【岡山理科大学】「瀬戸内海の海運の歴史に迫る貴重な資料」
直島沖の早崎水中遺跡で古代~近代にわたる遺物と近世の沈没船を確認 ――岡山理科大学などの研究グループの調査で判明
香川県・直島沖の「早崎水中遺跡」(香川県直島町)の遺物などを調べていた調査団(代表、富岡直人・岡山理科大学副学長)は1月23日、沈没船の周辺で新たに9世紀末~10世紀初頭の九州北部産土師器や東海系の須恵器などが見つかったと発表しました。調査団は「この時期の沈没船が見つかるのは極めて稀。明治期より古い時期の海上交通、海運の歴史に迫り、海を介した人の動きをみるのに非常に貴重な資料」としています。
![調査結果を発表する(左から)山本准教授、富岡教授、柴田助教](/attachments/ILaoK3bO8wqUFVZ3HJiq.jpg?w=700&h=700)
![多数の報道関係者が集まった記者発表会](/attachments/ov4NEz33yczsRcH6kdao.jpg?w=700&h=700)
記者発表は岡山理科大学で行われ、研究グループ代表の岡山理科大学の富岡直人副学長・生物地球学部教授、遺跡を発見した生命科学部の山本俊政准教授と、岡山大学の柴田亮・文明動態学研究所助教が出席。このほか、研究グループ副代表の京都橘大学の南健太郎・文学部准教授▽特定非営利活動法人・水中考古学研究所(京都市)の吉崎伸理事長▽株式会社加速器分析研究所(神奈川県)の早瀬亮介取締役▽一般社団法人・文化財科学研究所(奈良県)の金原裕美子主任研究員▽神戸大学の中田達也・海事科学部准教授がオンラインで出席しました。
この遺跡は1990年代半ば、水中カメラの試し撮りで潜水した山本准教授が水深約20㍍付近で、たまたま多数の陶磁器や沈没船を発見。1998年3月に財団法人トヨタ財団の研究助成を受けた水中考古学研究所が潜水調査を実施して「早崎水中遺跡」と命名していました。富岡教授が2022年、山本准教授からこの遺跡の話を聞いて関係者に呼び掛け、2023~24年に本格的な調査を行った結果が今回発表されました。
遺物が散乱している範囲は縦約50㍍、横25~30㍍でした。
記者発表では
・「13世紀初めの沈没船が中心になるが、ちょうど瀬戸内海の海運が盛んになる時期。この時期の船体が見つかるのは極めて稀で、非常に重要な資料となる」(吉崎理事長)
・「船の発見例は非常に少なく、現在船体が見つかっているのは江戸後期から明治期のものがほとんど。それ以前にどんな船でどんなものを積んで、どんな人が操船して海上交通が存在したのか。この遺跡では今まで分からなかった明治より古い時期の海上交通、海運に迫ることができる。海を介した人々の動きをみるのに非常に貴重な資料と言える。この成果をきっかけに水中遺跡について一般の人に興味をもってもらい、守っていければいい」(南准教授)
・「9世紀から10世紀初頭の九州北部産土師器や東海系の須恵器が新たに見つかったが、当時の多角的な経済関係が補強できたのは貴重」(柴田助教)
・「今後も沈没船や遺物の正確な位置の記録など、調査をすすめていきたい」(富岡教授)
――などの知見が示されました。
調査結果の概要は以下の通りです。
1.調査地点
香川県香川郡直島町早崎西側海底
![図1. 早崎水中遺跡の位置](/attachments/aoRcEKDo0OnqIyqIGT4i.jpg?w=700&h=700)
● 早崎水中遺跡 香川県遺跡地図より(一部改変)
2.従来水中から採集された遺物群の再調査
① やきもの
2000年に水中考古学研究所の調査によって報告された資料に加え、地元のダイバーが採集した資料を貸与頂き分析を行いました。提供頂いた資料は海の中に長くおかれていたため、フジツボ等の海棲生物が付着していた一方、完形品も複数みられ、特に青磁・白磁の器面は経年変化が少なく、保存状況も良好で極めて貴重な資料です。
