3D立体映像の映写に必要な「円偏光」の新たな発生法を開発 3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コスト削減に期待

2021-04-01 15:30
"Chemistry-An Asian Journal"の表紙に採用されたイラスト

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科准教授の今井 喜胤(よしたね)、大阪府立大学(大阪府堺市)大学院工学研究科教授の八木 繁幸、大阪大学(大阪府吹田市)大学院理学研究科化学専攻講師の山下 健一らの研究グループは、3D立体映像を映し出す際に使われるらせん状に回転しながら振動する光、「円偏光」を、白金錯体※1 に外部から磁力を加えるというこれまでにない方法で発生させることに成功しました。この方法を使うことで、円偏光発光体の製造コストを安く抑えることができるため、将来的に、3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コストの削減や、高度な次世代セキュリティー認証技術の実用化などに繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和3年(2021年)3月30日(火)に、アメリカの学術出版社Wileyが発刊する化学分野の学術誌"Chemistry-An Asian Journal"にオンライン掲載され、Cover Picture(表紙)に採用されました。

【本件のポイント】
●外部から磁力を加えることにより、室温でアキラル※2 な白金錯体から円偏光の発生に成功
●加える磁力の方向を変えることで、円偏光の回転方向を制御し、右回転円偏光と左回転円偏光の両方を選択的に取り出すことに成功
●3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コストの削減や、高度な次世代セキュリティー認証技術の実用化などに繋がることが期待できる

【本件の背景】
特定の方向に振動する光を「偏光」といい、その中でも、らせん状に回転しているものを「円偏光」といいます。円偏光は、3D表示用有機ELディスプレイなどに使用される新技術として注目されています。通常の発光体から発せられる光は、右回転円偏光と左回転円偏光の両方を含んでおり、3D表示に必要な右回転円偏光だけを得るには、フィルターを用いて左回転円偏光をカットする必要がありますが、この方法では、光量が半分になってしまう問題があります。そのため現在、世界中で一方の円偏光を優先的に発することのできる円偏光発光体の開発が進められています。
近年、色や回転方向が異なる種々の円偏光発光体の開発が報告されていますが、現在の技術では鏡面対称(左手と右手のような鏡像関係)の構造をもつキラル(光学活性)※3 な発光体の対から右回転円偏光または左回転円偏光を発生させるのが一般的です。

【本件の内容】
研究グループは、室温で高い発光効率を示すことが知られている2種類のアキラル(光学不活性)な白金錯体に対して、外部から磁力を加えることによって、円偏光を発生させることに成功しました。また、磁力の方向を変えることで円偏光の回転方向を制御する、すなわち単一の発光体から右回転円偏光と左回転円偏光の両方を選択的に取り出すことに成功しました。さらに、白金錯体の濃度を変えることで、円偏光の色を変化させることにも成功しました。
外部から磁力を加えることによって円偏光が発生する現象自体は古くから知られているものの、それは極低温や強磁場などの過酷な条件下でのみ観測されていました。今回の成功は、室温かつ永久磁石による磁場下でも円偏光の発生に成功したという点で優れています。また、アキラルな分子は、一般にキラルな分子よりも製造コストを安く抑えることができるため、円偏光発光体の製造コストも抑えることができます。
以上のことから、将来的には、本研究成果が3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コストの削減や、高度な次世代セキュリティー認証技術の実用化などにつながることが期待されます。

【論文掲載】
雑誌名:
Chemistry-An Asian Journal
(インパクトファクター:4.056/2019-2020)
論文名:
Magnetic circularly polarized luminescence from PtIIOEP and F2-ppyPtII(acac) under north-up and south-up Faraday geometries
(N→SおよびS→N配置の磁場印加によるPtIIOEPおよびF2-ppyPtII(acac)からの磁気円偏光発光)
著 者:松平 華奈(近畿大学大学院総合理工学研究科)、
    味村 優輝(近畿大学大学院総合理工学研究科)、
    布袋 純一(大阪府立大学大学院工学研究科)、
    八木 繁幸(大阪府立大学大学院工学研究科)、
    山下 健一(大阪大学大学院理学研究科)、
    藤木 道也(奈良先端科学技術大学院大学)、
    今井 喜胤*(近畿大学理工学部)*は責任著者

【研究の詳細】
近年、発光効率が高く、分子設計により目的に応じた機能を付与できる有機発光体や有機-無機ハイブリッド発光体が注目されています。その中でも、白金(Pt)錯体は室温で高い発光効率を示すことから盛んに研究されており、例えば、ポルフィリン※4 の白金錯体であるPtOEPという物質は、高効率なリン光性赤色発光※5 を示し、有機ELや酸素センサー、圧力センサーなどへの応用が研究されています。また、白金錯体の中には、濃度に依存した凝集状態の変化により、発光の色調が変化するものもあります。
本研究では、アキラルな白金含有有機-無機ハイブリッド発光体のPtOEPとF2-ppyPt(acac)に対して、外部から磁力を加えることにより、円偏光の発生について検討しました。これら白金発光体を溶液中やポリマーフィルム※6 中で外部から磁力を加えて光を発生させたところ、アキラルであるにもかかわらず、円偏光発光の発生に成功し、磁力の方向を変えることにより、光の回転方向は反転しました。さらに、F2-ppyPt(acac)では、濃度を変えることにより、水色から橙色と100nm以上、円偏光発光の色調(波長)を変えることに成功しました。

【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(C)(課題番号 JP18K05094)、新学術領域研究(課題番号JP 19H04600, JP 20H04678)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田 聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究代表者:赤木 和夫)によって実施されました。

【用語解説】
※1 白金錯体:白金は、プラチナと呼ばれることもあり、単体では、白い光沢を持つ金属として存在する。宝飾品、触媒、医療分野など多方面で利用され、有機化合物と結合した錯体は、発光体としても利用されている。
※2 アキラル:ある現象の鏡写しの鏡像体が、元々の現象と重ね合わせることができる性質。
※3 キラル:キラルの反意語であり、右手と左手のように、ある現象の鏡写しの鏡像体が、元々の現象と重ねることができない性質のこと。
※4 ポルフィリン:ピロールが4つ組み合わさってできた環状構造を持つ有機化合物。平面の構造をしており、中心部に鉄やマグネシウムなどを結合することができる。生体内では、重要な役割を担っている。
※5 リン光性赤色発光:赤色の発光現象の一種で、一般的な赤色の発光より、寿命が長い性質がある。そのため、暗闇で長く光っている夜光塗料として利用されることも多い。
※6 ポリマーフィルム:高分子を薄くフィルム状にしたもの。一般的には、家庭用ポリ袋、ラップ、フィルムなどに利用。

【関連リンク】
理工学部 応用化学科 准教授 今井 喜胤(イマイ ヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/

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