前立腺がんの予後を左右する因子の同定に成功 ホルモン療法の抗がん作用長期化への応用にも期待
近畿大学薬学部(大阪府東大阪市)医療薬学科病態薬理学研究室教授 川畑篤史、近畿大学奈良病院(奈良県生駒市)薬剤部 林友典、同 平田敦士、兵庫医科大学(兵庫県西宮市)薬学部助教 宮本朋佳(近畿大学薬学部研究員兼務)、関西医科大学附属病院(大阪府枚方市)薬剤部 岩根詩織(近畿大学薬学部研究員兼務、関西医科大学附属病院の所属は執筆当時)、同 打谷和記、関西医科大学腎泌尿器外科学講座主任教授 木下秀文、社会医療法人生長会府中病院(大阪府和泉市)薬剤部 小泉祐一、同 富士谷昌典の研究グループは、近畿大学奈良病院、関西医科大学附属病院、生長会府中病院において前立腺がんの診断を受け遠隔転移※1のない患者のうち、治療効果の高いホルモン療法を受けた人の診療データを抽出し、ホルモン療法の効果に影響を与える因子を解析しました。その結果、ホルモン療法開始後に糖尿病または高血圧症を発症した患者では、ホルモン療法が効かなくなり前立腺がんが再発しやすくなること、また、前立腺がん発症前から脂質異常症の治療薬を服用していた患者では、長期にわたってホルモン療法の有効性が持続し、前立腺がんが再発しにくくなることを見出しました。本研究成果は、ホルモン療法を受けている前立腺がん患者において、再発をいち早く予測するための手がかりとなるとともに、ホルモン療法の作用を長期化させる新たな戦略構築に貢献すると期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)10月4日(金)に、分野横断的な国際学術雑誌"Scientific Reports(サイエンティフィック リポーツ)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●前立腺がん患者において、ホルモン療法開始後に糖尿病や高血圧症を発症した場合、ホルモン療法の効果が弱まり、予後が不良となる
●前立腺がん発症前から脂質異常症(高LDLコレステロール血症)治療の薬剤を服用していた患者では、長期にわたってホルモン療法の効果が持続し、再発しにくくなる
●本研究成果は、ホルモン療法を受けている前立腺がん患者において、がんの再発を予測する手がかりとなり、ホルモン療法の効果を持続させるためにも役立つと期待される
【本件の背景】
日本の男性において最も多いがんの一つである前立腺がんは、腫瘍マーカーを用いることで早期発見が可能です。前立腺がんは男性ホルモンに依存して増殖するため、早期前立腺がんには男性ホルモン除去療法が極めて有効です。しかし、ホルモン療法の有効性は治療継続に伴って徐々に低下し、5年以内に10~20%の患者はホルモン療法が効かない状態になり、前立腺がんが再発して予後不良となります。また、前立腺がん患者に長期間ホルモン療法を行うことで、副作用として筋肉量減少を伴うメタボリックシンドロームが発症し、糖尿病、高血圧症、脂質異常症などの合併症が起こることが知られています。
近畿大学薬学部病態薬理学研究室では、先行研究により、男性ホルモンのない状態で培養した前立腺がん細胞の一部の因子の活性が、細胞外の糖の濃度の影響を強く受けることを明らかにしましたが、実際に前立腺がん患者の予後に糖尿病がどのような影響があるかは明らかではありませんでした。
【本件の内容】
研究グループは、近畿大学奈良病院、関西医科大学附属病院および生長会府中病院において、過去8年間に前立腺がんの診断を受けて遠隔転移がなく、ホルモン療法を行った患者の診療データを解析しました。
その結果、ホルモン療法開始後、糖尿病または高血圧を発症した前立腺がん患者では、その後ホルモン療法が効かなくなる状態(がん細胞の去勢抵抗性獲得)になり、前立腺がんが再発しやすくなることを見出しました。一方、ホルモン療法開始後の脂質異常症の発症と、がん細胞の去勢抵抗性獲得には関係がありませんでしたが、前立腺がん発症前から、脂質異常症(高LDLコレステロール血症)治療薬を服用していた患者では、ホルモン療法の抗がん作用が長期にわたって持続し、がんの再発が起こりにくくなっていることがわかりました。
本研究成果により、前立腺がん患者においてホルモン療法開始後に発症する糖尿病と高血圧は、予後の不良を引き起こすこと、また、脂質異常症の治療に使用する薬剤を併用すれば、ホルモン療法の有効性が長期にわたって維持できることが示唆されました。
【論文掲載】
掲載誌:Scientific Reports(インパクトファクター:3.8@2023)