岡山大学文明動態学研究所の柴田亮助教を中心にこれらのやきものの調査を実施しました。その結果、在地土器(吉備系土師器、讃岐産土師器、和泉型瓦器、防長産土師器、九州北部産土師器、東海系須恵器、産地不明土師器・瓦器等)、中国産貿易陶磁(青磁・白磁)、磁器(伊万里焼)が確認されました。また、これらの遺物の年代は型式学的編年の検討により9世紀末~10世紀初頭、11世紀~12世紀、13世紀、18世紀と確認されました。
![図2. 過去に採集されていたやきもの](/attachments/C6jCVKUJfWKihhQNwH39.png?w=700&h=700)
② 刀の鞘
地元ダイバーが採集した資料に刀の鞘と考えられる資料が含まれており、刀身は既に失われ、鞘の一部が錆に覆われた状態で保存されておりました。鞘の木材は一般社団法人文化財科学研究センターの金原裕美子主任研究員の同定でスギである事が判明しました。
さらにこの木質から微量なサンプルを採集し、株式会社加速器分析研究所のAMS放射性炭素年代測定にかけた所、1σ暦年代範囲では8世紀後半が8.3%、9世紀前半~9世紀後半が60%という確率、2σ暦年代範囲では8世紀後半~9世紀後半が95.4%の確率という年代が得られました。これにより本資料はかなり古い木材を利用した刀の鞘であり、古刀に分類される可能性のある資料といえます。
![図3. 過去に採集された8世紀後半~9世紀後半の木材(スギ)が利用された刀の鞘](/attachments/Rec4URybHksD8dWt2syq.png?w=700&h=700)
3.2023年における水中ドローンと2024年におけるスクーバダイビングによる調査
現在の沈船や遺物の散布状況を把握する事を目的に2023年12月28日には水中ドローン、2024年5月31日にはスクーバダイビングによる潜水調査を実施しました。
① 近代の沈没船
沈没船は1998年の調査で既に2艘が確認されており、2回の調査でそれらと同じものである可能性のある構造物が把握されました。
今後、さらに潜水調査を繰り返す事によって正確な在り方を把握する必要があります。
図4に示す通り、2023年の調査で沈没船の可能性のある構造物がみられ、これは銅製の部品やタイヤに類似した構造物から、近代に瀬戸内海で広く用いられた機帆船の可能性が高いと考えられます。
![図4. 水中ドローンによる近代の沈没船の可能性のある構造物の写真 (2023年12月28日、芹澤慶行 氏 撮影)](/attachments/vz8P8Bzwq459hheD08D5.png?w=700&h=700)
② 近世のものと推定される沈没船
2024年5月31日のダイバーによる潜水調査で把握された沈没船は木製の構造が残され、フナクイムシの被害を受けながら、シルト質の堆積物に覆われて現在も海底に残存している事が把握されました(図5)。
船体の近くで海底表面に現れていた木質①~③、不明鉄製品1点を採集しました(図6ab,8)。
船体に近い海底表面で採集された木質②には赤色の顔料の塗布がみられました。船体にも同じ赤色顔料が塗布されており、フナクイムシに傷められている様子も船体と似ている事から、この木質は船体から落ちた破片と判断しております。なお、金原裕美子氏に蛍光X線分析を依頼した所、赤色の顔料には銅と鉄が含まれる事、この顔料が塗られた部分にはフナクイムシの食害は少ない様子が把握されました。さらにこの木質を株式会社加速器分析研究所に依頼して放射性炭素年代測定にかけた所、近世に属する17世紀後半と18世紀後半を中心とした時期の木材である事が判明しました。その他の木質の①③は、奈良教育大学の金原正明氏、文化財科学研究所の金原美奈子氏・裕美子氏の御教示によります。
さらに付近にはやきものもみられ、海底表面に土師質小皿があり、これはサンプルとして採集しました(図8ab)。また、器種不明のやきものも海底表面にありました(図9)。この甕は採集しておらず、写真撮影を行ったのみで、今後の再調査に際して採集するか慎重に決定します。
