは難しいとされています。
研究グループは、従来のクローン技術では用いられたことのない停止状態のマウス初期胚内で、様々な動物細胞核に、重要な初期化現象である胚性遺伝子※4 の活性化を誘導することに成功しました。また、この手法により、野生環境で絶滅したとされるシロオリックスの死後個体から回収した組織で初代培養細胞を樹立し、その細胞核から胚性遺伝子の活性化に成功しました。本研究成果により、実験動物のマウス胚を用いて、多様な野生動物のゲノム機能を解析することが可能となります。
本研究で発展した改変クローン技術を用いて、絶滅危惧動物ゲノムや絶滅動物ゲノムの機能解析を行うことで、生物多様性を理解し、種の絶滅につながるような特性を分子レベルで解明することが期待されます。

【論文掲載】
雑誌名:iScience(インパクトファクター:5.458)
論文名:
Cell division- and DNA replication-free reprogramming of somatic nuclei for embryonic transcription
(細胞分裂とDNA複製を必要としない体細胞核の初期化による胚性遺伝子の活性化)
著 者:
冨川 順子(近畿大学生物理工学部 研究支援者)、クリストファー・ペンフォールド(ケンブリッジ大学 博士研究員)、神谷 拓磨(近畿大学大学院生物理工学研究科 生物工学専攻 2020年卒)、日比野 理紗(近畿大学生物理工学部遺伝子工学科 2021年卒)、小坂 歩未(近畿大学生物理工学部遺伝子工学科 2021年卒)、安齋 政幸(近畿大学先端技術総合研究所 教授)、松本 和也(近畿大学生物理工学部 教授)、宮本 圭(近畿大学生物理工学部 准教授)
責任著者=宮本 圭
共同筆頭著者=冨川 順子、クリストファー・ペンフォールド、神谷 拓磨

【研究の背景】
初期化技術の発展により、クローン動物やiPS細胞(人工多能性細胞)が報告され、動物繁殖分野や再生医療分野に大幅な進展が見られるようになりました。
クローン動物作出には、体細胞核移植法が用いられます(図1上)。体細胞核移植には、作りたいクローン動物のゲノムを有するドナー細胞と、それを移植する同種のレシピエント卵子※5 が必要です。つまり、クローン技術によって野生動物細胞を初期化したい場合、野生動物の卵子を回収する必要があり、現実的には困難だといえます。そこで、ドナーとは異種の卵子に細胞核を移植する異種間核移植法が開発されました。しかし、異種間核移植は、多くの場合で異種間クローン胚が正常に細胞分裂せず、クローン胚が発生するために必須となる胚性遺伝子の活性化も確認できずに失敗するケースがほとんどでした(図1下)。この、(1)胚の分裂異常、(2)胚性遺伝子活性化の失敗、という2点が、野生動物細胞初期化の障壁となっていました。

(図1)広く用いられている体細胞核移植法。上はドナー細胞とレシピエントが同種の場合、下は異種の場合を示す。
(図1)広く用いられている体細胞核移植法。上はドナー細胞とレシピエントが同種の場合、下は異種の場合を示す。

【研究の詳細】
研究グループは、従来の核移植法を用いた場合に観察される、(1)胚の分裂異常、(2)胚性遺伝子活性化の失敗、という大きな障壁を克服するため、分裂なしに直接胚性遺伝子の活性化を誘導可能な新規核移植法の開発を目指しました。
そこで、通常の核移植法では、胚性遺伝子の活性化が誘導されるまでにドナー細胞の細胞周期※6 が初期胚型に同期化し、細胞分裂が起こった後に初めて遺伝子が活性化されることに着目し、既に転写活性を有する初期胚に直接ドナー細胞核を移植する新たな核移植法を提案しました(図2)。この新規核移植法を用いて、まず初期胚と同種のマウス由来のドナー細胞を移植したところ、移植細胞に元々発現していない胚性遺伝子の活性化が確認されました。さらに、この胚性遺伝子の活性化は、細胞分裂やDNA複製※7 なしに誘導可能であることを実験的に示しました。哺乳類初期胚を用いて、分裂・DNA複製なしに直接遺伝子活性化を誘導するのは世界で初めての報告となります。さらに、この胚性遺伝子活性化に重要となる初期胚の中に存在する転写因子※8 の同定にも成功しました。
最後に、野生環境で絶滅し、動物園で飼育されていたシロオリックスが寿命によって死亡した後に回収した組織から初代培養細胞を樹立し、その細胞核を用いて新規核移植法によって異種細胞からの胚性遺伝子化が可能であるかを検討しました。その結果、死後のシロオリックスから採取した細胞核を移植した場合でもマウスの細胞核と同様に初期化誘導が確認され、胚性遺伝子の活性化も認められました。
以上の研究成果により、野生動物を含む様々な動物種由来の細胞核に初期化を誘導し、発生初期にのみ発現する遺伝子の再活性化を誘導可能とする実験系を構築したといえます。

