mRNAを核から細胞質へ輸送するバルクmRNA輸送体の構成因子を解明 がんの早期発見や予後の予測に役立つ可能性のある研究成果

2種類のバルクmRNA輸送体の複合体
2種類のバルクmRNA輸送体の複合体

近畿大学農学部(奈良県奈良市)食品栄養学科教授 増田誠司と、藤田医科大学医科学研究センター(愛知県豊明市)助教・国立がん研究センター研究所(東京都中央区)研究員 藤田賢一、東京薬科大学生命科学部(東京都八王子市)教授 小島正樹、京都大学(京都府京都市)名誉教授 三上文三らによる研究グループは、遺伝子からタンパク質が合成される際に、mRNA※1を核から細胞質へと輸送するバルクmRNA輸送体※2 の複合体について分析し、未解明だった構成因子を新たに同定しました。また、2種類ある複合体の機能分担についても解明しました。
バルクmRNA輸送体の複合体構成因子は、いろいろながん細胞で高発現していることから、本研究成果は今後、がんの早期発見や予後の予測に役立つ可能性があります。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)1月15日(月)に、世界的に権威のある科学誌"Nature Communications(ネイチャー コミュニケーションズ)"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●ヒトのバルクmRNA輸送体の1つであるAREX複合体の構成因子を新たに同定
●TREX複合体とAREX複合体は、中心構成因子の1アミノ酸の変異によって構造に違いが生じ、それぞれ特異的なmRNA輸送に関わることを解明
●バルクmRNA輸送体の複合体構成因子はいろいろながん細胞で高発現しているため、本研究成果はがんの早期発見や予後の予測に役立つ可能性がある

【本件の背景】
ヒトの体を構成している細胞では、存在している部位に応じてさまざまなタンパク質が合成されます。ヒトを含む真核生物でタンパク質が合成される流れは、まず、核内においてDNAからmRNAの前駆体が転写され、さまざまな修飾・加工の過程を経て成熟したmRNAとなります。その後、mRNAがバルクmRNA輸送体によって細胞質へと輸送され、タンパク質に翻訳されます。
これまでに、ヒトのバルクmRNA輸送体として、TRanscription-EXport(TREX)複合体とAlternative mRNA-EXport(AREX)複合体の2種類が発見されていますが、TREX複合体の構成因子や機能等は先行研究によりすでに明らかになっています。一方、AREX複合体は解明が進んでおらず、また、なぜバルクmRNA輸送体が2種類存在するのかもわかっていません。

【本件の内容】
研究グループは、本研究によってAREX複合体の構成因子として、RUVBL1、RUVBL2、ILF2、ILF3、HNRNPMという5つの分子を新たに同定しました。
また、AREX複合体の主要構成因子であるURH49の構造を解析しました。TREX複合体とAREX複合体はそれぞれ構成因子が異なりますが、URH49とTREX複合体の主要構成因子であるUAP56は、非常にアミノ酸配列が類似しています。そこで、URH49とUAP56を比較した結果、1つのアミノ酸の変異により立体構造に違いが生じることを明らかにしました。さらに、2つの複合体は、それぞれ特異的なmRNA輸送に関わっていることも示しました。

【論文概要】
掲載誌 :Nature Communications(インパクトファクター:16.6@2022)
論文名 :Structural differences between the closely related RNA helicases, UAP56 and URH49, fashion distinct functional apo-complexes
(近縁のRNAヘリカーゼUP56とURH49の構造の違いによって、異なる機能的なアポ複合体が形成される)
著者  :藤田賢一1,2,3*、伊藤慶紗1、入江みどり1、原田光太郎1、藤原奈央子1、池田宥哉1、吉岡英恵1、山崎智弘1、小島正樹4、三上文三5,6、前田明2、増田誠司1,7,8,9,10*
*責任著者
所属  :1 京都大学大学院生命科学研究科、2 藤田医科大学医科学研究センター、3 国立がん研究センター、4 東京薬科大学生命科学部、5 京都大学生存圏研究所、6 京都大学エネルギー理工学研究所、7 近畿大学農学部、8 近畿大学大学院農学研究科、9 近畿大学アグリ技術革新研究所、10 近畿大学アンチエンジングセンター
論文掲載:https://www.nature.com/articles/s41467-023-44217-8
DOI  :10.1038/s41467-023-44217-8