今後、追加調査によって正確な沈船や遺物の位置の記録、帰属年代の調査・分析が必要と考えられます。
![図5. 近世のものと考えられる沈没船の船体 (2024年5月31日、山本俊政 准教授 撮影)](/attachments/VFwhA4ovvgYjSci7Vt3p.png?w=700&h=700)
![表1 2024年度潜水調査によって採集された資料 ※木質の同定と遺物の蛍光X線分析は、奈良教育大学 金原正明氏、文化財科学研究所金原美奈子氏・裕美子氏による。](/attachments/57bl6JKR5PTQVIIGASj1.jpg?w=700&h=700)
![](/attachments/nhqbYhCliKhxSiUoyBLA.jpg?w=700&h=700)
![](/attachments/kadu1ULutFXXvO2gw5fJ.jpg?w=700&h=700)
![](/attachments/QkBqwlN8Z538e3y44I8L.jpg?w=700&h=700)
![図9. 潜水調査によって確認されたやきもの (山本准教授 撮影)](/attachments/F4iDsPkFUCuhokv3zerl.png?w=700&h=700)
4.早崎水中遺跡より採集された遺物の帰属年代に関するまとめ
従来採集されていた早崎水中遺跡の遺物に関する研究と2024年に実施された潜水調査でサンプリングされた沈船に由来すると考えられる木質の放射性炭素年代測定により、早崎水中遺跡には以下の年代の遺物が存在する事が判明しました。
a. 鞘 木質 (加速器分析研究所)AMS放射性炭素年代測定 8世紀末~9世紀
b. 讃岐産土師器 編年 9世紀末~10世紀初頭
c. 吉備系土師器、九州北部産土師器、他 編年 11世紀後半~13世紀
d. 沈没船 2024年調査木質② 放射性炭素年代測定 (加速器分析研究所)AMS放射性炭素年代測定 17世紀後半と18世紀後半を中心とした時期
e. 伊万里焼磁器 編年 18世紀 (18世紀前半と考えられる肥前系あるいは瀬戸地方で生産された白磁碗も1点出土※)
f. 珉平焼(淡陶社製造 黄釉碗)編年 明治20(1887)年~大正年間(1926年)※
※の所見は株式会社淡陶社淡路島工場技術部技術研究所上席研究員深井明比古氏によります。また、検討には岡田章一さんの協力も頂きました。
5.早崎水中遺跡調査団 組織(1.2次調査)
岡山理科大学 富岡 直人 副学長・生物地球学部 教授 (研究グループ代表)
京都橘大学 南 健太郎 文学部 准教授 (研究グループ副代表)
岡山理科大学 山本 俊政 生命科学部 准教授
帝京大学 佐々木 蘭貞 文化財研究所 准教授
神戸大学 中田 達也 海事科学部 准教授
岡山大学 柴田 亮 文明動態学研究所 助教
潜水士・ダイブマスター 村上 茜 氏
独立行政法人国立文化財機構 奈良文化財研究所 金田 明大 上席研究員
日本考古学協会会員 岡嶋 隆司 氏
測量作業船操縦担当 1級船舶操縦士(きみなみ号)楠原 透 氏
潜水作業船操縦担当(マリンシアター号)古泉 昌志 氏
水中ドローン操縦 トライワース株式会社 芹澤 慶行 氏
京都橘大学 文学部 学生
岡山理科大学 生物地球学部 学生
6.本遺跡の研究発表について
2025年2月1日に京都橘大学で開催される「第2回 水と人の考古学研究会」で、岡山大学文明動態学研究所の柴田亮助教により、早崎水中遺跡の採集遺物を含めた研究報告「直島周辺の沈没船引揚資料の報告」が発表されます。
7.謝辞
調査・分析においては直島町教育委員会・香川県教育委員会・三菱マテリアル㈱直島製錬所・直島漁業協同組合・高松海上保安部・岡山大学理学部附属牛窓臨海実験所・株式会社加速器分析研究所・亀田修一先生・乗岡実先生・水中考古学研究所吉崎伸先生・株式会社淡陶社淡路島工場技術部技術研究所上席研究員深井明比古先生・エポックダイブサービスに多大な御協力を頂きました。記して深謝申し上げます。 (研究グループ代表・富岡直人)