(図2)本研究により発展した新規核移植法
(図2)本研究により発展した新規核移植法

【今後の展望】
本研究により、死後の野生動物・絶滅危惧動物を含む哺乳動物種のゲノムから、転写を誘導する実験系を構築しました。この新手法により、ゲノムの塩基配列解析だけでなく、ゲノム配列がどのように機能するかについての情報を得ることが可能となります。これは、生物多様性を理解するうえでとても重要なことです。さらに、本手法によって今まで野生動物細胞の初期化の障壁となっていた、(1)胚の分裂異常、(2)胚性遺伝子活性化の失敗、を克服することに成功しました。今後は本手法をさらに発展させ、初期化した野生動物ゲノムの増幅に挑み、貴重なゲノム資源の保全を目指します。

【用語解説】
※1 初期化:成体の細胞が、再び体内のすべての細胞へと分化できる能力を獲得する現象。特にゲノムの初期化とは、成体細胞のゲノム(DNAのすべての遺伝情報)に蓄積したエピジェネティックな情報がリセットされ、発生ごく初期の状態に戻る現象のことをいう。

※2 クローン技術:細胞核を受精前の卵子に移植して作製した再構築胚の発生を、活性化刺激等により誘導し、最終的に再構築クローン胚を仮母に移植することにより、ドナー細胞と同じゲノムを有するクローン動物を作出する。

※3 遺伝子の活性化(遺伝子発現):細胞内で遺伝子の発現スイッチが入りRNAやタンパク質が合成される過程のこと。

※4 胚性遺伝子:発生ごく初期の着床前の胚で発現する遺伝子。胚発生が正常に進行するために必要となる。

※5 レピシエント卵子:作りたいクローン動物のゲノムを移植する卵子のこと。一般的にクローン技術において、レシピエント卵子は精子と受精する前の卵子が用いられる。未受精卵子に移植されたドナーゲノムは、レシピエント卵子の働きによって初期化が誘導される。

※6 細胞周期:細胞が増えるとき、細胞分裂が生じて新たな細胞がつくりだされる過程のこと。細胞周期にはG1、S、G2、M期が存在する。初期胚は体細胞と比較して特殊な細胞周期の進行を示すことが知られている。

※7 DNA複製:細胞が分裂する前に、DNAが複製されてその数が2倍となる過程。遺伝子の活性化とは一見無関係に思われるが、初期化の際にはDNA複製を経ることが効率的な転写活性化につながると考えられてきた。

※8 転写因子:遺伝子の転写開始や転写調節に関与するタンパク質の総称。DNA上に結合する。

【関連リンク】
生物理工学部 遺伝子工学科 教授 松本 和也(マツモト カズヤ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/488-matsumoto-kazuya.html
生物理工学部 遺伝子工学科 准教授 宮本 圭(ミヤモト ケイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1353-miyamoto-kei.html
先端技術総合研究所 教授 安齋 政幸(アンザイ マサユキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/502-anzai-masayuki.html

生物理工学部
https://www.kindai.ac.jp/bost/
先端技術総合研究所
https://www.kindai.ac.jp/bost/about/advanced-technology/


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