【研究の詳細】
mRNAの転写・プロセシング※3・核外輸送過程はそれぞれ共役しており、この共役の鍵となるのが、進化的に保存されており、祖先からほぼ変化していないバルクmRNA輸送体です。ヒトでは、RNAヘリカーゼ※4 であるUAP56とURH49が、TREX複合体とAREX複合体として知られる2種類のバルクmRNA輸送体をそれぞれ形成し、その後、同様の複合体へと再構築されることによって、選択的なmRNA核外輸送経路を形成しています。UAP56とURH49が属しているRNAヘリカーゼファミリーは、一般的にパートナータンパク質を介して核外に輸送する標的RNAを認識します。しかし、AREX複合体の構成因子はURH49とCIP29を除いては不明であり、また、UAP56とURH49は非常に類似した因子であるにもかかわらず別の複合体を形成するメカニズムも不明でした。
研究グループは、まず、AREX複合体の新たな構成因子としてRUVBL1、RUVBL2、ILF2、ILF3、HNRNPMを同定しました。また、URH49の結晶構造解析を行い、すでに報告されているUAP56と比較することで、構造の違いが1アミノ酸の変異に起因することを示しました。最後に、UAP56とURH49の共通の祖先遺伝子であるSub2と比較することで、特異的な構造的・機能的多様化についての新たな洞察を得ました。
進化の過程で、UAP56とURH49の他にも多くのRNA結合タンパク質が機能的に多様化し、統制された遺伝子発現を行うようになり、それらが生物の複雑さに貢献しています。UAP56とURH49に加えて、NXF、NXT、DDX19、SRタンパク質など、いくつかの重要なmRNAプロセシングおよび核外輸送因子が、酵母からヒトへと進化的に多様化しており、そのなかのいくつかの因子は、起源となった遺伝子とは異なる標的特異性を獲得しています。しかし、こうした違いの背後にある分子メカニズムはほとんどわかっていません。mRNAプロセシング・核外輸送関連タンパク質の多様化の生理的な意義がさらに解明されれば、ヒトにおけるmRNAのプロセシングと輸送を介した遺伝子発現のメカニズムがより精緻に明らかになると期待されます。
さらに、UAP56とURH49の機能的な仕組みとその違いを解明することは、高等生物における遺伝子制御の理解を深めるだけでなく、これら2つのヘリカーゼの異常によって起こるさまざまな疾患の理解にも重要であると推察されます。今回同定したAREX複合体の新規構成因子を含めて、TREX複合体の構成因子もさまざまながんで高発現や過剰発現が観察されています。このため、同様にAREX複合体の構成因子ががんにおける遺伝子発現の重要な調節因子である可能性があり、AREX複合体の発現や活性を阻害する薬剤は、がん治療の標的となるケースも考えられます。実際、AREX複合体の新規構成因子ILF3の阻害剤であるYM155や、RUVBL1およびRUVBL2サブコンプレックスの阻害剤であるCB-6644は、抗がん活性を示すことが知られています。

【研究代表者コメント】
増田誠司(ますだせいじ)
所属  :近畿大学農学部食品栄養学科、近畿大学大学院農学研究科、近畿大学アグリ技術革新研究所、近畿大学アンチエンジングセンター
職位  :教授
学位  :博士(農学)
コメント:進化に伴って、輸送するmRNAの種類や量が増加します。これに伴い、必要なすべてのmRNAを効率よく細胞質へと輸送するシステムとして、2つの輸送体ができたのだと思います。これらの輸送体の構成因子は、正常な細胞でもちろん必要ですが、さまざまながんではそれらの発現がさらに亢進しているため、がんのマーカーや予後の予測に役立つ可能性があります。

【用語解説】
※1 mRNA:RNAはDNAとよく似た化学構造を持つ物質(リボ核酸)で、DNAを鋳型として合成される。RNAのうち、タンパク質をコードするものをmRNAという。
※2 バルクmRNA輸送体:転写されてプロセシングを完了した成熟mRNAは核から細胞質へと輸送されるが、その際mRNAの種類に関わらず輸送するタイプのmRNA輸送体のことを示す。
※3 プロセシング:mRNA前駆体が受ける修飾・加工のことで、キャッピング、スプライシング、ポリアデニル化といったものが挙げられる。
※4 RNAヘリカーゼ:RNAの2次構造やRNA二重鎖をほどく活性をもつタンパク質の総称。

【関連リンク】
農学部 食品栄養学科 教授 増田誠司(マスダセイジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2523-masuda-seiji.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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