論文名:Opposing impact of hypertension/diabetes following hormone therapy initiation and preexisting statins on castration resistant progression of nonmetastatic prostate cancer: a multicenter study
(遠隔転移のない前立腺がんの去勢抵抗性獲得に及ぼすホルモン療法開始後に発症した高血圧/糖尿病と既存のスタチン処方の相反する影響:多施設共同研究)
著者 :林友典1、宮本朋佳2,6、岩根詩織3,6(3は執筆当時)、富士谷昌典4、打谷和記3、小泉祐一4、平田敦士1、木下秀文5、川畑篤史6,* *責任著者
所属 :1 近畿大学奈良病院薬剤部、2 兵庫医科大学薬学部、3 関西医科大学附属病院薬剤部、4 生長会府中病院薬剤部、5 関西医科大学腎泌尿器外科学講座、6 近畿大学薬学部病態薬理学研究室
DOI :10.1038/s41598-024-73197-y
URL :https://doi.org/10.1038/s41598-024-73197-y
【本件の詳細】
遠隔転移のない前立腺がん患者において、ホルモン療法を実施後、前立腺がん細胞が去勢抵抗性を獲得するまでの期間に及ぼす因子を解析したところ、ホルモン療法開始後に糖尿病(図1)または高血圧症(図2)を発症した患者では、その後、前立腺がん細胞が去勢抵抗性を獲得しやすくなることが判明しました。また、多変量解析※2をした結果、ホルモン療法開始後に糖尿病を発症した場合は、去勢抵抗性獲得のリスクが参照群の3.85倍、高血圧を発症した場合は2.75倍高いことが判明しました(表1)。
一方、ホルモン療法開始後に脂質異常症を発症した場合は、前立腺がん細胞の去勢抵抗性獲得は促進されませんでした。そこで、脂質異常症治療薬のうち、高LDLコレステロール血症の治療に使用されるスタチン系薬剤※3に抗がん作用があるという先行研究に着目し、さらに解析を行ったところ、前立腺がん発症前からスタチン系薬剤を服用している患者では、去勢抵抗性獲得のリスクが参照群の0.25倍となり、スタチン投与によって前立腺がん細胞の去勢抵抗性獲得が抑制されていることを明らかにしました(表1)。
本研究成果は、前立腺がん患者において、ホルモン療法の副作用として発症するメタボリックシンドローム構成要因のうち、糖尿病と高血圧は予後増悪因子であるのに対し、脂質異常症は見かけ上、予後増悪因子ではないことを示しています。一方、高LDLコレステロール血症治療に使用されるスタチン系薬剤を前立腺がん発症前から服用している患者では、ホルモン療法の抗がん作用が長期にわたって維持されており予後改善に寄与していることを明らかにしました。
本研究成果により、今後、ホルモン療法とスタチン系薬剤を併用することで、ホルモン療法の有効性を長期的に持続させることが可能になると期待されます。
【研究者のコメント】
川畑篤史(かわばたあつふみ)
所属:近畿大学薬学部医療薬学科
近畿大学大学院薬学研究科、近畿大学薬学総合研究所
職位:教授
学位:博士(薬学)
コメント:本論文は、近畿大学薬学部を卒業した病院薬剤師との共同研究により得られた研究成果をまとめたものです。大学における基礎研究により得られた新発見がヒトでどのように反映されているかを明らかにする臨床研究と、臨床研究により得られた新知見を実験動物や培養細胞を用いて再現し分子メカニズムを解明する基礎研究を精力的に進めています。このような「双方向性トランスレーショナル研究」により、がん治療の有効性向上や副作用軽減に直結する意義深い研究成果が次々に得られています。今後は糖尿病性末梢神経障害や線維筋痛症などの難治性疼痛患者の新規治療法開発に貢献する研究成果を発表していきたいと考えています。
【用語解説】
※1 遠隔転移:がん細胞が最初に発生した原発巣から、血液やリンパ液の流れに乗って別の臓器や器官に移動し、その部位で増殖すること。
※2 多変量解析:相互に関連のある多種類のデータを総合的に要約したり、数値を予測する解析方法。重回帰分析やクラスター分析などが含まれる。
※3 スタチン系薬剤:肝臓でのコレステロール合成を抑制し、主に血液中のLDLコレステロールを低下させ、動脈硬化などを予防する薬剤。
【関連リンク】
薬学部 医療薬学科 教授 川畑篤史(カワバタアツフミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/564-kawabata-atsufumi.html